第10話 俺とみんなと俺の名前と

「来たな…!」

 クロトは目の前に降り立ったマガイモノを睨みつける。

前回クロト達を襲撃したのは一言で表すならば人間とライオンの混ぜ物といったところであったが、今回の怪物は牡牛と人間のハイブリッドとでも表現するべきか。

真っ黒な頭部から伸びている湾曲した一対の角が特徴的だ。

そして最も目を引くのはその両腕だった。

それらはまるで大木の幹のように太く、その内に秘められた強大なパワーを誇示するかのように大きく盛り上がっている。

ライオンのマガイモノの爪が獲物を切り裂くためのものならば、こちらは叩き潰し引き千切るためのものといったところか。

その重量は、マガイモノ自身も腕の重さにつられて若干の前傾姿勢になっていることからも窺い知ることが出来る。

圧倒的なパワーを持った二足の牛の怪物。

その風貌は迷宮の怪物の出来の悪い模造品のようで。

瑠璃の言った『紛い物』は、確かに的を射ているようだった。



「―――――――、GAhhhhhhhhhhhhhh!!!!!!!」

牡牛のマガイモノがその両腕を振り上げ天に咆哮する。

それはクロトに向けたものというよりは、自分の存在を知らしめようとしているようにも聞こえた。

その叫びは先程のものよりは幾分か聞き取れるものだったが、それでも耳を塞ぎたくなるほどに禍々しかった。



「ラビ、下がってろ!」

 そう言って、クロトが怪物の方へ駆け出す。

腕輪から放出された黒い粒子が彼の左手に集まり、マガイモノに近づくにつれ一本の剣を作り上げていく。

「これで、どうだっ!」

大上段に振り上げた剣を振り下ろす。

しかし。

「GAhhh!!」

怪物はその腕で難なくその斬撃を弾く。

クロトも一撃で決められるとは思っていなかったのか、怯むことなくもう一発、更に一発と攻撃の手を休めることはない。

だが怪物は特に効いている様子もなく、それどころか防御すらせずに目の前で剣を振るう少年をじっと見つめている。

(効いて…ないんだろうな)

攻撃の手ごたえを全く感じることが出来ないクロトは、一旦仕切りなおすために後退しようとする。

だがマガイモノはその瞬間を見逃さなかった。

右腕を大きく引き、その巨大な拳をクロトに向かって突き出す。

何の変哲もない右ストレート。

(来るっ…!)

クロトは手に持った剣でその拳を受け止めようとした。



次の瞬間、クロトの視界にあるものが高速で遠ざかっていく。

否、それはクロトから見た場合の話だ。

防御姿勢に入り、刀の腹でその攻撃を受け止めたクロトが遥か後方まで吹き飛ばされたのだ。

彼がそのことを理解したのは、十メートル程吹き飛ばされ地面に叩きつけられてからのことだった。

「クロト!!」

ラビが慌てて駆け寄る。直撃は避けたようで、クロトは立ち上がるがその衝撃は生半可なものではなく、剣は無残に砕かれ自身もかなりのダメージを食らっているようだ。

「だ、大丈夫!?」

「っくしょうが…!」

クロトはそんな彼女を気にも留めず、再び剣を作り出しマガイモノに突貫する。

しかしマガイモノも同様に、クロト目掛けて真っすぐに突っ込んでくる。

二度目の衝突、しかしその結果は覆されることはなく。

再び同じ位置までクロトは吹き飛ばされる。

それどころかカウンター気味に食らった二度目の攻撃は一度目よりも強力なモノとなっており、口から夥しい量の血を吐いている。



「い、一旦逃げるよクロト!」

「に、げられるわけ、ないだろ…!」

「それでも…」

「いいから、下がってろ!」

そう言ってラビを怒鳴ったクロトであったが、ダメージは深刻らしくガクリと片膝をつく。

「~~っ!もうっ!!『七光セブンス』、起動!『収束コンバージ』、『発射ファイア』!!」

ラビは銃型のオブジェクトを取り出し、出現した光弾に指示を与え先日見せたような巨大な光線で無理矢理マガイモノを遠ざける。しかし管理人の言う通り目に見える損傷はない。

