地下の死肉置き場
「大丈夫?」
「うん、なんとか……」
下へ伸びていく暗闇に吸い込まれそうで必死に踏ん張りながら階段を下った。石製の壁に石製の階段、ひんやりとした空気の流れを感じる。
「イタッ」
足裏に痛みを感じて反射的に足を上げる。どうやら尖った小石を踏んでしまったらしい。それに裸足のままでは体温が奪われていく。
「大丈夫?靴、貸してあげようか?」
カルが自分の履いている靴を脱ごうとするがシャルは断る。
「大丈夫、そうしたらカルが怪我をしちゃうでしょ?」
「……シャルは本当に優しいんだね」
「そんなことないよ」
(そう言えば、私はここに来る時、何も持っていなかったのかしら?靴も、鞄も持たずにこんな場所に?)
だが、カルは靴も鞄も持っている。どうして……?
「ねぇ、カル……?」
「なに?」
「その鞄って何が入ってるの?」
「あ、これ?」
カルは鞄のチャックを開いて中を見せる。
「うーん、どれもいつ使えばいいか分からないものばかりだ」
そこには空き瓶、短いロープ、電池が入っていた。
「あと、プラスチックの破片も」
全部今使えるものではなかった。
「でも、使う場面は出てきそうね」
シャルの中の何かがそう言っていた。
鞄を閉じてさらに階段を下る。
「あ、1番下みたいだよ」
なんだん階段を踏んだんだろう……。思わずため息が漏れる。
「はは、でも気を抜いちゃダメだよ?」
「わかってる」
シャルは部屋の中を見渡す。だが、真っ暗で何も見えない。時折、風が足を撫でるように流れていく。前に道があるのだとわかった。
カツンッ
つま先に何かが当たる。
「なんだろう……?」
その姿を捉えようとしゃがんだ。
「キャッ!?」
目の前には地面と同化した顔があった。それは必死に何かを言おうとしている。
「あ……ああ……」
「……?」
恐怖で立ち上がれない。だが、次に瞬きをした時、その顔は煙のように消えていった。
「な、何だったの?」
夢だったのか幻想だったのか、混乱する頭を働かせて立ち上がる。
「ん?」
さっき顔がいた場所に何かが落ちている。拾ってみるとそれは懐中電灯だった。たが、電池は入っていない。
「カル?」
「なんだい?」
姿は見えないがカルが近くにいるようだ。
「電池をくれない?」
「……?いいけど?」
カルは近づいてきて電池を手渡しした。背後から現れたから少し驚いた。
「こうして……つくかな?」
拾った懐中電灯に電池を入れてみた。種類もあっていたようでスイッチを押すと光が部屋の中を照らし出した。
「あ、見つけたんだね」
「うん、ほら、あそこに扉がある」
少し離れたところに入ってきたのと同じ扉があるのが見える。
「行こう」
「うん」
シャルが前を歩き、カルはついてきた。
「なんだか、見えるようになったらなったで、別の怖さがあるね……」
カルがそんなことを言うからなんだかドキドキしてきた。
扉の前につくと扉を押す。
「あれ?開かない……」
押しても引いても開かない。ストッパーが付けられているようだ。
「右にも道があるね。」
さっきは見えなかったが、右にも道が続いているようだ。奥に行けば行くほど、心配になってくる。さっきの記憶のようなものがシャルに暗闇に対する恐怖心を与えているのだろうか?
