第59話 英雄と英雄
ジアーノンの都市、ベラッカでの戦いで、多くの被害を出したことを受けて、辺境大連合として、大規模な報復攻撃をすることになった。その役目を受けたのが、グルガナの大将軍であるジュスランであった。アースレイン戦での敗戦の汚名を返上する為に、グルガナ軍、3万の兵を率いて、ジュルディアの、エウロパと呼ばれる都市を攻撃することになった。
完全な強襲作戦のはずが、エウロパでは数万のジュルディア軍が、ジュスランの率いるグルガナ軍を待ち構えていた。
「こちらの動きが完全に読まれているね・・」
ジュスランは、愚痴のように副官のメイメーヨに漏らす。もちろんこの作戦を立案したのは、辺境大連合の上層部であった。その上層部の考えが、ジョルディアの軍師の掌の上で踊らされているのは火を見るより明らかなことであった。
「どうしますか、ジュスラン様。このまま戦うのは不利に思われますが・・」
「・・・正直、戦わずに帰りたいが、そうもいかないだろ。全軍に戦闘態勢を取るように通達してくれ」
敵の数は、こちらと同数くらいに見える。できれば全面衝突は避けたい。ジュスランは、少し戦って、引き分けで撤退する腹であった。
ジュルディア軍を率いるのは、ジュルディア最強と言われている、ブリトラ将軍であった。敵の強襲を完全に読んでいた軍師ブライルの指示により、ここに派兵された。
「さすがはブライルだな。時も、敵の規模も、完全に読み通りではないか」
ブリトラは武の猛将である。無能では無いが、自分の考えを遥か先を読む、智略の天才である、軍師ブライルにはいつも感心させられていた。
すぐに戦いは始まった。消極的なジュスランと違って、ブリトラは、戦いに飢えており、目の前の獲物に今にも飛びつきそうであった。
ブリトラは軍を密集させて、密度の濃い編成で、敵の中央を分断するつもりであった。一点集中で、グルガナ軍の中央に突撃する。並の将軍であれば、この攻撃をまともに受けて、致命的な損害を出していたであろう。だが、ジュスランは、これを柔軟に受け流す。左右で軍を意図的に分断して、敵に中央を、突破してもらう。左右に分かれたグルガナ軍はジュルディアの後方で再び合流する。
「手応えがないぞ!」
中央を分断して、敵を分断したはずのブリトラであったが、水を攻撃したように、手応えの薄い感触に違和感を感じていた。
後方で合流したグルガナ軍は、すぐに反転して、ジュルディア軍を背後から攻撃する。前方に注意がいっていたジュルディア軍は、無防備でその攻撃を受けた。
ブリトラは、後方の部隊は前進させて、前方の部隊を反転させる。背後を攻撃していたグルガナ軍を、反転させた前方の部隊で抑え込み、前進させた後方部隊は、敵の攻撃から逃れると、そこで反転する。
「うまく切り替える・・・敵の大将は、よほどの名将のようだな」
ジュスランは、背後を突かれ、これほどうまく軍を立て直す敵将の力量を見て、このまま戦う無意味さを改めて感じる。
「さっきと同じように、左右に軍を分ける。そのまま二手に分かれて、敵の後方へ移動しろ」
ジュスランの指示により、軍は左右へ分かれる。それに対して、ブリトラは、右翼の敵に攻撃を絞る。これはジュスランの術中にはまった。無視した、左翼の軍に背後に回られ、挟み撃ちにされる形となった。
「密集陣形!」
包囲されたブリトラは、軍を密集して包囲に耐えようとする。ここでこのまま包囲戦となると、敵の足を止めることができて、ブリトラの武力が生かされる。それが彼の狙いであった。だが、ジュスランは、優位のはずの包囲殲滅の機会を、簡単に放棄する。包囲すると見せかけて、全軍撤退の指示を出したのだ。
「おいおい・・・なぜ優位なこの状況で逃げるんだ」
さすがのブリトラも、この状況を理解することができなかった。
ジュスランは、この戦い自体の意味を疑問視していた、そして撤退の理由のもう一つは、武将の感のようなものが働いた。あのまま戦ったら、甚大な被害を受けていたように感じた。それは間違いではなく、ブリトラの戦闘力を感じ取った防御本能のようなものだったかもしれない。
こうして、両陣営の最強の武将同士の戦いは終わりを迎えた。どちらも大した被害はなく、戦いというには、物足りなさを感じるが、名将同士の歴史的な戦いと、後の歴史家は評価するかもしれない。
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