第111話 大軍勢
アクザリエルからの訪問が撤退してから五日後、ズヴァース山脈の麓に、無数の兵馬が集結していた。
「ドナイデン軍団長。全師団、出撃準備は完了しています」
ドナイデン軍団長と呼ばれた立派なヒゲに黒髪の紳士風の男は、その報告を満足そうに聞くと、すべての軍に命令を出した。それはドラグネ族の抹殺命令で殺戮の号令であった。アクザリエル帝国は裏切り者のドラグネ族を決して許しはしなかった。デナソイエスの大隊が失敗した場合に備え、すでに大軍の出撃の準備を進めていたのだ。
先日、ドラグネ族の攻撃の指揮をしていたデナソイエスも、ドナイデン軍団長の指揮下に入っていた。
「ふん。よくもワシの顔に泥を塗りおったな・・今日は必ず皆殺しにしてくれるわ」
ドナイデンが率いるアクザリエル軍の兵力は三十万を超えていた。数万の少数民族を滅ぼすには大げさな戦力のように見えるが、それは竜騎士に対する最大限の敬意であった。
アクザリエル軍は対竜騎士の兵器として、大量の対空バリスタを用意していた。大きなバリスタに台車を取り付けて数十人でそれを運ぶ。バリスタの数は千はあるので、それを運ぶだけで数万人が使われていた。
さすがの大軍の包囲に、ドラグネ族も気がついており、その対応を話し合っていた。
「どうする。攻撃を仕掛けるか」
「いや、もう少し引きつけた方がいいだろう。3合目あたりなら軍がかなり密集する、そこを狙おう」
「しかし、情報だと奴ら、大量のバリスタを用意しているようだ、いくら飛竜でもあれを喰らえば一溜まりもないぞ」
「バリスタなどそう簡単に命中しない。気にする必要ないだろ」
「いや、さすがにあの数だ、油断はできんぞ」
さすがの竜騎士でも対空バリスタは脅威であった。普通の弓矢であれば、硬い鱗で覆われた飛竜を貫くのは難しく、脅威にすらならないが、バリスタの巨大な矢は、その防御を貫通する力がある。当たれば十分、致命傷を受けるので油断できない兵器であった。
また、その射程の差も問題になってくる。バリスタの射程は五百メートルを超える。だが、飛竜の炎の射程は三十メートルほどなので、近く前にやられることが考えられた。地上部隊がいれば、連携でその射程の差を埋めることもできるかもしれないが、ドラグネ族にそんな戦力は存在しない。
ズヴァース山脈の3合目、アクザリエル軍は分散して戦闘に備える。ドナイデンも、地形を見て、ここが戦場になることを予測していた。どの方向から接近されても、バリスタの砲火を浴びせれるように、バリスタ部隊を配置する。
アクザリエル軍が展開する遥か上空に、赤い飛竜が旋回している。そこから敵の様子を竜騎士長は見ていた。一見完全な防空の陣形に見えるが、グルフィンの目には、敵の配置の僅かな隙が見えた。かなり難しい侵入ルートになるが、そこから突入すれば、バリスタの攻撃をかなり回避できそうである。
グルフィンは大きく旋回して、部下の待機する渓谷へと入り、そこで右手を上げて自分について来いと指示を出す。五百の竜騎士が一斉に飛び立ち、赤い飛竜の後を追って飛行を始める。
「ドナイデン軍団長。竜騎士が現れました」
「どこから来ている!」
「はい。予想通り、北の渓谷から降下してきます」
「よし、手筈通りにしろ!」
グルフィンが見つけた防空陣形の僅かな隙は、ドナイデンの仕掛けた罠であった。竜騎士たちが、北の渓谷の死角から低い高度でアクザリエル軍に迫ると、それまで木の枝や草のマットによって隠されていた無数のバリスタが姿を表す。そしてバリスタから、鋼鉄の矢尻の大きな矢が打ち出された。
それに気がついたグルフィンが、回避行動を指示しようかと迷ったが、そのまま加速して敵陣に突入した。この判断は正しかった。もし、回避行動をしようと迷いのある飛行をすれば、バリスタの餌食になっていただろう。加速することによって、相手の懐に入り、距離を縮めることによって、長距離の攻撃に適しているバリスタの狙いを外しやすくしたのである。
だが、それでもすべての竜騎士が、攻撃を回避することができるはずもなく、大量に放たれた矢の餌食になる者も少なくはなかった。バリスタの矢が直撃した飛竜は体を貫かれそのまま落下する。下には無数のアクザリエル兵が待ち構えている、落ちてしまえば集中攻撃を受けて瞬殺された。中には周りに炎を撒き散らして、かなりの敵を道連れにする竜騎士もいたが、そのほとんどが抵抗する隙もなく殺された。
それでも攻撃を避けた竜騎士は強烈な攻撃をアクザリエル軍にお見舞いした。飛竜の炎の攻撃と、竜騎士たちの弓矢や魔法攻撃で、アクザリエル軍はかなりの損害を出していた。
そのまま敵の上空に止まるのは危険と判断したグルフィンは、攻撃を放つとすぐにその場から離脱させる。
最初の攻撃で、敵を数千は倒したが、味方も100騎近い竜騎士がやられた。このままでは敵を倒す前にすべての竜騎士が打ち落とされてしまう。グルフィンは思考をこらすが、打開する考えが出てこなかった。
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