第17話

主水はそう言い残すと、さっと馬の向きを変え一目散に走り去った。残されたのは三人。左馬之助は、先ほどと違って新之助に控えめに言った。

「新之助、さっきは済まなかった。このまま兄を送ってくれるか。それにどうしてここにお前がいるのかその話も聞きたい」

「あっ」

「まぁ、良いわ歩きながら話を聞こう」

「左馬之助様、お荷物を」

「ああ、すまん。お願いしよう」

左馬之助は、清二に荷物を渡すと三人で歩きだした。兄弟は仲良く肩を並べ、清二は一歩後ろについて歩く。

「なぜ、俺の企みに気が付いた」

責めるような言い方ではないが、ごまかせるような雰囲気でもない事はわかった。仕方がないので清二が顔見知りの男から左馬之助が狙われていることを聞いてきて、何か厄介なことに巻き込まれているのではないかと心配になり色々と兄上の後を付けていたと白状した。

「ああ、それが先程の男達だったわけだな・・・じゃあ、なんで東吾と一緒に来たんだ」

「それは・・・それも清二が聞きこんで来て、東吾さんの様子がおかしいって」

「へーっ、清二やるね。うーん、新之助まだ何か隠しているだろ」

「えっ」

やはり兄上である。隠し事をしていても必ず突き詰められそうで、後ろにいる清二を見ても何気に視線をそらせて目を合わせてくれない。ことここに至っては包み隠さず話した方がいいなと腹を括った。

「兄上が、今日出立するのは伊織さんから聞きました」

「・・・伊織さんか・・・他にはなにを聞いたんだ」

「井筒屋さんと良吉くんの話も聞きました」

「伊織さんらしいな。以前、新之助と話がしたいって言ってたから」

左馬之助は、愉快そうに笑った。

「伊織さんが、兄上の英語は凄いと仰っておりました。どのような言葉か帰っていらっしゃったら教えて下さい」

「ああ、もちろん良いとも。向うの国で見聞きしたことも山ほど聞いてくれ」

あとは、あそこの団子が旨いだとか、昔一緒に遊んだ事とかを色々と話した。月が西の空に傾むき、磯の匂いが鼻につくようになって、兄がにっこり笑って言った。

「ここまででいい」

「もう少し、もう少しだけ・・・」

「ここが先程、新之助が申していた別れの間際だ」

「・・・」

「これが最期の訳ではあるまい。私は、必ず帰ってくる。新之助は、何も不安になる事はない。この先もし何かあっても加納の家には主水がいるし、東吾も伊織さんも新之助に何かあれば助けてくれるだろうし、すぐ傍に新之助の事を思ってくれる者もいるだろ。なぁ 清二」

清二は左馬之助と目を合わせ、頭を下げた。そして預かり持っていた荷物を左馬之助に差し出した。

「左馬之助様、こちらを」

「ありがとう」

「そうだ 新之助に一つ頼みがある。たまにでいいから勝先生の所に顔を出して差し上げてくれ。お前のことを気にいって、いらっしゃる」

「・・・はい、承知しました・・・」

左馬之助は、動かない新之助の肩を抱いて身体の向きをかえてやる。

「新之助、私の秘密を特別に一つ教えてやろう。私は、いつでもお前の善き兄でありたいと思っている。これが、私の一番の秘密だ。さぁ、これより先は、新之助の知るに及ばず。兄がその背を送ってやる。振り返らずに行け」

ぽんと背中をたたくと、新之助はゆっくりと歩きだした。清二が左馬之助に頭を下げてそれに続いた。新之助は、唇をかみしめてゆっくりと歩く。あたりはそれに合わせるようにゆっくりと明るくなっていった。


兄上が旅立ってから色々と俺のまわりもかわった。屋敷に帰った当日は、主水から散々小言を言われた。まぁ、清二の方が俺より酷い目にあったようだが。今後は俺から目を離すなと言われて今まで以上にそばを離れず一緒にいるようになった。それと兄上に言われたように蟄居中の勝先生の所に顔を出して、伊織さんとも仲良くなった。奨元先生のお屋敷にも最近はよく遊びに行っている。そこのあたりは、予想していたがまさか井筒屋を紹介すると言われるとは思ってなかった。勝先生にも井筒屋に行って来いと言われている。さてどうするかこの辺が今の悩み事だ。

悩み事とと言えばもう一つ、東吾さんが、たまに俺の部屋に来て世間話をして帰るようになった。それは別に良いのだが、ただ「左馬から何か便りはないのか」とやたらにしつこい。異国からどうやって便りが来るというのだろう。「ない」と言ってもなかなか信用してくれない。あの日、あの場にいる位だから何か不思議な伝手を持っているんじゃないかと疑われているようだ。でも、それももしかすると井筒屋と言う伝手を使えば、解決するのかもしれない。俺も、兄上が今何をしているのか気にならない訳はないのだから・・・

明日にでも、あの薬園の小屋に行き伊織さんに会って、井筒屋を紹介して貰えるようにお願いしよう。きっとあの時と違って薬園には、もう早い春の兆しが見えるに違いない。





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