第4話

錦ちゃんに会えなくなった。あの後すぐに錦ちゃんの店にいったんだ。どういう事か知りたくて、でも、婆さんも店の者も何にも教えてくれなかった。それどころか「うちには、そんな子供はおりません」て言われた。腹が立って、暴れそうになったのを清二に止められて屋敷まで連れ帰られた。翌日、清二がこっそり店の女中から話を聞いてきたんだ。

錦ちゃんの親父は本当に西国の方の大名の家来だったみたいだ。その人の江戸詰めの期間が終わって、国元に帰るので錦ちゃんも一緒に行くことになったそうだ。急なことだし、そうなると二度とこちらには帰って来られないって話だったけど、これを逃すと二度はないって言われたみたいだ。婆さんの願いを知っている錦ちゃんは、自分で行くって決めたって、めったにない話だから他言無用ってことになって、あんな事いったんだろうってその女中が言ったて聞かされた。そうだったんだ。錦ちゃん、俺に話してくれようとしていたのか、最後だからいっぱい一緒に遊ぼうって思ってたのか、もうわからない。自分がへんな意地をはったせいで大切な友人をこんな形で失った後悔だけが、俺に残った。

その翌日から新之助は、稽古に励んだ。今までのさぼり癖はすっかり影を潜めていた。


ある日いつものように稽古を終えた新之助は、帰りの支度をしていて妙な話を聞いた。

「俺、昨日稽古の帰りに、あいつ、錦の奴みたぞ。汚いかっこで大荷物で歩いていやがった」

錦之助と仲の良かった新之助に聞こえぬような小さな声で囁かれた話。新之助は、まさかと思ったが、そんなはずはないと気にとめるのを止めた。錦之助が道場をやめた理由を知っているいるのは、自分だけで、他に知らせる気もなかった。

そんな新之助を、屋敷の近くの堀端で清二が待っていた。道場に行って稽古をし、屋敷に帰っても今までのようにふらふらとしなくなった新之助と清二が話をする事は以前のようにはなくなっていた。

「新之助様」

「清二、どうした」

「少し、お話したいことがございやす」

二人して、近くの団子やに行くと清二が声を落として話だした。

「七日前の事でござんす。ちょっとした知り合いに誘われまして、あるお大名の下屋敷に遊びに行ったんでございます」

「遊びって」

「博打でござんすよ。で、そこの賭場は、初めて行くところでやした。まあ、あんまりつきもなく何気に涼みに外に出ましてね。低い生垣の向こうにお隣のお屋敷の井戸端が見えたんで、暗がりの中で水くみしてる小僧さんを気の毒になと眺めていて・・・それが」

「それが、どうした」

「それが、錦之助さんに見えたんですよ」

「錦ちゃんに・・・」

「あっしも、そんなはずはねぇとも思ったんです。でもねどうしても気になって、その後もそこに行って、毎晩決まった時刻に水くみをしているみたいな小僧さんを見てね。昨日の夜に声をかけたんすよ。振り返った顔は、錦之助さんでね。驚いて声もでない風で、生垣によって今度は、名前を呼ぶとね。近寄ってきて、「新ちゃんには言わないで」って繰り返して、で屋敷の中から声がして、そのまま・・・」

「そのまま・・・」

「へい、どうしたもんかなと思いましたが、こりゃ新之助様にお話しようと思いましてね」

清二は、新之助の返事を待った。新之助は俯いたまま動かない。それでも清二はじっと待った。そして、新之助が唇をかみしめて、顔をあげた時には

「どんな事情があるかは知らない。錦ちゃんがどう思ってそこにいるかも知らない。でも、錦ちゃんをこのままにして置くのは、だめだ。そんな事は、俺が許さねぇ」

「へい、それでこそ新之助様だ。じゃあ 錦之助さんをどうしたら助けられるか。策をねりやしょう」

 それから屋敷に帰って、色々と相談した。取りあえず、錦ちゃんは江戸にいる。婆さんの言っていた西国の大名の下屋敷に錦ちゃんはいる。到底、武家の子なんて扱いを受けていないのも分かってる。下働きが一人増えた位だろ。じゃあ、なんで自分で逃げ出さないんだろう。道場のやつが言ってたのは、間違いなく錦ちゃんだ外にでる機会があるなら、そこで逃げ出してもいいじゃあないかって俺が言うと、清二が「新之助様は、怖いもの知らずだから」って言った。人は怒鳴りつけられたり、殴られたりするともうだめだって思ってしまうもんなんだと教えてくれた。それと、錦ちゃんがお屋敷に貰われる時に大層なお金が動いたと例の女中が言っていた。それを考えるとお家の体面もあるだろうから錦ちゃんを手放すことはしないだろうとも言った。

「錦ちゃんは、ちゃんと逃げてくれるかな。助けるって言っても嫌だって言われたら・・・」

「大丈夫ですよ。新之助様が迎えに行ったら間違いなく、錦之助さんはお出まし下さいやすよ。ね、だから色々と、錦之助さんが逃げて来れるように考えましょうや」

新之助は、清二の顔をみて頷いた。

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