第3話

「清二さん、こんにちは」

「よっ、錦之助さん。こんにちは」

裏門で掃除を始めた清二に、錦之助が近寄ってきた。錦之助は、いつも清二に

つなぎを付けて新之助に会いに来ていた。

「新ちゃんは・・・」

「今日は、俺ん所にお出ましじゃねぇんだ。錦之助さん、すまねぇな。お屋敷の奥までは俺は、行けねぇんだ」

「そうですか・・・これから毎日、道場の帰りにきます。新ちゃんに、会ったら伝えて下さい錦之助が話がしたいって申していたと」

「へい、確かにお伝えいたします」

「では、失礼いたします」

「へい、お気を付けて」

清二が頭を下げると、錦之助は肩を落として帰って行った。それから毎日、錦之助は約束通りやって来た。その度、清二は色んな理由を付けて会おうとしない新之助に代わって、錦之助に頭を下げた。そして、寂しそうな背中を見送った。

新之助は、あれから毎日ごろごろと屋敷の奥で日を送っていた。錦之助が、自分を訪ねて毎日来ていることは屋敷の者の噂話で知っている。でも、会う気にはなれない。騙された様な、自分が情けないような色んな気持ちで、今日も庭さきでぼんやりとしていた。突然、庭木が揺れて驚いていると

「新之助様、いや新之助 てめぇ いつまでこんな事してるつもりだぁ」

「あっ」

清二がいつの間にか目の前に来て、胸ぐらを掴んでいる。

「何だ、どうしたんだよ」

「って、錦之助さんのこと聞いてんだろう」

「ああ・・・」

目線を避けて俯く新之助をみて、清二は手を放して俯いた新之助の顔を覗き込む。

「錦之助さんは、友達だろ。放っておいていいのかい」

「うっ、よくねぇ。わかってる」

「わかってるなら、話は早いじゃあねえですか」

「清二、俺 どうしたらいいか分かんねぇよ。今更、錦ちゃんにどんな顔して会えばいいんだよ」

「簡単ですぜ。謝りゃいいんでさぁ。そんでもって新之助様も言いたいことを言えばいいんですよ。錦之助さん、ああ見えて男ですぜ。ちゃんと許してくれますよ。で、錦之助さんの話を新之助様もちゃんと聞いてあげなせいよ」

「・・・うん、そうだよな。簡単なことだよな」

簡単なことだ。そう思うと今すぐにでも、錦ちゃんに会って話がしたい。本当に調子がいいなと思う。そうだな明日は、道場に行って錦ちゃんをびっくりさせてやろう。謝って、どうして坂本さんと一緒にいたのか聞いてみよう。 清二は、翌朝 新之助を見送って、いつもの仕事をこなしていると裏門の見張り役に声をかけられた。

「清二、いつもの坊ちゃんがお越しだぜ」

「いつもの坊ちゃんって・・・」

話を聞いて、清二は裏門に走って行った。門の前では、思った通り錦之助が待っていた。いつもと違って羽織袴を身に付けて小さいな柄も武士然としている。

「錦之助さん、おはようございます」

「清二さん、おはようございます。ごめんなさい。今日はどうしても新ちゃんに、会いたいんだ。何とかならないかな」

「ああ 新之助様は、今しがた道場にいっちまって、そちらの方であえますぜ。錦之助さんに謝るって出掛けやした」

「・・・そうなんだ。どうしよう」

「どうしやした。なんなら道場まで行って、呼んできやしょうか」

「ありがとう。でも、もう時がないんだ」

「時がないですかい」

よく見ると、錦之助の後ろにまち籠が控えている。錦之助は、俯いて覚悟を決めたように懐から小さな包みを取り出した。

「清二さん、これを新ちゃんに渡してくれますか。本当は直接、渡したかったんだけど・・・もう時がないんだ」

「錦之助さん・・・」

「ごめんなさい。よろしくお願いします」

錦之助はそのまま籠に載って行ってしまった。一人残った清二はそのまま道場まで新之助を迎えに走った。途中で道場から戻って来る新之助を見つけると、その手をひいて預かった包みを渡した。

「錦之助さんがお越しになって、これを渡してくれって、なんかいつもと様子がちがって・・・」

「なんだよ、錦ちゃん、家に来てたのかよ」

清二の焦った様子が、不安な気持ちを煽る。急いで包みをほどくと中から出て来たのは、手紙と赤い珊瑚玉の簪だった。、錦之助の手紙には、錦之助の綺麗な文字が並ぶ、短い文面は、新之助への感謝と急な別れを詫びる内容だった。

「新之助様、錦之助さんは、なんておっしゃってるんです」

「ありがとうって、今まで、ありがとうって・・・」

「なんです そりゃあ」

「お別れだって、もう会えないって」

新之助は、ぼんやりと手の中に残る珊瑚玉の簪を眺めていた。

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