第147話 決定打
アズキが大きな獣の首を赤い刀身の剣で斬り飛ばす、すでにアズキ一人で数十体のアプスを血祭りにあげていた──
アルボア自慢の大獣部隊はアズキの軍によって崩壊寸前で、指揮する軍も統制が取れず、被害は拡大するばかりであった。
「くっ……ワシがこんなに奮戦しておるのに、リダボアは何をやっているのだ!」
助けに来ない同僚に、本気の愚痴をこぼしながらアルボアは軍を立て直していた──アズキの援軍の攻撃と砦からの攻撃で混乱していたアルボア軍は、かなりの被害を出しながらも、徐々に落ち着きを取り戻していった。
「全軍、一度後退して態勢を立て直す!」
この決断はアースレイン軍の大半は砦の防御に徹しているのを考えると、追撃の心配も少ないことから、アルボア軍にとっては正しい判断であったが、友軍であるリダボア軍には最悪の行動であった。
アルボア軍が砦への攻撃を止めて、後退することによって、キリューダの数的優位の状況が崩れた。リダボアも、アルボアの後退にあわせて軍を引けばよかったのだが、まだどこかでライバルを出し抜きたいとの思いがあり、無理な攻撃を繰り返してしまった。
すでに砦の城壁付近は、アースレインの鉄騎ゴーレム隊により蹂躙されていて、大きな被害が出ている。アルボア軍の撤退で手の空いたアズキ軍による後方からの波状攻撃に、キリューダ兵が屍を重ねていく。
「アルボアの奴め……」
それからリダボアが撤退の判断したのは、手勢の半数を失った後であった。
アルボアもリダボアもかなりの被害を出していたが、両軍を合わせると、まだアースレイン軍の兵数より上回っていた。しかし、それが二人の将の判断を鈍らせる。
「そうか、わかったぞ、アースレイン軍は籠城戦が得意なのだ、ならば野戦に持ち込めばこっちのものだろう、リダボアに伝令を送れ、アースレインの犬どもを野戦へ誘い込むと」
リダボアからの伝令の話をアルボアは何度も頷いて聞いた。
「何だと、アースレイン軍を砦から誘い出すのか、確かにその方が楽に勝てるかもしれんな、よかろう、その案に乗ったとリダボアに伝えよ」
アルボアとリダボアの軍は、視界の良い平原で、あえて無防備な陣形で布陣した。正にあからさまな誘いであるが、アースレイン軍の大将であるジュスランはここで一気に勝負をつけることを判断した。
「どうやら敵は野戦を望んでいるらしい、不利な形勢で戦えると自惚れている敵将に、我が軍の力を見せつけてやるぞ!」
ジュスランはそう怒号すると、全軍に攻撃を命令した。
平原に布陣したアルボアとリダボアの両軍は、陣形を無視した無茶苦茶な隊列を組んでいた。アースレイン軍が動き出したのをみて、陣形を組み直そうとするが、それを終えるより、アースレイン軍の先陣が突入してくる方が早かった。
やはりと言うか、アースレイン軍の一番槍はアズキの軍であった。アズキ軍はアルボア軍と、リダボア軍の横っ腹を分断するように、敵軍を蹴散らしながら駆け抜けた。
完全に陣形が崩れ、バラバラになったアルボア、リダボア両軍は、次々と現れるアースレイン軍に対して、乱戦で応戦するしかなかった。
「じ……陣形を組直せ! このままでは戦いにもならぬ!」
アースレイン軍の組織的な攻撃に対して、個々の反撃で応戦できるはずもなく、キリューダ兵は屍を重ねていく……
「これほどアースレイン軍の動きが早いとは……」
アルボアは、この取り返しのつかない戦況に直面して、初めて敵の強さに気がついたのであった。
すでに全軍の立て直しは不可能だと判断したリダボアは、指揮系統が確実に伝達できる直属の部隊を中心に軍を立て直し始めた。
「第一師団と第二師団だけでもよい、帝都方面に後退させるのだ! このままでは全滅してしまう!」
アルボアも周りの兵だけでもと軍を立て直し始めるが、そこにアースレイン軍のジュゼ師団が突撃してきた。
「敵将の首をあげて労を勝ち取れ!」
これまであまり活躍の場がなかったジュゼ師団はここぞとばかりに奮起していた、指揮を取り戻しつつあったアルボア軍であったが、ジュゼ師団の猛攻はそれを打ち崩していく。
「アルボア大将軍、このままでは大将軍のお命が……」
部下の助言をアルボアも実感していた……このままでは敗北どころか命まで取られてしまう……国の至宝である我が命をこんな場所で奪われるわけにはいかない……そう考えたアルボアは、僅かな兵とともに戦場からの離脱を図るのであった。
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