第63話 愚将
アグザ将軍を討ち取ったアズキは、目的を達成したので、兵を撤退させる。総大将を討たれて、辺境大連合軍は、大きな混乱に陥った。命令系統のなくなったドゥラン軍は、軍としての統率を失い、その場を動くことができない。アズキは楽々とアースレインの勢力圏内へと撤退する。
高台の裏で、ジュゼ師団と戦闘中のミュジ軍とラルタ軍にも、アグザ将軍が討たれたと報告が入ってきた。すでにその戦場でも劣勢だった両軍は、すぐに撤退を判断する。
北の砦を攻略中のディア軍とオルブム軍にもその報告が入り、攻勢ではあったけど、すぐに撤退の指示が出される。このままでは敵陣に孤立する恐れがあるからだ。
結果、アースレインに侵攻した辺境大連合は全軍、撤退することになった。侵攻してきた時に比べ、2割ほどの兵を失った辺境大連合軍は、総大将も失い、静かに去っていく。
アースレインとの戦いに敗れた辺境大連合は、もう一つの戦場でも、大敗を喫していた。
辺境大連合は、ジュルディアにも攻撃を仕掛けていた。それは、アントルン王国を主軸として、アドチア、ルドヒキ、バルギレン、シュレーダーが参加していた。その総兵力は7万であった。
迎え撃つのは、ランザック将軍が率いる、ジュルディア軍、二万。数だけ見れば、ジュルディアが圧倒的に不利のように見えるが、その戦いの開始は、辺境大連合の不意をついたものであった。
そもそも、侵攻してきた、辺境大連合軍は、本格的な戦いを想定していなかった。威嚇の意味合いで、小競り合いをしたら、すぐに軍を引く予定だったのだが、移動途中で、ジュルディア軍によって、奇襲される。その場所も、山間の渓谷で、逃げ場のない辺境大連合は、一方的に攻撃され、進むことも後退することもできずに、矢と魔法の攻撃で、兵を無駄に死なせていく。
辺境大連合軍が、なんとか渓谷から抜け出した時には、甚大なる被害を受けていた。総大将である、アントルンのドガ将軍は、この隠しようのない損害に、焦りを感じていた。自らの仕える王が、この辺境大連合の副盟主であることを考えると、もしかしたらその立場を悪くするかもしれないと、恐怖すら感じていた。
このまま、撤退すれば、よかったのだが、この失敗を、取り戻そうと考えてしまったのが、ドガ将軍の最大の過ちであったかもしれない。すぐに軍を立て直すと、渓谷の上に布陣するジュルディア軍へ、無謀な攻撃を開始した。
おそらく、それほど戦術に詳しくない人間でも、下から、上へ攻める難しさは理解出来るであろう。しかもその高低差が、縮めようのないほどある、渓谷での戦いは、まさに一方的な殲滅戦へと向かっていた。
「ドガ将軍! このままでは被害が増すばかりです! 撤退をご決断ください」
「な・・・何を言う! このままどんな顔して帰れというのだ。私は無能な将として生き残るより、ここで勇敢に散る方を選ぶぞ!」
勇敢と無謀を、同じように考えるのは、まさに愚将の証であろう。さらにそれに付き合わされる兵たちはたまったものではない。
アントルン軍には、シュナイダーという、優秀な副官がいた。シュナイダーはこの状況を、冷静な目で見ていた。そしてある決断をする。
「ドガ将軍・・申し訳ありません。これ以上、あなたの名を汚さぬように・・私に出来る唯一のことであります」
そう言って、居合の一太刀のように、すばやく剣を抜くと、そのままドガ将軍を斬り伏せた。まさか副官に斬られるとは思っていなかったドガは、状況も理解することもなく、地に崩れ落ちる。ドガ将軍を斬った後に、シュナイダーはこう宣言する。
「このシュナイダーが、上官であるドガ将軍を斬ったのは事実である! もし、この判断を不服に思うものがあるのなら、撤退後に申し立てよ! 私は正しいことをしたと、自らの判断の正当性を示してみせよう」
それを聞いた、他の上級将兵たちは、誰も異議を申し立てなかった。一時的に、総大将代理となったシュナイダーは、全軍に撤退を指示する。渓谷上のジュルディア軍をうまく牽制しながら、各国の軍に、手順を伝え、撤退時の犠牲を最小限に抑える。シュナイダーの判断が、もう少し遅ければ、この辺境大連合の軍は、建て直しのきかないほどの損害を受けていただろう。3割ほどの犠牲で撤退できたのは、シュナイダーの手腕が大きいと思われる。
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