よく見ると左にも道があったようだ。だが、天井が崩れたようで埋まってしまっていた。
2人はゆっくりと暗い道を進む。どこからか、水の滴る音が聞こえてくる。
「な、長いね」
「うん、どこまであるんだろう」
懐中電灯の電池が切れないかどうか心配だ。
「あ、扉だね」
微かに開いているのが見える。
「は、入るよ?」
カルがこちらを振り向きながら扉に手をかける。
「うん……」
カルがゆっくりと部屋に入っていく。すぐにシャルも後を追う。
「うっ、何この臭い……」
「ほんとだね……」
目から涙が出る。鼻は臭いを嗅ぐことを拒み、吐き気が腹の底から込み上げてくる。
嗅いだことは無いけれど思いあたるとしたらこれは死臭だ。現に目の前には人であっただろう死体がいくつも転がっている。
「ひ、酷い……」
死体には刺し傷があり、全てに足がない。これは死んだ後に切られたのだろうか……。それとも……。
「うっ、おえっ」
「だ、大丈夫?」
吐きそうになるシャルの背中をカルがさすってくれる。
「か、カルは平気なの?」
「え、いや、平気じゃないけど……僕よりシャルの方が苦手そうだし……そう思うと自分がしっかりしなくちゃって思えるから……」
カルは優しく笑う。でも、その心は震えていると思う。
「カル、ありがとう。でも、無理しないで。私も、しっかりするから」
「シャル、君は……うん、もう大丈夫だね。行こうか」
まだ、扉がある。いくつもの死体の間を歩まなくてはならないが、シャルはもう覚悟ができていた。
ゆっくりと、踏まないように……。なんとか扉にたどり着いた。
「うん、空いてるみたいだね」
カルが扉を押してみる。
「あれ?なにか変な音が……」
扉の先から何かを引きずるような音がする。
「な、なんだろう……」
カルがそっと扉を開いた、その先には……。
「え……」
足の無い血塗れの人がいた。体の大きさからして大人だろうか。
「に、逃げなくち……うっ!」
逃げようと振り向いた時、血塗れの人の腕が2人を捕まえた。
「や、やめて……!離して!」
シャルは叫んだが、首をつかむ腕の力はどんどん強くなっていく。
「あ、だ……め……あ……」
グキっという鈍い音が全身に響いた。それと同時に硬い石造りの床に落とされる。隣にはカルも倒れていた。
「ァ……ァァ……」
声が出ない。血塗れの腕がシャルの足と体を掴む。
「アシガホシイ、アシガホシイ」
血塗れの腕が体から足を引きちぎろうとする。
「ァ……ヵ……ャ……」
声にならない激痛が走ると共に下半身から感覚が消えた。大量の血が体から出ていく。
シャルはまた、冷たい床に落とされる。
血塗れの人はシャルからちぎった足を自分の下半身にくっつける。
「チイサイナァ……。」
そう言ってシャルの足だったものを投げ捨てた。そしてまたシャルに手を伸ばす。
「メモホシイ、メモホシイ」
よく見ると、血塗れの人には足だけでなく、目もくり抜かれていた。そこからはとめどなく、涙のように血が流れ出ていた。
「ャ……メ……!!」
「ウルサイ」
血塗れの人はそう言うと、シャルの口をこじ開けて目をくり抜かれた部分から流れる血をシャルの口に流し込んだ。
「ゥ……ァァ……ゥェ……」
赤い血が喉にまで流れ、そのまま胃に入っていく。吐き出したいのに吐き出せない。息が苦しい……。
シャルの意識はだんだんと薄れていく。
「シズカニナッタ、ソレジャ、イタダキマス」
血塗れの人がシャルの両目を掴む。シャルにはもう抵抗する力が残っていなかった。
ブチブチっという音とともに視界を失った。
そして、消える意識の最後に聞こえたのは男の子の声だった。
「また失敗だね……」
「シャル?起きて!」
「え、あ、カル?」
「あ、良かった。いや、扉を開いたら目の前にこんなのがいるからびっくりしちゃったよ。振り向いたらシャルは気絶してたし……」
「ご、ごめん……」
扉の奥にあったのはさっき見たのと同じ、血塗れの死体だ。今にも動き出しそうだが、よく見るとロープで吊るされているだけだ。
「あ、ナイフが刺さってる……」
死体の胸元にナイフが深く差し込まれていた。少し高い位置にあったが、背伸びしたら届きそうだ。
「シャルは血とか無理な感じなのかな?」
急に話しかけられて手を下ろす。
「え、あ、分からない……けど、ここにいると時々変なものを見るの」
「どんなの?」
「いつも私が死んじゃう。たまにカルもいる。でも、死んだらいつも夢から覚めるの」
「ふーん、それって本当に夢なのかな?」
「ど、どういうこと……?」
カルが真剣な顔でいうものだから聞き返してしまう。
