第157話 ルソ上位将軍

周りを見渡す限り敵軍ばかりであった……ルソはそんな絶望的な状況に、ジュゼとともに裕太の元へ馳せ参じた時の事を思い出していた……あの時は多くの家臣が反対していたが、今考えてもあれが最善の選択だったと確信している──


「報告します! すぐに援軍を送らなければ左翼がもう持ちません!」

伝令の報告に、ルソの側近の一人が叫んだ。

「馬鹿者! そんな予備戦力どこにもない! 現戦力で持ち堪えよ!」

しかし、そんな側近を制止して、ルソはこう命令した。

「本隊の一部を左翼に遅れ」

「ルソ上位将軍! それでは本隊の戦力が……」

「構わん、左翼が落ちれば本隊も長く持たない、今はエイメル様の撤退の時間を稼ぐのが重要だ、ルソ師団の存亡など問題ではない」

「はっ! ではそのように手配します!」


ここが死に場所か……ルソはすでにそう覚悟していた。部下を道連れにするのは心が痛いが、時間を稼ぐには少しでも長くここで敵を抑えるしかないと考えていた、それは全滅覚悟の決断であり、全ての部下の死を意味する。



「第五大隊、全滅! 第八大隊、第九大隊も壊滅寸前です!」

「第六大隊から救援要請! 第十大隊は孤立して連絡不能です!」


続々と訃報が届く中、ルソはどう長く戦うかを計算していた。

「前に進むか……」

すでに敵大軍を抑えるのは不可能だと思った、ならばいっそ前に出て囮となり、裕太から少しでも敵軍を遠ざける事を考え始めていた。

「残りの戦力はどれくらいだ」

側近はルソの質問にすぐに答える。

「三万ほどかと」

「よし、全軍に通達、これより我が軍は敵将を討つべく前進する!」


無謀なその判断にも、意図を察したのか側近の誰も反論する者はいなかった……


ルソ師団、最後の行進は凄まじいものになった──それは死を恐れず前進するルソ師団の姿に、絶対的優位にいる敵軍が恐怖するほどであった……


「アースレイン軍は血迷ったのか! どうして撤退中に、こちらに向かってこれるのだ!」


死への行進にも関わらずルソ師団の指揮は高かった……一丸となって進む決死隊は強く、怯えながら攻撃してくる敵兵を蹴散らしていた。

「何をしているのだ、敵は三万ほどだぞ! 一気に叩き潰せ!」

ラグマーンの将軍の一人がそう鼓舞するが、気迫の量が違い、多勢が無勢に押されていく──


ルソの思惑通り、ルソ師団の敵への前進につられて周辺にいる敵軍は全て後方へと誘導される。ルソはそれを見て満足そうに頷く。

「敵将の首までもう一息だ! あの世に行くのが我らだけでは死神も満足すまい、出来るだけ多くの道連れを連れていくとしよう!」


ルソの鼓舞でさらに指揮が上がる──ルソ師団が目指していたのはラグマーンの大軍団の本営であった、そこにはラグマーンの三人の大将軍の一人が布陣していた。


「まさか、ここまでこれると思っているのか……」

ラグマーンの大将軍、チリグスはルソ師団が自分に迫っているのを見てもまだ余裕の表情であった。間違ってもここまでこれるとは露ほども考えておらず、そのうち力尽きると予想していた。


しかし……予想に反し、ルソ師団が本営近くまで迫ってくると表情を変えていく……

「本営前に重装歩兵団を配備しろ! 絶対にここまでこさせるな!」

チリグスは恐れていた……それは本人のも気がつかないほど奥底での感情ではあったが、死を恐れず近づいていくるルソ師団が、死神の集団に見えてきていた──


恐怖を感じてきても数万の兵を相手に、その十倍の兵を指揮する自分が逃げ出すわけにはいかなかった……そんな事をすれば死よりも重い不名誉を授かるだろう──


「どうして止まらんのだ! 誰でもいい、敵将の首をとってこい!」

すでにチリグスはなりふり構わず部下たちに命令していた──近づいてくる敵に対する恐怖を隠すように周りを怒鳴り散らす──


ルソ師団は険しい木々を掻き分けて進むように敵軍の中を突き進んでいた。しかし、驚異的な強さを見せているルソ師団であったが、その兵力は少しづつ削られていき、チリグス本営の前まで迫ってきた時にはその数は半数以下にまでなっていた……

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