第12話 ねえカナリア

 ……ねぇカナリア、モンシロチョウの飛べる高さって知ってる?


 大きな風にさらわれたりすれば別だけれど、

 普通は、大きな木のてっぺんくらい。

 そうねえ、カナリアが七~八人分ってところかしらね。


 高い、って思うかしら?


 じゃあその高さから見る空がどんな色をしているか、

 どれくらい近く見えるか、カナリアはわかるかしら。

 高い塔のてっぺんに登ったことのあるカナリアなら、知ってるわよね。


 変わらないわ、花の上で見るのとぜんっぜん!


 だから想っていたの、

 高く飛ぶ鳥を見上げながら、深く静かな青空を眺めながら、

 黄色い菜の花の上を舞いながら、淡い夕月を見上げながら。


 羽を持たない人間からすれば奇妙な願いかもしれないわね。


 だけど見上げていたの、私は生まれたその時から。

 そう、『想い』を知るずっと以前から――


 私は、あの空を飛びたかった!



 蛹の中で私の存在は大きく広がり、

 細かな粒子へ、透き通る振動へ、形を持たない意思へと変貌する。

 ふわりと存在の重さをなくし、生まれ変わる時をたぐり寄せる。


 ――それがキミの想い?

 ――それがほんとうのキミの願い?


 そうよ、アゲハ。

 思えば私たちの旅は、はじめから貴方に導かれていたのね。


 ――まったく。ハラハラさせるんだから。


 やがて蛹の背が割れて、

 私の存在は勢いよくそこから吹き出し、


 高く高く舞い上がり、大きく大きく広がって、

 地上の全てを包みこむ、


 私は――大いなる風になったの!!



 私の存在はざあっと草を撫で、梢を揺すり、

 村々や街を通り抜け、高い山々を飛び越える。

 高く高く限りなく広がり、遙かな青の深みに触れて、

 大きな大きな天空を、どこまでも遠く吹き渡っていく。


 そうして地表を見おろせば、豆粒よりも小さな怪物たち。

 群れをなして走っていて、その集う先はちっぽけな聖堂。

 

 そうね、【具現化】の魔力に惹かれたんだろうけれど、

 カナリアに迷惑かけるのは許さないわよ!


 私はふわり身を沈めて、

 豆粒のような怪物たち、透明な指先でひょいとすくって、

 地界の入り口へぽいぽいぽい、

 驚き顔のクロスのことも、つまんで天の扉へぽい、


 それから地上をざあっと走って、隅から隅まで見渡して、

 うごめく異形の怪物みんな、つまんで地界へぽいぽいぽい、

 敵を見失って唖然とする神々は、まとめて天の扉へぽい、


 さあみんな、とっととおうちへ帰りなさ――い!


 ついでに大きな山のてっぺん削って、

 地界の入り口の上にドン、

 でもこれじゃ、すぐに持ち上げて出てきちゃうわねえ。


 思案してたら漆黒の大槍、

 どこからともなくドスンと刺さって、

 わりと強固に封印完了、ナイスフォローよミッチー君!



 私はふんわり大きく吹いて、

 透明な手で天の扉に触れる、


 ねえミッチー君、いえ至高神クロス、

 どうか貴方がこれからも、人々とおだんごを愛してくれますように!

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