第119話 水計

アースレインは軍を巧みに動かし、圧倒的な武力を持つイシュキリエル軍と互角に戦っていた。しかし、兵の強さの差は少しずつその戦果の差となり、アースレインを追い詰めていく。


「そろそろ時間か・・全軍を東南の高台へと移動するぞ」

追い詰められたアースレイン軍は、ここで大きな動きを見せた。すべての軍が少しずつ高台へと移動を始めたのだ。


「今更高台に陣を敷くのか・・遅い、遅すぎる!」


イシュキリエル軍の総大将、ザクラエウスはそう呟く。確かに乱戦になっているこのタイミングでは遅すぎる判断に見えた。


ザクラエウスの言葉通り、アースレイン軍は乱戦の中、強引とも言える移動を決行していた。ただでさえ強兵のイシュキリエルの猛攻を抑えながらの移動である、その犠牲も少なくなかった。


しかし、そのアースレイン軍の意図は、イシュキリエル軍を恐怖のどん底に陥れてその姿を表す。


「見ろ・・川が干上がっている・・・」

イシュキリエル軍とアースレイン軍を隔てていた大きな川の水位が、驚くほど少なくなっていた。その異変にイシュキリエル軍が気がついた時にはもう遅かった。轟音とともに、ものすごい勢いで膨大な量の水が、その戦場に襲いかかる。


川の上流には、川幅の異常に狭くなっている場所があった。ブライルはそれを見て、川の流れを変えることを思いつく。四万の兵を使いダムを築くと、川を完全に堰き止める。それで水を溜めると、タイミングを見計らってダムを決壊させて、戦場へ向けて水を流し込んだのである。


アースレイン軍は水が来るを知っていたので、無理にでも高台に軍を移動させていた。それで無理な移動になってしまったのである。


「なんだあの水は・・どうして・・ここに水が・・」

イシュキリエル軍はまともにその激しい洪水を受けてしまう。強い兵でも、強烈に襲いかかる水の力にはどうすることもできない。何もできずに流されてしまう。


イシュキリエル軍の七割ほどが水に勢いで流されてしまった。助かった残りの三割も、水が引いた後にアースレイン軍の猛攻撃を受けていた。さらに上流から無傷のブライル大師団が攻撃に参加する。


天闘士のザクラエウスは、強いイシュキリエル軍の中でもさらに飛び抜けて強かった。数で圧倒し始めたアースレインの兵を、次から次へと斬り伏せていく。そんな中、アースレイン軍の中でも、その武力で一目を置かれている上位将軍が、強い獲物の匂いを嗅ぎつけて現れた。


「中々強い奴だな! 俺と勝負してくれるか」

ザクラエウスは自らに挑んでくる愚かな敵に、上からの言葉で返す。

「ふっ。身の程を知らぬと見える。死にたいのなら手伝ってやろう」

「どっちが身の程を知らないのか教えてやるよ。俺はアースレインの上位将軍のヴァルガザだ。短い時間だが、死ぬまで覚えていろ」

「悪いが俺は百まで生きるつもりだ・・お前に死を与える者の名を教えてやろう。俺は天闘士のザクラエウスだ!」


戦いは始まった。ヴァルガザは大きな両手剣を振り回しザクラエウスに斬りかかる。ザクラエウスは左手に持った盾でその攻撃を受けると、右手のブロードソードでヴァルガザの腕を狙って剣を振る。ヴァルガザは両手剣の柄でそれを弾き返すと、強烈な突きを繰り出した。ザクラエウスはそれを盾で防ぐが、あまりの威力にバランスを崩した。ヴァルガザはそれを逃さない。一撃。強力な意識の集中で放った一撃を、真上から力一杯振り下ろした。ザクラエウスが盾でそれを防ぐが、盾は真っ二つに割れる。そしてそのまま体も両断された。


天闘士はイシュキリエルでは最強の位である。その天闘士のザクラエウスの敗北は、イシュキリエルの敗北でもあった。信頼する総大将の敗北を見た、イシュキリエルのすべての兵たちは、戦いをやめて降伏してきた。


戦いが終わると、ブライルは、すぐにイシュキリエルの帝都へと軍を進めた。帝都を守る兵はそれほど多くないであろう。なるべく降伏を願うが、おそらくプライドの高いイシュキリエルの天闘士たちはそれを望まないであろう。最後の一人になるまで戦いをやめないとブライルは予想していた。







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