第2話 "Taken"
どてらを着た二本足で歩くねこの後ろ姿が見えたので「おーい、まち子さん」と話しかけたら、まち子さんは私に気がついて手を振り替えしてくれたところを、まち子さんの隣に止まった黒いバンからC.Wニコルの覆面を被った人間がまち子さんを捕まえて、黒いバンに引きずり込んだ。
「あ、まち子さん」と言ったら、バンは私の方にもやってきて、C.Wニコルは私もバンに引きずりこまれて、フランスパンの匂いがする紙袋を頭から被せられてしまい、周りが何にも見えなくなってしまった。
バンが発進する音が聞こえる。
「うにゃにゃにゃにゃ・・・」
何にも見えないが、まち子さんの声は聞こえる。
「まち子さん、大丈夫ですか?」
「あ、坂本さん。私は大丈夫です。坂本さんは大丈夫ですか」
「私は大丈夫です。あと、私は岸本です」
そうなのだ、私は岸本なのだ。
「あ、そうでした。岸本さん。こんにちは」
「こんにちは」
バンが結構なスピードで移動しているのが振動でわかる。
「まち子さん。なんで連れ去られたんでしょうね」
「うにゃにゃにゃにゃ…わからないです」
「そうですよね」
「ちょっと、犯人さんに聞いてみますね」
「そうですね」
「あのあの、犯人さん。なんで私たちを連れ去ったのですか」
返事は無くてただただバンのエンジンの音だけが響く。
「岸本さん。無視されてしまいました」
「そういうこともありますよ」
そういうこともあるのだ。
それから私とまち子さんは移動時間の暇を埋めるためにしりとりをし続けた。まち子さんはしりとりが強い。何よりしりとりで攻撃力が高い「る」の言葉を沢山知っている。
「フランプール」と56回目の「る」攻撃にも瞬間的に「ルートビア」と返されて「まち子さん強いな」と思っていたら、バンが突然止まった。
バンの外に連れられて、頭に被せられていたフランスパンの匂いのする袋が取られて、目が痛くなるような光が飛び込んでくる。
目の明暗判別機能が機能して、目の前に見える景色が見える。
釣り堀だ。
私たちは釣り堀にいる。
椅子代わりの黄色いプラスチックビール箱。緑色の水。野球帽を被った中年男性。はしゃぐ家族連れ。あちらこちらで魚が釣れる度に声があがる。
私とまち子さんがぼんやり釣り堀を見ていると、C.Wニコルの覆面をつけた男が「釣り、する」と言ったので、私たちは釣り堀で釣りをする。
「私、釣りをしたことないんですよね」
「まち子さん、そうなんですか?」
「釣りなんてできるかどうか・・・」
とまち子さんは言うけども、釣り始めるやいなや釣りの才能をめきめき発揮する。
私は途中から釣りを放棄して、網を持ってまち子さんが魚をつり上げるたびに網ですくってあげる。
「岸本さん。どうしましょう。どんどん釣れてしまいます」
「まち子さん、才能に身を任せましょう」
「怖いです。才能が怖いです」
「あ、またさっきよりも大きい魚ですよ」
「ああ、怖い、怖い」
一時間ほど経って、気がついたらまち子さんの周りには釣り上げた魚が山のようになっている。
どてらを着たねこのまち子さんは誇らしげな顔をして「釣ってしまいましたね」と言っている。
「これ持って帰れるみたいですよ」
「いいですね。ご飯代が浮きますね」とまち子さんは嬉しそうな顔をしている。
「あれ、そういえば犯人さんはどこ行ったんでしょうね」
「あれ、そういえば」
と思って見渡すと、釣り堀のピラニアコーナーにC.Wニコルの覆面をつけた犯人がおぼれていて、その周りにはピラニアが集まり、緑色の水はあっという間に真っ赤に染まった。
水面をC.Wニコルの覆面がぷかぷかと浮いていた。
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