「シャルはこの館の名前、知ってる?」
「館の名前?」
「うん、僕も偶然見つけたんだ。この館の名前が書かれた紙を……」
「紙……?」
「うん、シャルと出会う前、安全な部屋を見つけた頃だね。誰かが扉をノックして、隙間からこの紙を入れたんだ。慌てて飛び出したけど……誰もいなかった」
カルはポケットに入っていたしわくちゃな紙をシャルに見せた。
そこには、『この館は
「たそがれ……?」
「うん、黄昏」
「これがどうかしたの?」
「君はまだ、外の景色を見ていないのかな?」
そう言えば、窓を割ろうとしたことはあっても、意識して景色を眺めてはいなかった。
「今、何時だと思う?」
「え……」
不意にシャルは時計を探す。だが、こんな地下の死肉置き場のような場所には時計なんてなかった。
「じゃあ、質問を変えよう。今、太陽はどこにあると思う?」
「え、時間がわからないんじゃ、分からないよ……」
それにここは地下だ。時間がわかっても方角がわからない。
「正解はね……あっちだよ」
カルは今通ってきた道の方を指さす。
「……なんで分かるの?」
「黄昏だからさ」
「?」
まだまだ聞きたいことはあったが、カルは歩き出してしまった。ナイフを取ろうか迷ったが、カルを見失いそうで諦めて追いかけた。
「それにしてもこんな大量の死体……どこから……」
シャルはカルに聞こえるように独り言をこぼす。
「もしかしたら、僕らみたいに迷い込んだ人を殺してるのかもね」
「え、も、もう!冗談言わないでよ!」
「ははは、ごめんごめん。いや、でも、ここにある死体がやけに腐敗してないなって思って……」
少年の口から出るような言葉ではないものに、シャルは顔を青くした。
「あ、ごめん、怖かった?」
「…………うん、怖い」
「じゃあ、引き返す?」
「ううん、ここまで来たら進むしかない」
「そっか……じゃあ、行こう」
カルは目の前にある、ほかより頑丈そうな扉を押す。
ギギギ……。
そんな音を立てて扉は開いた。
「あ、あれ?」
今まで普通に照らしていた懐中電灯が急に消えたりついたりし始めた。
「な、なにが……」
電池切れか、それとも……。
ぴちょっ、ぴちょっ。
部屋の奥から音がする。水の滴るような音。だが、それがただの水ではないことはすぐに分かった。
「ひっ!?」
シャルは天井を見上げて目を見開いた。大きな目玉をひとつ、真ん中につけたナニカが天井に張り付いていた。
「ま、まずい!」
カルがシャルを突き飛ばす。すると、シャルがいた場所に、ナニカの舌のようなものが伸びていた。ナニカは不満そうにゆっくりと地面に落ちる。
ビチャッ
不吉な音が地下内に響いた。
「あいつの狙いはシャルだ!逃げて!」
「う、うん。分かった!」
カルが扉を閉めて板で開かないようにしてくれた。だが、ナニカは扉に突進してくる。扉は今にも壊れそうだ。
「くっ!時間の問題か……。」
カルもシャルに追いつく。扉を開き、隣の部屋へ移動する。それと同時に後ろですごい音がした。
「扉が壊れたんだ、隠れよう」
カルはシャルの手を掴んで壁の窪みに入る。窪みは真っ直ぐな形ではなく、少し奥で広くなっている形だ。そのため、体はギリギリ外からは見えない。
「ど、どうしよう……。」
カルが頭を抱える。
「ねぇ、カルはあいつらについて何を知ってる?」
「え?うーん、特には……」
「前に、標的を変えないことは聞いた。つまり、あいつは今も私を狙ってる」
「うん……あ!」
「なにか思い出した?」
「うん、あいつらは人を追いかけるんじゃなくて、血の臭いを追いかけてるんだ。聴覚もないし、視界に入らなければ、血の臭いが充満しているこの部屋なら逃げ切れるかもしれない」
「そう……」
「でも、ヤツらは活きのいい血を探してる。だから、あんな大きいやつじゃ、君の血とほかの血を嗅ぎ分けられるかもしれない」
「なら、この場所にも長くは居られないわけね……」
シャルは少し考える。ナニカは今、遠くにいるらしい。でも、すぐにこっちに来るかもしれない。なら、何かで気を逸らさなくては……。
「カル、空き瓶とプラスチックの破片をくれない?」
「どうするの?」
シャルは少し笑う。
「逃げるの。あなたはすぐに扉へ向かって。私が追われればいいから」
「え、ダメだよ!2人で帰らなきゃ!」
「二人同時に助かれるほど、化け物も優しくないでしょう?大丈夫、隙があれば帰るから」
「…………」
カルは俯いていたが、立ち上がり、窪みから出ていった。どうやら近くにはナニカがいないようだ。シャルはカルが置いていった破片を掴み、腕に当てる。その下に空き瓶を置く。そして―――――。
