第10話
清二はそう言って、直助から聞いた話を続けた。
「直助さん、いや直助 どういう事だい。話によちゃあ容赦しねぇよ」
「清さん、そんなおっかねえ顔するもんじゃないよ。お前さんらしくねぇ。ちゃんと話すからよ。もう三、四日前のことなんだがな。ちょいと小金が入ったんで調子に乗って、馴染みの店で酔いつぶれちまってよ。店の奥のつい立の影だったんで気が付かなかったのか。
その後入ってきた客が、物騒な話をし始めた。
「殺っちまっていいんだろ」
「いや、そこまでする必要はない。向うも色々と探られたくない所もあるからな、痛めつけられてもおいそれとお上にどうこうしようがない。だから足腰立たないぐらいでよい」
「わかった。で、その加納ってお侍、腕はたつのかい」
「いや、恐らく全くたたんだろ。線が細くて女に見えるぐらいだ。なんであんな奴を・・・勝先生だって・・・みんなあいつのせいだ。」
そんな話を聴きながら寝落ちてしまったんでぇ。色々考えて、お武家の事だし、こちも酔ってどうも自信がねぇ。かかりの親分さんに言うにも言えず。で、思い出しましてね清さんの奉公さきが加納様って・・・」
直助から聞き取った話をし終わって、清二が続ける。
「そんな話を直助のやつから聞きやして、俺に話せば金になるかもって思ったんでしょう。いい加減な奴ですが嘘はつかねい。嘘じゃないなら万が一に左馬之助様の身が危ない。新之助さんに直ぐにお知らせしようと思ったんですが、少し裏をとろうと思いましてね。でも何もでない。左馬之助様の事を悪く言う奴の見当がつかねい。直助の奴にその飲み屋に聞き込みをいれても一見の客で二度とそこに姿をみせねぃってことで・・・八方塞がりだったのが、今朝早くにね面白い話を聞きましてね。この辺で新之助さんにお話しょうと覚悟を決めたんで」
「兄上が、狙われてるってことだよな」
「へい、そんな話でございやす。で、ここからが肝心なんですがね。今朝、門前で掃除をしてますとお隣の堀江様の門番の爺さんが話し掛けてきやしてね
「おはようさん。朝からご苦労なこったな。・・・あぁ 兄さん知ってるかい家の若様とそちらの若様が大ゲンカしてなすった話。聞いた奴が家の東吾様があんな大声で怒鳴ってるなんてはじめて聞いたって驚いて話していたよ。まぁ、普段のんびりしてらっしゃるからねぇ」
「へーっ、そりゃ知らなかったね。で何で喧嘩されてたんだい」
「おお、詳しくは分かんねぇがな。なんかお前は考えが甘いとか、国がどうとかな・・・ 何のことか分かんねぇよな」
そんな話なんで・・・ほんの世間話で終わったんですがね、どうも気なっちまって・・・」
「それはない。東吾さんが兄上をどうにかするなんて、絶対にない」
「ええ、俺もそう思います。東吾様は、江戸十傑に入るほどの腕前だ。言っては失礼でやすが、東吾様がその気になったら他の者の手なんか借りる必要なんかありやせん」
堀江東吾は、加納家の隣に住む旗本の三男坊。幼い頃から剣術を習い努力し、その才もあり今では江戸の十傑に名を上げた。東吾本人はそんな事はどうでもよいようではあるらしい。左馬之助とは同い年で、幼いころからの友であった。身体が小さく遊び友達も少なかった左馬之助にとって、身体も大きく、江戸十傑とよばれる東吾は自慢の友であった。東吾にとっても幼い頃から聡明で相手の身分に関係なく優しい左馬之助は誰よりも大切な友。その友情は、大きくなって互いに剣の道と学問の道、その進む道が別れても暇があれば互いの屋敷を行き来するほどの仲であった。もちろん新之助にとっても東吾は、特別な存在で、賢く机の前で本を読む事が好きな兄よりも、稽古のない時は何時も兄の部屋に遊びにきては、幼い自分の相手もしてくれるそんな東吾が、兄だったらと思ったこともあったぐらいだ。道場に通う事を決めたのも東吾を真似ての事で、同じ道場に通いたいと駄々をこねた事もあった。そんな二人が喧嘩をした。
「まさかに東吾様が、飲み屋の奴らとは思いませんが、もしかするとそれに近い事をご存知かもしれねいと思いやせんか」
清二にそう言われると、ない事もないような気がしてくる。少し考えてみてから
「清二、すまないが 東吾さんを暫く見張ってくれないか。あれだけ腕のたつ相手だから難しいとは思うが・・・」
「へい、最初からそのつもりでおりやす。お安い御用とはいえねいが、任せてくだせい」
「ありがとう。俺の用をたのんでるって主水には、声かけておく。無理はしなくてもいいからね」
清二は、新之助の物言いから新之助が錦之助の事件からこちら大人になったと感じた。
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