第133話 盆地の激闘

ミフカーラ王国に侵攻しているアースレイン軍の大将であるブライルは、盆地の北にある山に三つの砦を作らせた。三つともかなりの規模の砦で、配置する兵は、各、砦に三万と、全軍の三分の一を割いていた。もちろん至急に作らせた砦なので、強固な塀などはないが、敵の侵入を防ぐ、囲いが作られ、防衛しやすいように土が守られている。


アースレイン軍は、そんな三つの砦の周りに布陣して、ミフカーラの様子を伺っていた。


「敵にとってはこちらの三つの砦はやりにくいでしょうね──どう動いてくると考えてますか、ブライル大将軍」

副官にそう聞かれて、ブライルは少し考えるとこう答えた。

「そうだな……普通に考えれば、なんとか誘い出して兵力を削ることを考えそうだが……案外、一斉攻撃って選択をしてくるかもしれんな」

「一斉攻撃ですか? 流石にそれは無策すぎませんかね」

「私が一番やられて嫌なのはその無策な戦法なのだがな──」

「どうしてですか? 砦がある我々の方が有利に戦えそうですが……」

「数が互角ならばな──総兵力ではこちらは敵の半分しかいないことを忘れてはいけない……倍の兵力に一斉に攻撃をされれば、策を用いる隙がない」

「なるほど……」


しかし、ブライルは流石にその選択を、敵がしてくる可能性は低いと考えていた。その理由は二つあった、まず、これまでの動きを見ると、敵の総大将は冷静で慎重な性格だと思われること、そしてもう一つは敵の布陣であった。どうやら敵は大きく三つの軍に別れているようで、現場レベルでの指揮系統が統一されていないように見える。一斉攻撃には高レベルの統一性が必須であることを考えると、やはりここは少しずつこちらの戦力を削ってくる戦術を使うかと思われる。



アースレイン軍とミフカーラ軍の睨み合う盆地の中央──古い城が小高い丘の上にあった。その城の名はシュガト城──ここにミフカーラの総大将であるジバルダ元帥将軍が最初の一手を決断していた。


「なんと……一斉攻撃ですか?」

「そうだ、いま、一番、確実な手はそれしかないと思う」

「しかし、敵は北の山に砦を築いております──このまま攻めれば、こちらが不利になりませぬかな」

「ふっ──砦といっても至急に作らせたナマクラだ。それほど脅威ではあるまい」

「確かに、城や要塞の攻略よりは容易でしょうが……」

「チベム、カルヒナ、オーダンを呼べ、一斉攻撃の指示を出す」

「はっ!」


ブライルの一番の誤算は、ジバルダの性格の読み間違いであろう──ジバルダは慎重なのではなく、物事は段階を踏んで行動することが重要だと、知識で知っているだけの大将であった。本来は何より自分の決断を優勢して、それを実行する行動派で、本能に従う部分が強かった。


ミフカーラ軍は三軍に分かれ、アースレインの三つの砦を一斉に攻撃した。その総兵力は45万と、アースレインの30万を大きく上回る。


ジバルダの読み通り、アースレインの砦は強固とはお世辞にも言えないものだった。数で勝るミフカーラの攻撃に、アースレイン軍は防戦一方となる。


「まさか本当に一斉攻撃とはな……」

「どうしますか、ブライル大将軍」

「もちろん手筈通り、誘い込んで例のやつを──」


一番嫌だと言っていた敵の行動に対して、元軍師であるブライルがなんの準備もなしで迎え撃つはずはなかった。できればまだ隠しておきたい奥の手ではあったが、今使うのが一番効果が高いと判断する。


ミフカーラ軍のチベム大将軍は、15万の大軍を率いて、北西の砦を強襲していた。兵力的に圧倒している上に、勢いのあるミフカーラ軍は、砦の第一防衛壁を難なく突破する。


「右の壁が崩れたぞ、第二師団を突入させろ!」

チベム軍の主力の一つである三万の第二師団が、崩れた砦の壁から中へと突入する。このまま第二師団の侵入を許せば、数で劣るアースレイン軍の敗北は目に見えていた……だが──それは全てブライルの指示通りの展開であった。


「フェザーデーモン隊を前へ!」

それは漆黒の体の、体長5メートルはある巨大な悪魔であった……フェザーデーモンと呼ばれた魔物の数は30体──大軍を前にしては、その数は十分とは言えないかに思えた。だが、そんな心配は、悪魔たちの戦闘──いや、一方的な殺戮が始まれば十分すぎる数だと思い直す。


一体のフェザーデーモンの放った炎が、ミフカーラ軍の歩兵隊を襲う。一瞬で鎧も溶かす高熱により、歩兵隊三百が一瞬で灰へと変わる。また、別のフェザーデーモンは、空から敵の騎兵隊に近づき、そのど真ん中に降り立つと、その強力な爪と尻尾を使い、騎兵をなぎ倒していく。


漆黒の悪魔に、勇敢にも戦いを挑むミフカーラ軍であったが、空を自由に飛び、鉄の矢など簡単に弾き返す強靭な体を持つその悪魔に、傷を与えることもできなかった。


「どうした? 何があったのだ」

「はっ! 敵の砦内に、突如、漆黒の悪魔が現れ、我が軍を攻撃しております」

「漆黒の悪魔だと! なぜそんなものがアースレイン軍にいるのだ」

「わかりません──ですがその悪魔の攻撃で、第二師団が壊滅しました……」

「こんな短時間にか……」


アースレインの隠し球の一つ……それは魔物の軍勢であった──ブライルの目算では、魔物の戦力は数十万の兵力に匹敵する……ブライルは元軍師である……勝てる戦いでなければ戦わない……もちろん、この戦いにおいても、それは例外ではなかった。

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