第84話 辺境の覇者
軍師ブライルは、その姿を見て、絶望を口にする。
「・・・全軍撤退だ・・・すぐに撤退の準備をしてくれ」
ブライルの見る先には、巨大な白い竜が、大空を羽ばたいていた。その竜からは、銀色に輝く光の筋が、逃げ惑う兵に向かって放たれていた。
「ヴァルガザ将軍! 撤退です。全軍撤退です」
好敵手であるリザードマンとの死闘に、楽しさを感じていたところでの撤退命令に、さすがに不機嫌になる。
「今、いいところだぞ、どうして撤退だ!」
「上を見てください!」
そう言われてヴァルガザは上を見上げる。死闘に集中していて気がつかなかったが、そこには、あの恐怖の白い竜が羽ばたいているではないか。
「馬鹿野郎! 早く言え!」
ヴァルガザはすぐに撤退を始めた。
ヴァルガザと戦っていたリザードマン、その者は、クリシュナ師団、第二大隊、大隊長である、シュレフと言う名の武将であったが、撤退するヴァルガザを追うことはなかった。それは好敵手に対する敬意もあるが、死闘による疲労で動くことができないのが本音であった。
撤退命令が出て、アッシュは師団をまとめていた。かなりの数を失ったが、味方を見ると、まだ自分の師団はマシな方だと思い知る。何とか周りの味方のフォローもしたいが、さすがにこの状況では、自分の師団の撤退で精一杯であった。
アッシュ師団と同じ左翼て戦っていたランザック師団は、巨大な竜の白銀のブレスに焼き払われていた。もはや戦いとはいえず、圧倒的な存在から、ただ逃げ惑うだけであった。
「もうダメだ! 全軍、個々の判断で、戦場を離脱しろ!」
ランザックは軍の統制を諦めた。このまま兵を集めても、上空の竜に、まとめてやられるだけであった。それならバラバラに逃げた方がまだ助かる人数は多い。
中央の残存兵にもリリスの魔法攻撃が容赦なく襲いかかっていた。敵兵には、今まで見たことのない、強力な魔法攻撃に、天の怒りと思った兵が、神に祈りを捧げる姿すら見える。
すでに勝敗は喫していた。敵は逃げるだけで、抵抗する力も残っていなかった。それを見た裕太は、追撃する軍に深追いを禁じた。
「これ以上の攻撃はただの虐殺になる・・」
戦国の世だとしても、さすがに無用な殺生には心を痛める。
この戦いでの戦死者は、ジュルディア軍、二万五千。辺境大連合軍、五万。連合軍、一万八千。それに対して、アースレインは六千と、敵軍に比べれば軽微であった。
こうして、辺境の覇者を決めるであろうアルパネスの戦いは幕を閉じた。まさにアースレインの圧勝で終わったこの戦いの結果で、辺境の情勢が大きく動き出すことになる。
◇
「そうか・・マスタードラゴンが死んだか・・・」
ジュレンゼ三世は、悲しみとも絶望とも取れる表情で、報告を聞いていた。一通りの話を聞くと、全ての貴族、皇族などを集めるようにルマデン伯爵に命じた。
それからしばらくして、軍師ブライルは、帝都アルパジャンに敗軍の将として、帰還してきた。全ての責任を取るつもりでいたが、帰って来た彼に、最初に持たされた情報は、皇帝の死であった。
皇帝の死因は薬による服毒自決であった。命の絆の契りが、これほどまで皇帝の心に楔を打ち込んでいるとは、さすがのブライルにも判断できなかった。
皇帝に遺言が残されていた。全ての貴族、皇族にその内容が伝えられていたのだが、その内容に、ブライルは心底驚いていた。
「ジュルディアがアースレインに従属すると・・・本当に皇帝はそう言ったのですか」
「間違いありません・・その場にいた全ての貴族、皇族がその話を聞いています」
「何故ですか、どうしてそのような話に・・」
「命の絆の契りの内容に、マスタードラゴンが、敵国に殺された場合の話があったそうです」
「それは・・」
「マスタードラゴンを倒すほどの力のある国には、戦うより従うことを選べとの話だそうです」
「・・・・そうか・・」
「ただ・・一つだけアースレイン側に条件があります。もしその条件を飲まないようなら、滅亡するまで戦うようにと、皇帝は言い残しています」
「条件とはなんですか」
「皇女リエナ様を、アースレイン王家に向かい入れることです」
ブライルは、それを聞いて、少し納得していた。そうか・・より強い王家に、我が血を残す選択をするのか・・・
その日のうちに、軍師ブライルは、アースレインに向かって出発する。自ら、その使者となって、皇女リエナの話をまとめるためであった。個人的にも、公人としても、それがジュルディア皇家にとって、最良の選択に思えたからである。
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