第158話 最後の一槍

「敵将は目の前だ! ルソ師団の最後の力を見せてやれ!」


ルソ師団はかなり疲弊していたが、その号令で一瞬、息を吹き返す──そしてラグマーンのチリグス本営へと決死の突撃を開始した。



第二大隊の大隊長ゲナンゲーのヒグマを思わせるような巨体には何本もの剣が突き刺さっていた──それを引き抜くこともなく周りにいる無数の敵を倒していく……第二大隊の生き残りも、隊長のゲナンゲーと同じように満身創痍の状態だが、それでも戦う力は弱まっていなかった。


ゲナンゲーはルソが敵本営の中心へと迫っているのを見ると、最後の力を振り絞り、その援護に行くことにした。生き残った第二大隊を引き連れて側面からルソを取り囲んでいる敵兵に突撃する。

「ルソ上位将軍! ここは我々に任せて敵将を!」

「すまないゲナンゲー!」

そう言うとルソは周りの全ての敵を無視して、敵将へ向かって直進始めた。それにルソの側近たちも続くが、次々に討たれていく──


ルソが敵将であるラグマーンの大将軍のチリグスの前に立った時には、彼の周りに兵は誰もいなかった……それでもルソは敵将を射つのを諦めてはいない。


「どこの誰だかは知らぬが、その命、冥土の土産に貰い受ける!」

「ぬ……俺はラグマーン帝国大将軍、チリグスだ! 冥土には手ぶらで行って貰うぞ!」

チリグスはそう言うと、部下に合図をしてルソを始末するように命じる。


ルソに十人ほどの兵が斬りかかる……しかし、ルソが身を固めるのは裕太から授かったガチャ産装備であった。ルソが矛先が緑に光る長槍を横一線に振ると、鋭く舞い散るいくつもの風が敵にめがけて解き放たれる。


真空の風に切り裂かれて、その一振りで五人の兵が倒れる──ルソはさらにもう一振りして残りの兵も倒すと、一気にチリグスとの間合いを詰めた。

「お命頂戴する!」

ルソはそう言って槍を振りかぶる──だが、チリグスの周りの兵たちが一斉にルソめがけて長槍を突き立てた。数十人の兵から一斉に槍を受けては、いくら強力な鎧を身に纏っていても一溜まりもない……鎧の隙間や首に槍を突き刺されルソの動きが止まる……


しかし、一度は完全に動きが止まったルソだが、目を見開き、最後の力を振り絞り手に持った槍をチリグス目掛けて投げ放った。


槍は風の力を纏い、高速で放たれる……そんな神速の槍を避けることなどできるわけもなく、チリグスはルソの槍に貫かれた。


ルソはそれを見届けると、ゆっくりとその場に崩れ落ちた──命の灯火が消える時、最後に友と妻に言葉を残したが、それを聞き取る者は誰もいなかった──



「随分と手こずっているようね……」

宇喜多歩華の言葉に、側近の将軍がこう報告する。

「はい……敵のしんがりが思いのほか善戦していてアースレイン王まで攻撃が届きませんでした……しかし、それもこれまでの話です、今、我がエルサフィの別働隊と、北に布陣しているワグディア軍により、撤退するアースレイン軍の包囲が完了しつつあります……そうなればもはや敵に逃げ道などなくなるでしょう」


「そう……それならいいのだけど……もし、アースレイン王を逃がすようなことになったら大変ですからね……」

「はっ、重々承知しております」



エルサフィの別働隊は総兵力50万の、もはや別働隊と呼ぶには大きすぎる軍勢であった──それを指揮するのはエルサフィの猛将、フリューゲル大将軍──その脅威の軍が、アースレイン軍を咥えこむように両側面から襲いかかった。


「ダメだ……このままでは両側面から食いちぎられるぞ……」

ジュゼが敵の猛攻を見てそう分析した。

「そうなれば突破どころではなくなるな……仕方ない……アズキには悪いが、彼女には一人でエイメル様の脱出を請け負ってもらうしかないようだな」

ランザックの言葉にジュゼも頷く。


側面の敵は後退しながら相手にするには難しいと判断したジュゼとランザックは、左右に分かれてそれを迎え撃つことにした──その隙にアズキの軍には裕太を連れて北へ向かってもらうことになったのだが、それは両上位将軍がこの絶対的不利な戦場に残ることを意味していた──


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