第2話 人間の視界は

 人間の視界はせまいけれどとてもクリアで、

 顔の両側についた耳は今まで聞いたことのない音を拾ってる。


 轟音、閃光、地響き、絶叫、

 爆風、剣戟、血飛沫、哄笑。


 だけどその上の空は深く静かで、私は微笑む、

 あたらしい世界はいつだって少しこわいけれど、

 私は知っているの、ただ両手を広げて飛び立てばいいんだって事。



 気がつくとそこはあきれるほどだだっ広い草むらで、

 巨大な人型の者たちと、異形の怪物たちが戦ってる。

 人型は恐ろしいまでに美しく、怪物たちは猛々しく、

 雷や嵐や炎や氷、剣や牙や爪や咆哮、

 力と力がぶつかりあって、大地を揺るがせ続けている。

 

 それはそう、神々と怪物の戦い――


 なんだけれど、なんで私こんな所に居るのかしら?


「……お姉さま――」


 その時、新しい音が後ろで聞こえて、

 私は驚いたわ、だってその音は知っていたから。


「やっと、お会いできたのですね。カナリアはずっとお待ちしていました」


 菜の花の小道、カナリア色の帽子、

 みんなおそろいの背中のかばん、

 笑い声、はしゃぎ声、

 きらきらと空高く吸い込まれて。


「……カナリア……?」

「はい……はい、そう、そうです! お久しぶりですお姉さま! 嬉しいです、カナリアを覚えていてくださって……!」


 振り向いた先には、目深にフードを被った大柄な人の形、

 だけど聞こえているのは確かにあの音――『女の子』の『声』だったわ。


「覚えて……?」

「……あっ――……。ごめんなさい、そうですよね。そんな筈ないですよね。カナリアが自分で言ったんでした……」


 ローブの肩をすぼませて、人影はしゅんとうなだれる。

 

 突然閃光が視界を染めて、轟音と共に地面が揺れる、

 どういうわけか石も土煙も私には当たらなかったけれど、

 えーっと、もしかしてここ、けっこう危険なんじゃないかしら?


「お話は後にしましょう。お姉さま――いえ、勇者さま」


 まっすぐに振り上げた手をおろして、

 ローブの奥からカナリアはじっと私を見つめる。


 それは間違いなく聞き覚えのある『女の子』の『声』だったけれど、

 変ね、同じだけれど、確かに何かが違っていたの。


「今はこの場を切り抜けましょう。カナリアもお手伝い致します」


 夕まぐれの最後の風や、


「……大丈夫です。勇者さまにはできるのです。だって」


 地面に落ちる最初の雨の音のように、


「だってカナリアがお呼びしたのです。だから間違いはないのです。勇者さまの想いは確かに【具現化】する――」


 静かだけれど何かとても大きなもの――


「……勇者さまだけが、この争いを終わらせることが出来るのです!」


 ……そう、たぶん、『想い』を秘めたオトだった。


 とはいえカナリアの言うことはちんぷんかんぷんだし、

 具現化って、ここ全部おいしい菜の花畑だったらいいなあとか?

 違うわよね、今の口だとたぶん花の蜜は食べられないし……。

 そういえば人間っていったい何を食べるのかしら。


「……えと、突然すぎですよね。びっくりさせてごめんなさい」


 そう言ってカナリアはフードを払い落とす、

 あらわれたモノはごつごつといびつな形状をして、

 まるで異形の怪物だったけれど、

 岩の塊のようなその顔にも、笑顔って浮かぶのかしら。


「でもカナリアは知っています。勇者さまは救世主なのです。勇者さまはいつだって、私たちを助けてくださいます。だから――」


 その指が示したのは、閃光渦巻く戦場の中心。


「……だからお願いです。どうかあの魔王、【クロス】を倒してください!」


 くろ……えっ、布? 十字架??

 カナリアはいったい何を言っているの?

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