第18話 お梅の婚礼
良吉、いつまでも拗ねてんじゃねいよ」
「だって新之助さん、今日は浅草で上方から来た手妻を見に連れっててくれるって言ってたじゃないか・・・」
「そりゃ、今 流行ってるから見たいかなと思ったんだが、伊織さんに人込みはいけねえって言われたらそんな所には連れて行けないだろうが。それに今度、座敷を借りて手妻の一座に来てもらうって佐平さんも言ってたじゃねいか」
「そんなのお店の奥で見ても面白くないよ」
「しょうがねいな。じゃあ今度、団子でも食いにいくか」
「えっ、いいの」
「って、伊織さんや佐平さんからお許しが出てからな」
「ふふ・・わかってる」
井筒屋の奥 良吉の部屋で二人して縁先に寝そべって話している。目の前の庭では何気に清二が控えているし、随分前からの知り合いのような気がしてくるが・・・
ほんの二月程前のこと、三月に入って伊織さんを道元先生の屋敷に訪ねて、そこから直ぐに井筒屋に連れて行かれた。井筒屋は、通りから見るよりもさらに店の内は広く、使用人も帳場を仕切る者から荷下ろしをする人足まで大勢がてきぱき働いていた。あれもこれも初めてみるものばかりで、驚いた。その後もただ、ただ店の奥へと続く廊下を行く。いくつも部屋を過ぎて、奥まった一室に通された。別段に豪華な調度品が置かれているわけではないが、凝った造りであること位は新之助にもわかった。当の井筒屋はまだ席におらず、女中が茶を運んできた。その女中がなんと新之助の前でそれを取り落とした。湯呑の茶のほとんどがその女中を濡らし、その僅かの飛沫が新之助の袴に跳ねた。女中がその場に平伏するその前に
「大丈夫か」
新之助が誰より早く声をあげ、女中の手元を気遣った。驚いて、声を飲んだ女中が改めてそこに畏まり手をついた。
「とんだ粗相を致しました。申し訳ございません」
「いや、気にするな。人が失敗するのは当たり前だ。そうよく師に言われてる。まぁ、私のしくじりが多いからなのだがな」
と言って新之助は笑った。女中は、取り落とした湯呑や濡れた畳の始末をすると
もう一度頭を下げ
「お許し下さり有難うございます。代わりのお茶をご用意致します。それと、主もすぐに参りますので今しばらくお待ちくださりませ」
と言って部屋を出て行った。その様子をみていた伊織が襖の向こうに声を掛けた。
「佐平さん、もうよろしいでしょう」
すると襖がするりと開いて、井筒屋佐平が現れた。井筒屋佐平は、柔和な笑みを浮かべた大柄な男だった。昔は、荷揚げ人足をしていたとか、異人の血が入っているとか色んな噂の付きない男だと清二から聞いていたが、確かに熊のように大きい。その男が、旗本とは言えこんな子倅に丁寧に頭を下げた。
「井筒屋佐平で御座います。以後よろしくお願い致します」
新之助も居住まいを正して
「加納新之助と申す。兄の件では、色々とお世話になり申した。心より礼を申す」
「ご丁寧な御挨拶、痛み入ります。こちらこそ旗本の左馬之助様に、愚息がお世話になりました」
「いえ、どの様に申したものか、分かりませんが・・・兄がここで学んだことは何よりの宝であったと思います。このうえ無理なお願いを聞いていただきたく参りました。・・・もし、出来る事なら兄が息災にしているかどうかお教え下さい」
「・・・左馬之助様が乗られた船は、無事に航海しておりますが、それ以上の事は私どもにもわかりません。が、必ず向うの様子がわかれば新之助様にお伝えするとお約束致しましょう」
「造作をかけて申し訳ないが、宜しくお願い申す」
新之助はもう一度、丁寧に頭を下げた。佐平は、優しい顔でそれを眺めて
「お手をおあげ下さいませ、井筒屋佐平に二言は御座いません。必ず分かりしだいお伝えいたします」
今までそのやり取りを黙って見ていた伊織が口を開いた。
「佐平さん、もう話はすんだか。新之助くんを良吉に会わせたいと思ってるんだが良いかな」
「はい、もちろんでございます。出来ればこれからは仲良くして頂ければと思うております」
そして佐平は、そこに控えていた先程の女中に声をかけた。
「おもんや皆様を良吉の部屋におつ連れしておくれ。申し訳ございませんが私は、仕事がございますのでこれにて失礼致します。新之助さま、又お越し下さい」
佐平が丁寧に頭を下げたので、新之助も丁寧に頭を下げかえした。それを見届けてからおもんは、伊織と新之助を良吉の部屋へと案内した。
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