第90話 娘との対面
ジュルディアとの話はまとまり、正式に、ジュルディアのリエナ皇女が、アースレイン王家に養女として迎えられることになった。
アースレインの主城の前に、高級な馬車が多数の護衛に守られてやってきた。馬車が止まると、馬車の扉が開かれ、そこから小さな女の子が降りてくる。
城からゼダーダンや執事長などが出てきて、その女の子を出迎えた。
「お待ちしておりました。リエナ王女、父上が奥でお待ちです」
ゼダーダンがそう声をかけるが、リエナは何の反応もしない。黙ってゼダーダンの案内で城の中へと入っていった。
リエナは、この養子縁組が、政治的な意味を含んでいるということを理解していた。皇帝であった父が死に、ジュルディアがアースレインの軍門に下ったと、子供の目にもはっきりとそれが見えていた。
リエナは、父の死を悲しんではいなかった。母と宮殿に引きこもっていたリエナに、年に一度ほどしか皇帝は会いに来なかった。それで父娘の絆を求める方が間違っている。リエナは、自分には母しかいないものと考えていた。
新しく父になる人にも何の期待もない。自分が何かの道具であると思っており、そういった感情をどこかに仕舞い込んでいた。
「こちらでございます」
初老の男に案内されたのはこじんまりとした部屋であった。それは宮殿に暮らしていた時の自分の部屋より貧素そうな扉で、とてもジュルディアを倒した王の部屋とは思えなかった。
それほど私を歓迎していないんだ・・・リエナは、自分を迎えるにはその程度の部屋で十分だと、新しい父は考えていると判断した。
初老の男が扉を開く。リエナが中に入ると、そこには、部屋を埋め尽くすように料理が並んでいた。部屋には何やら装飾がされて、壁に『ようこそリエナ王女』と書かれた垂れ幕が貼られている。
「いらっしゃい、リエナ。君をどう迎えればいいかわからなくてね、こんな感じになってしまったけど歓迎するよ」
若い男が親しげにそう話しかけてきた。おそらくこの国の貴族のボンボンか何かだろう。
「まあ、そんな固まってないで、飯でも食えよ」
私が反応に困っていると、黄色い髪の女性がそう話しかけてくる。男のようなシンプルな格好から、下賤の者だと思われる。なぜここにいるのか理解できなかったが、驚きで聞くこともできない。
「アズキが話しかけるから怖がっているじゃないですか、大丈夫、そんな格好ですけど、悪い人間じゃないですよ」
「褒めてんのか貶してんのかどっちだよ、アリューゼ」
優しく話しかけてきた青髪の女性は、貴族の女性といった感じで上品な気配を感じる。言葉が何も出なく黙っていると、二人の少女が両腕をつかみ、奥へと私を引っ張っていく。
「そんな緊張しなくてもいいんだよ。ケーキとかもたくさんあるから一緒に食べよう」
「そうね。一緒にたらふく食べればいいのよ」
勢いに押されて、料理を渋々食べ始める。妙な味付けだが、嫌な感じではない。特にケーキは、ジュルディアの宮殿でも食べたことがないもので、すごく美味しいと思ってしまった。
気に入ったケーキを少女たちと食べてると、先ほど声をかけてきた若い貴族が隣に座る。
「ケーキ、気に入ったようだね。いっぱいあるからたくさん食べるといいよ」
そう言われなくてももう止まらないくらいの勢いで食べてしまっている。若い貴族の言葉を無視するような感じになってしまっていたが、彼はそんなことを気にもしていないようで、笑顔で、私の食べている姿を見ている。
メイドの一人が、氷で冷やされた果実のジュースを持ってきた。それを飲んでみる。すごく冷たく美味しい。
「リエナ。これからのことだけど、君は何をしたいか希望はあるかな。もし何かを学びたいのだったら手助けするし、欲しいものがあれば用意する」
この若い貴族はなぜ、私をリエナと呼び捨てにするのだろうか、そしてなぜ私のことをそんなに気をかけるのか・・王女になった私に今のうちから媚を売ろうとしているのだろうか・・だけどそう聞かれて、本音で答えてしまった。
「・・・魔法を学びたい・・・」
私は魔法を学びたかった。ひ弱な私にも、魔法は力を与えてくれる。だから魔法を学びたかった。ジュルディアの宮殿で、それを侍女に伝えると、笑顔でこう言われた。魔法など、皇女が学ぶようなものじゃないと・・しかし、目の前の貴族は笑いもせずに、真剣な表情でこう返事した。
「わかった。魔法だね。それじゃ、最高の先生を用意するよ」
嬉しかった。魔法を学べるのが素直に嬉しく感じていた。でも・・この貴族の権限で、そんなことが決めれるのだろうか・・不思議に思い、意を決して、若い貴族の名を聞いた。
「あなたは・・・誰・・・」
そう問うと、周りの人間が派手に笑い出した。
「おい、エイメル。そういえばお前、まだ名乗ってねえじゃねえか」
アズキが笑いながらそう言う。フィルナも、微笑んで話し始める。
「そうだよ。エイメルが名乗りもしないで、ニコニコ父親らしく振舞っているので、僕もおかしくておかしくて・・」
裕太は、そんな周りの反応にあっけらかんとこう話す。
「え・・そうだけっけ。そういえば名乗ってないかもしれないな・・・」
もしかして・・・この若い貴族が・・・そう思っていると、その彼が私の肩に優しく手を置いて、綺麗な目で見つめながらこう名乗った。
「俺は君の父親になった、アースレイン王のエイメルだ。よろしく、リエナ」
まさか・・父となるくらいだから、父である皇帝と同じくらいの年齢を想像していた。だが、そこにいるのは兄と言えるくらいの若い青年で、まさかその彼が自分の父になるとは・・驚きで言葉が出なかった。
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