第33話 火計
巨人族の突撃を見ると、アリューゼの率いる騎士隊は、すぐに方向転換して、北にある山側に逃走する。騎兵の機動力は高く、巨人族の突進を躱すかに思われた、しかし、見ると、騎兵と、巨人族の距離は徐々に縮まってくる。
「あの図体でなんて早さだ・・・」
アリューゼは馬上で思わずそう呟いていた。巨人族は、大きさの個体差があり、大きなもので10mくらい、小さなものでは5mほどと、倍くらいの開きがある。だが、そんな大きさの差を感じさせないように、どの巨人族も、陣形を崩さず、同じくらいのスピードで移動していた。
戦場の、北にある山の麓までくると、アリューゼの率いる騎兵達は、小さなトンネルへと突入する。騎兵がギリギリ通れる大きさしかないそのトンネルには、巨人族は入ることができない。仕方なく、追撃を諦め、戻ろうとすると、巨人族と戦場の間には巨大な火柱が立っていた。
その炎の勢いに、恐れおののく巨人たち。実は巨人族は、昔から火に対して、必要以上に恐怖を感じる感覚を持っており、弱点と呼べるほどであった。
完全に退路を断たれた巨人族は、その場から動くことができずに、ただ、火が消えるのを待つしかなかった。
もちろんこの火柱は、自然に発生したものではなかった。エレメンタラーのラスキーが、炎の精霊の力を使って、作り出したものであった。
「うまく、巨人族の分断に成功したな」
「だろう、だろう。ラスキーは役に立つって言っただろ」
姉であるアズキが、妹の戦果を誇らしく語る。
「それじゃ、後も計画通りに、狙うは敵本隊」
「巨人族の長の子を助けるんだな」
この時、裕太たちは、巨人族の長の子が人質に取られて、彼らが無理やり戦わされていると情報をすでに得ていた。その為に、無理に戦う必要のない巨人族との戦闘を避け、それを分断する作戦を実行した。
アースレイン軍はゆっくりと、ケイネン軍に向かって進軍を開始した。ケイネン軍も陣形を整えて、それに対抗するように身構える。
「巨人族はどうした!」
迫り来るアースレイン軍を見て、ファノン法王は、焦りの表情で、そう叫んでいた。
「ダメです。炎の壁に阻まれて、こちらに戻ってこれないようです」
「くっ・・・・単純な計略にかかりおって・・こうなっては仕方ない、兵力は互角だ、アースレイン軍を蹴散らしてしまえ!」
ケイネン軍が動いた。アースレイン軍に向かって突撃を開始した。だが、そのタイミングで、両軍の間に濃い霧が発生する。視界が悪くなり、少し先も見えなくなった。ケイネン軍は、そのまままっすぐアースレイン軍に突撃していくが、いつまで行っても敵軍に遭遇しない。
その時、アースレイン軍は、左右、二つに分かれて、ケイネン軍の突撃を避けていた。そしてまっすぐ、敵軍の後方にいる敵本隊に向かう。
「どうした、敵はどこにいる!」
視界が悪くなり、状況がわからなくなったファノン法王は混乱していた。元々、戦が得意ではなく、小心者のこの王には軍の指揮をするのは無理があった。
「敵襲です!」
本隊の兵の一人がそう叫んだ。だがこの時にはもう遅かった。ケイネン軍の本隊の兵数は500ほど、奇襲してきたアースレイン軍が四千を超えていた。一瞬でケイネン軍の本隊は半壊して、組織的な抵抗ができなくなった。
「最優先は巨人族の長の子の救出、次は敵将の首、優先順位を間違うな」
ミュルミュを救出したのはクリシュナの部隊であった。すぐに見張りの兵を倒し、巨人族の子供の鎖を断ち切った。ミュルミュは、状況を完全には理解していなかった。ただ、この人たちは、自分を助けてくれているのだけは分かった。
「わ・・・わ・・・助けてくれ・・・」
ファノン法王は逃げ惑っていた。すでに守りの兵はいなくなり、一人泥だらけになりながら必死に逃げる。そこへ、剣を構えた裕太が姿を表す。
「ケイネン法国、ファノン法王とお見受けしますがいかがですか」
裕太がゆっくりとそう言うと、ファノン法王は震えながら首を横に振る。
「わ・・わしはそのようなものではない・・・た・・助けてくれ・・」
「ファノン法王でなければ、すぐに斬りますが良いですか」
そう聞いたファノン法王は慌てて訂正する。
「い・・いや、わしがファノンじゃ、頼む、助けてくれ、なんでも言うことは聞く・・命だけは助けてくれ・・」
「それでは話が早い。あなたの命と、多少の財産は保証します。その代わり、ケイネン法国はアースレインに従属、法王は退任していただきます」
その申し入れを、ファノン法王は受けた。やはり命が大切のようである。
火柱が消えて、戦場に戻ってきた巨人族は、すでに戦いが終わっていることを知った。そして、自分たちが戦おうとした相手に、長の子が助けられたのも知ることになる。
「エイメル様、巨人族の長がお会いしたいと言っております」
「分かった、通してくれ」
巨人族の長は8mほどの巨体であった。長はゆっくりと裕太に近づくと、彼の前に膝をついた。
「この度は、我が子を助けていただき、なんとお礼を言ったら良いか・・」
「無理やり戦わされるなんて、どんな者にも不幸でしかないからね。俺たちはそんな不幸な者と戦いたくなかっただけだよ」
この一言で、巨人族の長は何かを心に決めたように、硬い意思を持って、アースレイン王にこう話す。
「アースレイン王よ。我が、東の巨人族を、あなたに従属させてもらえないだろうか」
「・・・長よ、俺に従属すると言うことは、これから先、数多くの戦いが待っていることを意味しているぞ。お前たちは平和を望むのではないのか」
「平和の為に、必要な戦いもありましょう。あなたの未来には、理想的な平和が見えるような気がします」
「・・分かった、東の巨人族の従属を認めるよ。ただ、戦うのは、己の意思で、戦うと決めた者だけにしてくれ。他の者は今まで通り、平和な生活を送るように、これは王の命だ」
それを聞いた巨人族の長は、深々と頭を下げた。
この後、正式にケイネン法国は滅び、その領土はアースレインに吸収された。ファノン法王は、数人の従者を従え、一生遊んで暮らせるほどの財産を持ってどこかへ去っていった。
戦いを好まない巨人族であったので、従属したと言っても、その軍の参加は期待していなかった。だが、その期待は良い意味で裏切られる。
巨人族で、アースレイン軍に参加を申し入れた者は500人を数えた。それは、無理やり戦いを強要された、先の戦いの参加者を大きく上回っていた。
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