第7話

錦ちゃんを助け出してから俺はどきどきしてたんだ。

次の日、新之助は、朝早く道場に様子を見にいった。錦之助は、道場で稽古をしておらず、母屋のほうでお仕着せだけどこざっぱりとした着物を着て元気に下働きの手伝いをしていた。新之助が顔をだしたら嬉しそうな顔して寄ってきた。

「新ちゃん、おはよう」

「よっ 錦ちゃん、大丈夫そうじゃん。稽古は、って、まだ無理か」

「ううん、稽古はもうしないよ」

「えっ、道場やめちゃうのか」

「うん、昨日ね。新ちゃん達が帰ってからお師匠さんと話をした。お店者に剣術は必要ないからね」

「ああ・・・」

「錦之助さん」

女中さんから声を掛けられると錦之助は、新之助に微笑んで

「新ちゃん、ごめんよ。まだ仕事があるんだ」

そう言って、仕事に戻って行く錦之助を新之助はぼんやりと見送った。その後、道場の帰りに錦之助のお店の方も見に行って見たが、いつも通りに店は開けられていて、変わった様子はなにもなかった。

 錦之助を連れ出してから七日ばかり過ぎた頃、師匠に清二を連れて来るように言われた。稽古が終わって、あらかたの弟子が帰って行った頃に清二がやって来た。二人で母屋の方に行くと、錦之助も呼ばれたようで一人で座敷に座っていた。三人で座敷にいると、師匠が入って来た。

「おお、よく来てくれた。まぁ、早々だが本題にはいるぞ。昨日聞いた話だが、ちょうど錦之助がうちに来たあの日、京都で、長州藩の藩士が内裏に討ち入った。・・・その話は知っているな。まぁそれで、昨日 江戸の長州藩の屋敷全てが召し上げられることになった。加えて、屋敷にいる藩士すべて諸藩諸家への預かりとなる」

「えっ、それって」

新之助が声を上げる。錦之助は驚いて言葉も出ないでいた。清二は別に驚いた様子もない。

「・・・錦之助、もう家に帰っても大丈夫だろうよ。よかったな」

「でも、そんなんじゃ錦ちゃんもつかまちゃうんじゃないですか」

「新之助様、大丈夫ですよ。錦之助さんは、長州さまに下働きで雇われてただけですよ。別にそこのお武家じゃあねえ」

「それって」

新之助が不思議そうに訊ねるけど、師匠も錦之助も黙ったまんまじっとしている。

「錦之助さんには申し訳ねえんですがね、この話最初から探ってみたんです。でね、わかった事は、騙されてたって事なんです」

「じゃ、別に錦ちゃんをこそこそ連れて逃げなくってもよかたじゃねか」

「最後まで大人しく話を聞いておくんなせい」

新之助が不満そうに口をつむた。錦之助は顔を伏せている。

「悪い奴がおりましてね。昨今、お武家も町民も敷居が低くなった。金が欲しいお武家は、家禄も金に換えようとする。金を持った者は偉くなりてぃ。錦之助さんのおうちは、悪い奴には丁度いいカモだった。金があるし、お武家に成りたがってるから・・・。長州さんと関係があると掴めばそれをちらつかせて支度金だと金にする。相手は子供だ。叩き売れば、それも金になる。その子は、売られた子だ死ぬまでそこで働くだろう。たっぷり脅しておけば、おいそれとお上に届けたりもしねい。足がつかねい。錦之助様がお屋敷に入ってからね、店の下働きの男が一人消えたそうです。そいつが大方加担してたんじゃねえかと思いやす。わかれば、早い話でやすが事情がわからないとね。錦之助さんやお店に危害が及ぶ。が、そこに今回の話だ。まず、もう大丈夫ってことでしょう」

「ありがとうございました。色々お調べ下すって、ありがとうございました」

錦之助が頭を下げた。顔を上げると三人の顔を見つめた。

「このお話には、もう一つ別の話がついております。一生黙っていようと思っておりましたが、皆さんには聞いて頂きたいと思います。私の祖母は、本当に私が長州藩の江戸勤めの藩士の子だと信じておりました。そもそも手塩に掛けた一人娘を武家奉公に出して嫁入りまえに箔をつけようとしたのがはじまりでした。そしてその娘が、子供が出来たとやど下がりをして参り、「誰の子じゃ」と聞かれた娘が国もとに帰った藩士の子と申しました

それが私です。祖母がいくらその名を訊ねても母は答えませんでした。「いつか迎えに来られます」それだけ言って、母は亡くなりました。それから祖母は、ずっとお前はお武家の子だと、いつか父上様が迎えに来ると言っておりました。・・・

そして遂に来たのです。どんなに胡散臭い話でも祖母は信じておりましたし、私もそんな祖母を喜ばせたかった。たとえそれに、大金が掛かろうと、祖母と孫 二度と会うことがかなわなくとも・・・

お屋敷に入ってから騙されていたことに気が付きました。逃げようと思ったところで、たまたま古参の女中さんからおっかさんの事が聞けました。「昔、ばかな娘がいてね。渡り中間といいなかになって捨てられたかねぇ・・・」だそうでした。・・・婆ちゃんには言えない。私がいなくてもいいなら、ここで死んじゃってもいいかなって、皆 きっと私のことなんて忘れてるだろうし。・・・そんな時に、清二さんが声掛けてくれて、新ちゃんが助けてくれるって、もう有り難くって・・・だから、もういいんです。・・・大丈夫です」

「錦ちゃん」

「うん、新ちゃん。本当にありがとう」

錦之助は、もう泣いていなかった。晴ればれとした顔で微笑んでいた。

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