「くっ!」
静脈に切り傷を入れた。ポタポタと垂れる血を瓶に入れる。3分の1くらい貯めた。視界がぼやける。貧血だろうか……。
「よし、行こう」
フラフラしながらも立ち上がり、外を見る。ナニカがこの部屋にいるようだ。臭いが漏れないように瓶に手で蓋をする。手首からは血が滴っていた。この臭いを探しているのだろう……。
シャルは窪みから走り出すとともに、ナニカに向かって瓶を投げる。体にぶつかった瓶にナニカがまとわりついているのが見える。血を取り込んでいるようだ。
扉の前にはまだ、カルがいた。
「シャル!だ、ダメだ……開かない!」
その扉は初めに階段を降りてきた先にあった扉だ。鍵はかかっていないのに何故かあかなかった扉……。
「ロープで縛ってあって開かないようになってる!」
扉の持ち手同士が結んである。
「ど、どうしよう……。」
だが、その時、背後で物音がした。
ぴちょっ……
「シャル!危な―――――」
シャルの視界は真っ暗になった。ナニカに食べられてしまったのだろうか……。
「ん?あれ……?」
「どうしたの?ぼーっとして」
「え、いや、何でもない」
気がつくと目の前にはカルがいた。ここは窪みの中のようだ。
「あれ……?」
「ど、どうしよう……」
カルが頭を抱える。さっきも見た……。そして、シャルは気づいた。自分の右手にナイフが握られていることに……。
「!?」
だが、見た事のあるナイフだ。さっき、死体に刺さっていたもの。
「なんで……?」
「どうかしたの?」
「あ、いや……」
シャルは悩んだが、さっきと同じことをすることにした。
「カル、空き瓶をくれない?」
「え、いいけど……なんで?」
シャルは無理矢理笑顔を作る。
「逃げるの。あなたはすぐに扉へ向かって。私が追われればいいから」
「え、ダメだよ!2人で帰らなきゃ!」
「二人同時に助かれるほど、化け物も優しくないでしょう?大丈夫、隙があれば帰るから」
「…………」
カルは俯いていたが、立ち上がり、窪みから出ていった。どうやら近くにはナニカがいないようだ。シャルはカルが置いていった瓶を左手首の下に置く。右手に持ったナイフで静脈に傷をつける。
ポタポタと瓶に血が入っていく。半分くらい入ったところで臭いが漏れないように瓶に手で蓋をする。
「よし、行こう」
頭がくらくらする。視界がゆがんでいる。だが、なんとか踏ん張る。
ナニカはこの部屋にいるようだ。シャルは扉に向かって走り出すとともに瓶をナニカに向かって投げる。体にぶつかった瓶にナニカがまとわりつく。血を取り込んでいるようだ。血の量は増やしたから、さっきよりも時間がかかるはず……。だが、それ以上にシャルはまっすぐ走れない。
なんとか扉にたどり着いたものの、やはり扉は開かない。だが、今度はナイフがある。
「開かないんでしょ?これを使って!」
シャルはカルにナイフを渡す。カルは何度かロープにナイフを滑らせ、やっと切れたようだ。
「あ、空いた!」
カルがそういうとともに背後で音がする。
ぴちょっ……
「カル!ナイフを貸して!」
「え、あ、うん!」
カルがシャルにナイフを投げ渡す。うまくキャッチしたシャルは後ろを振り返る。やはり、ナニカが口を開けていた。
シャルは分かっていたかのように横に転がってそれをかわす。そして、ナイフをナニカの大きな目玉に向かって投げる。うまく命中したナイフの傷から黒い液体が流れ出てくる。
「ウウアア!ガ……ガ……グ……」
悶え苦しんでいるように見える。
「今のうちに行こう!」
フラフラする中、カルに支えられて何とか部屋を出る。階段を上る頃には、ナニカの声は消えていた。
1階に戻ってきたふたりは扉を閉めて安堵する。
「か、帰ってこれた……」
「良かったね」
カルも笑っている。
「あれ?この部屋……変わった?」
部屋を見てみると、倒したはずの本棚は別の位置に綺麗に置かれている。壊れたはずの机も綺麗だ。
「だ、誰かが直したってこと……?」
「あんな化け物がいるんだ、今はこんな事じゃ驚けないよ。」
確かにそうだ。思うほど驚いていない自分に疑問に思うほどだ。
「シャル、その手首……」
カルはシャルの左手首を指さしていう。
「逃げるためにそこまでしたの?すぐ手当しなくちゃ!」
カルはなかなか慌てているが、シャルはそうでもなかった。それよりも頭がぼーっとして考えられなかったのかもしれない。
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