第85話 王女誕生

アルパネスから帰還して、俺はゆっくりと風呂に入っていた。とりあえずはアルパネスの戦いの勝利で、ジュルディアも辺境大連合も、当分は戦いを仕掛けてこないだろう。休める時には休む。それが俺の考えである。


ゆっくりと湯船に浸かっていると、そんな平穏な時間を邪魔するように、ゾロゾロと空気の読めない家臣どもが入ってくる。


「エイメル様。お背中流します」

「そうね。お綺麗にして差し上げますわ」


いつものファーとヒューだけではなく、タオルを身体中にグルグル巻きにして色気も何もなくなっているアズキと、すごく照れまくっているラスキーも一緒であった。

「珍しいな、アズキ姉妹が俺が入っている風呂に来るなんて」

まあ、珍しいと言うか、俺が入っている風呂に突入してくるのはファーとヒューくらいなんだけどね。それもどうやら、クリシュナに言われて、護衛の意味もあって俺を一人にしないようにしているらしい。本当かどうかは知らないけど、クリシュナも、妹が独身男性と一緒の風呂に入るのに抵抗がないのだろうか・・


「いやよ、ラスキーがどうしてもお前と一緒に風呂に入りたいっていうからよ。仕方なく付き添いだ」

「お姉ちゃん・・余計な事言わないでよ」


「はははっ。まあ、広い風呂だから、一緒に入ればいいよ」

ファーとヒューはすっぽんぽんだけど、アズキ姉妹はタオルを巻いたまま湯船に入る。


「しかしよ、エイメル。辺境にはもう敵はいなくなったな」

アズキが湯船で顔を洗いながらそう言う。

「そうだな・・だけど、完全に統一したわけじゃないから油断はできないぞ」

「辺境を統一したらどうするんだ。南下するつもりか」

辺境の南には、大陸の北方と呼ばれる地域が広がる。もちろん辺境統一後は、そこへ進出することになるだろう。

「俺の目標は大陸制覇だ」

それだけ言うと、アズキは深く頷く。そしてこう言った。

「しょうがねえな。それじゃ、私の力を貸してやるよ」

家臣とも言えない発言だけど、気持ちは嬉しかった。

「わ・・私も微力ですがお力をお貸しします・・」

ラスキーは湯船から勢い良く立ち上がると、顔を真っ赤にしてそう言う。すると立ち上がった妹のタオルを、あろうことか姉のアズキが、ペロリと剥ぎ取った。

「キャーーーーー!」

一瞬だったけど、全部見てしまった。アズキは、怒ったラスキーに、風呂桶でしこたま頭を殴られている。見せたいくせにと、アズキはラスキーに言い返している。それを聞いたラスキーはさらに怒り、アズキの分厚く巻かれたタオルも剝ぎ取り始めた。ずるりとタオルが取れて、アズキの、のっぺりとした筋肉質の裸体が露わになる。とりあえず、それを見ていない振りをして、俺は顔を背けた。


そろそろ風呂からあがろうとすると、メイド頭のモーリーが、急な来客を告げる。客は、予想にしない人物であった。



「ジュルディアの軍師、ブライルと申します」

使者ではなく、ジュルディアの重臣が直接俺を訪ねて来るなんて只事ではないだろう。俺はすぐに用件を聞いた。


「まずは、先の戦いにおいて、お互いが全力を尽くしたことについて、健闘を讃え合えればと思います」

「そうだな、戦はもう終わった。亡くなったお互いの兵に敬意を示すよ」

俺は本音でそう言葉を返していた。

「それで、本題ですが、ジュルディア帝国は、アースレインに従属したいと考えています」


その場にいた、俺の家臣たちも、ブライルからの言葉に驚きを隠せない。

「それは皇帝の意思なのですか、軍師ブライル」

同席しているフィルナがそう問いただす。

「はい。皇帝の遺言です」

「遺言・・・亡くなったのか、ジュルディアの皇帝が・・」

「そうです。それで従属を受け入れてくれますか、エイメル王」

「それはもちろん、断る理由はない。だけど・・どうして・・」

俺が戸惑っていると、軍師ブライルは言葉を続ける。

「もちろん、こちらからの条件があります。それを受けてもらえなければ、この話はなかったことにしてください」

「なるほど・・それでその条件は」

「ジュルディアのリエナ皇女を、アースレイン王家に迎えていただきたい」

「え・・迎える・・迎えるってどういう意味?」

「結婚してくれってことだよ、エイメル。だけど軍師ブライル。リエナ皇女はまだ10歳だと記憶しているが・・」

フィルナがそう教えてくれる。

「実際の結婚は先でもいい。婚約をしてくれれば・・」

軍師ブライルはそう言う。

「10歳の子と結婚って・・・さすがにそれはその子が可哀想じゃないかな・・それに俺、その子の事何も知らないし・・」

「政略結婚なんて、相手のことなんて知らなくていいんだよ。エイメルは王様だから、これから先、何人も妃を迎えると思うけど、その一人だと思えばいいんじゃないか」

フィルナが現実的な意見を言ってくれるのだけど、さすがに踏ん切りがつかない。

「ちょっといいかな軍師ブライル。別にアースレインの王家に、リエナ皇女を迎えれば、いいんだよね」

「はい。そうですが・・・」

「それじゃ、俺の養女ってことではダメかい」

「養女・・」

「そう。アースレインの王女として、リエナ皇女を迎えようと思う」

なるほど、その手があったかと、軍師ブライルも納得している。フィルナも意外な気転に感心する。


こうして話はまとまった。ちょっと未婚のこの歳で、子供ができるのは少し違和感があるけど、ジュルディアを従属させることができるのはやはり大きい。これも戦国の世の慣わしと考えて、受け入れることにした。

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