第6話 春高楼の
春 高楼の 花の宴
めぐる盃 かげさして
優雅な笛の音が風に流れ、シャンと鈴の音が鳴り響く。
明るい夜の満月の光に、東方の重ね衣が浮かび上がる。
笑い声。話し声。篝火の明かり。酒の匂い。
城主の婚礼の祝いには、大勢の人が集まって、
飲んだり、騒いだり、笑ったり、踊ったり。
さざめく影を楽の音と月明かりが包みこんで、
しっとりと優しくきらめいていたわ。
「……こんなにも賑やかなんですねぇ。本来の人の暮らしは」
ぽつりとカナリアはそう言って、
私が教えたふるい旋律、異界の歌を口ずさむ。
千代の松が枝 わけ出でし
むかしの光 いまいずこ
私たちが旅に出てから、あっという間に一年が経過したわ。
私たちは【クロス】を探して、神々と怪物の情報を求めて、
あちらこちらの土地を巡ってきたの。
大きな街。壮麗な宮殿。広大な農地。人々の喧噪。
道中目にしたものは何もかもが壮大で圧倒されて、
でもそれは、カナリアも同じだったみたい。
「カナリアは大聖堂で育っているので、大きな街は見たことがないのです」
そうなのね。
「……それに、大きな街といっても。カナリアの時代にこんなにも大勢人が集まって暮らすなんて、考えられませんから」
東方の国で出会ったのは、城主の婚礼を祝う宴。
田舎の小さな城だけれど、どこからともなく人が集まり、
飲んで、騒いで、陽気に夜を過ごしているわ。
だれかが楽器を奏でていて、
明るい笛の音やつま弾く弦の音、
ピロピロポロンと風に乗り。
空の上では明るい満月と、星の明かり、
満開の木の花がさらさらと雪のように降っていたわ。
「ここのおだんごもおいしいですねえ」
屋台で買ったおだんごを頬張って、カナリアはごきげん。
金色の粉をふりかけたおだんごは、
ほかほかできたての湯気をあげて。
口に入れると素朴な甘さ、金色きなこの豆の香り、
もちもち優しい食感が、ふんわり一緒に溶けあって。
んー、幸せ。
ふと見るとカナリアの向こう側には、
金色の髪、青い瞳の男の子。
綺麗なほっぺた膨らませて、無表情にもひゅもひゅ。
こんなに遠くの土地までついてくるなんて、
もしかしてミッチー君、おだんごの国の妖精なのかしら?
「クロスちゃーん!」
人混みの中で子供の呼ぶ声が聞こえる、
とはいえもちろん、ミッチー君のことじゃなくて。
「ほんとうによくある名前なのねえ」
「はい。昔はどこも、神々の名にあやかって名付けることが多かったんです」
こくんとおだんごを飲み込んで、カナリアが頷く。
「神々は天に、怪物は地の底に。ここはまだ、人の時代だったんですねえ……」
私たちがこの時代に来て一年、わかったのは、
神々はもともと地上にいなかったということ。
怪物はときどき地底から這い出して、
人を襲ったり、田畑を荒らしたり。
ときには村ひとつ潰すような襲来もあったけれど、
人々は魔法の術を磨いて、彼らに対抗していたわ。
怪物と神々の直接対決が始まったのは、
ちょうどここ四百年前。
だけれども、理由やきっかけはわからないというの。
「カナリアが知る限り最初の戦いは、まだ十年ほど先になります。でもそれは人の街が巻き込まれて、記録に残った最初の戦い……ですから」
人はどこにでも居るようで、誰もいない土地も多くある。
世界のどこかで既に何かが、動き始めているとしたら。
「【クロス】はどこにいるんでしょうねえ……」
難しいわねえ。
誰かが陽気に笛を鳴らして、高くのびやかな歌の旋律、
笑いさざめく人々の上、くるくる流れて渦巻いて。
口笛と手拍子、やんやの喝采、高らかに鳴って盛り上がる。
カナリアは小さく口ずさむ、しとやかに優雅な祭りの旋律、
きらきらと高く澄み切った、きれいな『女の子』の声で。
通りすがりの人々が気づいて振り返っては、
大柄な怪物の影にぎょっとしていたけれど、
でもこの時代には、怪物をしもべにする魔法だってあるのよね。
驚きはすぐに笑顔に変わっていたわ。
くるくる弾む笛の音色、きらきら澄んだカナリアの歌、
明るい笑顔と手拍子の輪が、あたりに大きく広がって。
私はモンシロチョウだった頃を思い出し、
ひらひらと踊ってみたりして、
浮かれ騒ぎ更けていく、春の夜の宴。
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