第11話 白い光

 白い光が消えた後には、広がる緑の庭の光景。

 ひとり立つ青年の影だけ、ぼんやり視界に見えていて。


「……邪魔をするか。小さき者よ」


 私の視界から外れた後方に、その青い瞳を向けて、

 クロスは静かに笑った……


 嗤った?


『――……さない』


 スウッ――と。


 透明でクリアな視界が私の前にひらける、

 それは異常なまでに明晰で熱を帯びて、

 金の髪の一本一本、そよぐ風の端までも捉えるようで、


「……ほう? やっとその気になったか、異界の魂」


 面白がるようなクロスの微笑、

 熱を帯びて揺らぐ視界、苛烈な光が頭の芯を灼いて、


「さあ選べ。貴様はこの世界をどう変える?」


 灼熱の塊が胸の内側を押し潰す。

 真っ白な太陽が胸の中に溶け落ちてきたように、

 そう……この感情を『怒り』というのね。


『世界なんてどうでもいい』


 私は答える、

 激しい熱が動脈の隅々までを駆け抜けて、


 ドクッ、大きな音とともに、胸の奥で何かが破裂する。


『カナリアを傷つける奴は――許さないッ!』



  **



 いつだって蛹は時が来るまで、自分が何者になるかを知らないけれど、

 時が来れば自然に分かるもの。

 だから私はこの時知っていたわ、私の想いは確かに【具現化】する、

 どんなものにも、想うままに生まれ変わることが出来るのだと。


 そう、何にだってなれるのよ。 

 新たな世界の創造主かみにでも――


 神殺しの悪魔にだって!!


 ――それがキミの想い?

 ――ほんとうに? 本当にそれがキミの想い?

 ――ほんとうに?


 決まっているわ。


 蛹の中で私の存在は急速に溶けて形を変え、

 新たな存在と命を獲得しようと動き始める。

 決まっているわ、目的はひとつ。


 私は、クロスを殺――……ッ


「……何の真似だ」

 ふわ、と。


 柔らかな二本の腕が、私の表面を包みこむ、

 まるで庇うように、優しく抱きしめるように。

 けれどクロスの声に混じる不快は、ただ単純にそれだけじゃなくて。


「……お姉さまは私に笑えと言って下さいました――」


 ふんわりそよぐ春風のような声、

 その顔は真っ直ぐクロスを見上げていて、

 私の位置からは、うまく見えていないのだけれど、


「だから泣きません、怒りません、諦めません。信じます――あなたのこと」


 きっとそう告げる声音の通りに、

 クロスに向かってふんわりと……笑って。


「……私はもう、サヨナラしか言えなかった子供ではないのです」


 そうしてカナリアは歌い始める、

 透明で優しい彼女の声で、


 私が教えた、何度だって二人で一緒に歌った、

 ミッチー君も横で一緒に聞いていた、


 遙か遠い異界の旋律、

 なぜか懐かしい、ふるさとの……歌を。




  菜の花ばたけに 入り日薄れ

  見わたす山の端 霞ふかし


  春風そよふく 空を見れば

  夕月かかりて におい淡し

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