第5話

清二が言うには、大事な事は二つだと言う。どうやって錦ちゃんを屋敷から連れ出すかと連れ出した錦ちゃんを何処に匿うかだ。錦ちゃんの店は、きっと直ぐに足が付くだろうし。うちの屋敷は、旗本でこの時期に外様の大名といざこざを持つのは危険だと言う。錦ちゃんのことをよく知っていて、手伝ってくれそうな所を考える。

「あっ、あった」

「えっ、何処ですかい」

「師匠のところ、俺の通っている道場」

「・・・そりゃいい。あの人なら腕もたつしいい考えだ。じゃあ、そちらの事は新之助様にお任せ致しやす。連れ出すのは、やっぱり生垣からあの屋敷を通って抜けるしか手がないように思いやす。賭場に通って、何処かに抜け道はないか探しやす。あの辺の屋敷は、細かいところまで直しちゃあいねえ。何処か境が曖昧なところがあるはずだ」

「で、それからだよね。その賭場をやってる屋敷から道場までをどうするか・・・」

「まぁ、やれるところからやりやしょう」

「あっ、清二これ、少ないけどここしばらく小遣い使わなかったから使ってくれ。色々とお金がかかるだろ。それとこれ、錦ちゃんに渡しておくれ」

新之助はそう言って、幾ばくかの金と小さな紙に矢立で書いた「助ける 新」の走り書きを渡した。清二はにっこり笑って、それを押し頂いた。

次の日から俺と清二で錦ちゃんを助ける為に動いた。でも、二人共、稽古や仕事の手は抜かなかった。俺は、清二から何事も金で解決することもあるって、教えられたから親の心象を良くして小遣いをなるだけ稼いで軍資金を作った。道場には、助けるって決めた次の日に行って、師匠にちゃんとお願いした。師匠は直ぐに了解してくれて、その上で俺も行くと言ってくれた。清二に話すと、力技で押し通すと話がややこしくなりそうだから丁重に断ってくれって言われた。剣術も必要だけどそれだけではどうしようもない事もあるって言ってた。でも、俺は、その剣術も身につけちゃいない。少しでも力が欲しいよな。清二は、ちゃんと毎日の仕事をこなして、文句付けられる事無く夜は例の賭場で様子を伺ってくれた。そっちの人にも気にいられて、動きやすくなったて言ってた。清二は、凄いよ。錦ちゃんとつなぎもつけてきた。生垣から錦ちゃんが、あの紙切れを受け取ってくれて、ありがとうって、でも無理しないでって俺に伝えてくれって言ってたそうだ。

「新之助様、見つけましたぜ」

「えっ、忍びこめる場所がみつかったの」

「さいでさぁ、一度一緒に行ってもらいたいんですがね」

「ああ、行こう。で、後はどうやって逃げるかだよね」

清二の長屋で話ていると開け放った戸の隙間を大きな背負子をせおった男が横切っていった。

「清二、あれ何だ」

「あれって、あの男ですかい。ありゃ、近在の百姓で背負子で・・・背負子ですね」

「うん、あれだよ」

 

日が落ちて、清二は大きな背負子をせおって、小柄な男と一緒にいつもの下屋敷の賭場へと出掛けて行った。小さなくぐり戸を抜けると、見張りの男が立っていた。

「こんばんは、今日も遊ばしてもらいますぜ」

「よっ、清二さん。何だいその荷物は、それとその連れは」

「すいませんね。こいつうちのお屋敷に入ってる百姓の倅でしてね。お年頃で、金は出すから色々と悪い遊びがしたいって俺に泣きついて来たんす。で、ちょっと手ほどきってね。おめぇも、挨拶しねいか」

「よろしくお願いいたしやす」

「ほぅ、金ずるかい。あんまり泣かせてやんなよ」

「へい。おっとこの背負子、ここらに置いてもようござんすかい」

「ああ、かまわねえぜ。そこらに置きな」

清二は背負子を下ろすと籠の中から大きな徳力を取りだした。

「今日はこんな物も持って来たんですぜ」

「おっ、いいじゃあねいか。だが、こちとら見張り役だぁ」

「そんなもん、こいつにやらせりゃいいですぜ。お前、こちらさんの代わりにここら見張っておきな」

清二が、つれの男に声をかけると、男は静かに頷いた。

「いいのかい。初めてなのによ」

「いいんでさ。今日は顔見せ、これからちょくちょく連れてきますんで、よろしくお願いいたしやす」

「そうかい、じゃあよろしくたのまぁ。なにそんなややこしい奴は、来ないんで安心してくんな」

「へい」

清二が、見張りの男を連れて行くと、小柄な男が顔上げて動きだした。顔を汚し、汚れた手拭いを被った新之助だ。清二と色々話して、錦之助を連れ出す時だけに行くとなると不自然になるし、清二がみつけた抜け道の確認もしておいた方がいいとなった。そうなると百姓の形をしなければならない、白い顔をよごして、手に入れた古着を着て頭はほっかむりしてごまかした。新之助は、周りに注意を払い清二に言われた抜け道を見にいった。生垣と板塀の境目に僅かに隙間ができていた。多少強引にだが自分が通り抜ける事ができそうな隙間、これならずっと小柄な錦之助は大丈夫だと新之助は安堵した。その後は、見張りのいた位置に戻りぼんやりとその場に腰を下ろした。一刻程して清二が、もといた男を連れて戻って来た。

「今日は、この辺で失礼しやす。また、遊んでやっておくんなせい」

「おう、今日は、ご馳走になったな。また、来てくんな。そっちらの兄さんも今日は、ありがとな。今度は、遊んで行っておくんなよ」

「へい」

短く答えて頭を下げた。清二は何気に背負子を背負った。二人は外に出て、大きく息をはいたが、声をだすこともなく黙ったまま道を行く。しばらくして、清二が口をひらいた。

「新之助様、大丈夫ですか」

「ああ、大丈夫だ」

「場所、わかりましたか。それと・・・」

「我慢したよ。錦ちゃんに、声かけなかった。見なかった。見ちゃうと我慢出来なくなりそうで」

「そうすか。よく我慢しましたね。あと、出来ればもう一回、ついて来てください。・・・そしてその次には、錦之助様をお連れして帰りましょう」

「うん、うん そうしよう」

後はまた黙って、二人で暗い夜道を歩いた。

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