第116話 イシュキリエル帝国
剣闘士の国。北方の人々はイシュキリエル帝国をそう呼んでいた。イシュキリエルの国民の男児は5歳になると、すべての者が剣闘士になることを義務付けられている。そして8歳になるまでに、その半分が脱落して農民位となり、12歳までにさらに半分が脱落して商人位となる。15歳までに、そのさらに5分の4が脱落して役人位となって、最終的に残った者が軍人位と認められる。軍人位の中の優秀な一握りの者が、国家の最高位として君臨するのだ。それだけこの国は、個々の戦闘力を重んじる国であった。
軍人位の最高位、天闘士と呼ばれる者は、12人いた。どの者も超人と呼べるほどの達人で、武力でその地位を確立している。
「アースレインはもう我が領内を我が物顔を侵攻している。すでにアクザリエルにも侵攻しているとの情報が入っている、これは北方平和協定への宣戦布告ととって間違いないだろう」
天闘士の一人、シタルエウスはそう発言する。他の11人の天闘士も頷き同意する。イシュキリエル帝国では、国の決定はすべて天闘士たちによって決められる。皇帝は神輿で、象徴みたいなものであった。
「すぐに軍を送って、アースレインを蹴散らしてくれようぞ!」
カブラエウスの提案を否定するものはいなかった。すぐに自慢の剣闘士軍の出撃が決まり、天闘士の一人、ザクラエウスを総大将とすることになった。
ブライルは、剣闘士の国の戦力を冷静に分析していた。間違いなく個々の戦闘力では、今まで戦ったどの軍よりも強いであろう。だが、集団戦闘ではどうだろうか・・大規模な戦闘の記録が無いので、その辺りを見極めることができていなかった。
ザクラエウスの率いるイシュキリエル軍と、ブライル率いるアースレイン軍が遭遇したのは、イシュキリエル帝国の帝都から北に100キロの場所であった。大きな川を挟んで両軍は睨み合い、どちらも相手の出方を待っている。
両軍を隔てている川はナーヌ川と呼ばれ、川幅が五百メートルはある大きな川であった。川の水位も深く、軍が簡単に渡れるものではない。ザクラエウスもブライルも、この川をどう利用するか考えを巡らしていた。
「すぐに船を作るんだ。川沿いには砦と作って防御を固める」
どうしてもこの戦場では船は必須であった。ブライルは近くの森から木を切り出して、船と砦を作るように指示を出す。一方、イシュキリエル軍は船すでに所有している。すぐにでもそれを使って川を渡ることができるが、川の上で攻撃を受けるのを嫌がり、相手の出方を待っていたのだ。
「ザクラエウス様。敵が船を作り始めました」
その報告を聞くと、喜びの表情でこう言い放った。
「そうかそうか、では敵が船でこちらに来るのを待つとしよう」
ザクラエウスは、敵軍とまともに戦うことができれば、負けるなどと微塵も考えていなかった。それだけ自分の武力に、軍の強さに自信を持っている。なので小手先の知略を使う必要もなく、敵の策を潰すことだけを考えれば良いと考えていた。イシュキリエル軍は総兵力二十万。アースレイン軍は十五万と、数の上ではイシュキリエル軍が上回っていた。下手なことをしないで、まともに戦うことも、策と言えるかもしれない。
五日で、二百人ほどが乗れる700隻の船が完成した。船と言っても少し良くできた筏のようなものであったが、川を渡るには十分であった。
ブライルは、ブリトラ、アッシュ、ヴァルガザ、ランザックの各師団を、闇夜に紛れ川の下流へと移動させた。ブライル大師団は、一万の兵を、作った砦に残し、川の上流へと移動する。
そして夜が明け、川の下流から、敵側へと渡ったアースレイン軍が攻撃を開始した。横一列に並んだアースレイン軍の4個師団は、イシュキリエル軍に真っ向からぶつかった。その戦闘で、アースレイン軍はイシュキリエルの剣闘士の強さを初めて知ることになる。
一対一では勝負にならなかった。敵兵一人に対して、三人がかりで戦わなければ倒すことができないほどイシュキリエルの剣闘士は強兵であった。そんな強力な軍とこのまま乱戦を続ければ、アースレインの敗北は目に見えていた。だが、アースレインの各師団長は優秀な武将ばかりである。すぐに臨機応変に強敵の軍に対応を始めた。
「ははははっ。アースレイン軍め、我が軍の強さに気がついて逃げ始めたか」
アースレインはゆっくり後退を始めた。その後退は微妙な速度で、ゆっくりと広がるように後ろに下がっていく。それは戦闘をしながらの後退なので、イシュキリエル軍は、その状況に気がついていなかったが、気がつけば陣形がかなりの広がりを見せていた。それとは逆に、アースレイン軍は密集して、広がった敵軍を各個撃破していく。
それに気がついたザクラエウスはすぐに陣形を立て直そうとする。だが、戦闘に夢中の剣闘士たちは、個々に戦い始め、その命令に従わなかった。
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