「ほら、今のうちに!」

「話せ!言っただろ、俺は戦う…!戦わなきゃいけないんだよ!!」

「ボロボロになって何言ってんのよ!とにかく今は…」




「■■■■■■■■!!!!!」




ラビの光線によって吹き飛ばされたマガイモノが叫ぶと右腕が黒い粒子に分解され、再構成されてその形を変えていく。

辛うじて生物的だったそのラインは粒子によって直線的なものとなり、何かの機械のようなものにその腕が作り変えられる。

「腕が…!」

「何を…、作っているんだ?」

記憶喪失のクロトは勿論、の娯楽作品に疎いラビはその正体に気が付くことはない。

そちらに明るいドランやルナハートなら分かっただろう。

そして、足がすくんだまま動けなくなっていた琥珀にもが何なのか理解できた。



(あれって…!)

化け物は標的から離れているにも関わらず、先程よりも一回り大きく作り上げられた機械的なデザインの拳をクロトとラビに向ける。

敵役が使うには相応しくない、その拳。

「二人とも、逃げっ…」

「■■■■■■■!!」

琥珀の叫びは咆哮に掻き消され、二人の耳に届くことはなく。

紛い物の正義のロケットパンチは、二人のいた場所を一瞬で爆風と共に吹き飛ばした。



「な、なにが…」

爆風によって吹き飛ばされたラビは、呻きながらも立ち上がる。

「そうだ、アイツは大丈夫なの…」

未だ土煙が立ち込める中で、クロトの姿を探すラビ。

少し離れたところに人影が見える。

「クロト!無事なの!?」

彼の安否を確かめるために、急いで近づくラビ。

「よぉ…、無事か?」

そして目撃する。



無残に右の胴体を吹き飛ばされながらも、未だ立っているクロトを。



「嘘…」

崩れ落ちるラビ。

先日とは比較にならない、冗談のような量の血液が地面に赤いプールを作る。

虫食いのシルエットになった彼は、誰がどう見ても戦える状態ではない。

「ぐっ…」

とうとう倒れ伏すクロト。

赤い液体にその体が沈む。

(考えろ、考えろ、考えろ!クロトを、死なせない方法を…!)

泣きそうになりながら思索を巡らせるラビ。

しかし何か方法があるわけもなく。

すると。



「あーあ。こんなもんか」

女の声。

ラビが見渡しても周囲に人影はなく、いるのはマガイモノだけだ。

すると、マガイモノが二人にゆっくりと近づいてくる。

倒れたクロトを守るように抱きかかえ盾になろうとするラビ。

そして黒い牡牛は立ち止まり。



その胴体に「口」が現れた。



「…は?」

出来の悪い悪夢のような光景に、ラビも思わず間の抜けた声を漏らす。

人間の唇をそのまま縦にしたようなそれは、マガイモノと同じ色をしておりもごもごと動き出し声を発する。

『あー、テステス。マウスのテスト中―。…うん、大丈夫みたい。おぉ、もう虫の息じゃないか。いやー、えがったえがった』

その話し方は先程までの荒々しい戦い方とはかけ離れており、ラビはまるで全く別の存在が喋っているかのような印象を受けた。

緊張感のかけらもない、神経を逆なでするようなセリフに彼女は怒りを露にする。

「あ、アンタ何者よ!いきなりふざけたことを…!」

『おぉ、怖い。いや用があるのは君が愛おしそうに抱っこしてるそっちの彼でね。ほら、変な腕輪持ってるだろう?そういうの持ってる奴は邪魔だから消してんのさ』

「そんなことさせるわけ…」

『あー、じゃあ二人ともでいいか。…フフ、それにしても笑えちゃうなぁ』

何かを思い出したよう笑い始める口。



『うっ、くく、うふふ…。あーっははははは!!!!!あー、面白い!!!君、『ヒーロー』になりたかったんだって?聞いたよ、さっきのクソ恥ずかしい話。あのねぇ、君のようななーんにもない奴がなれるわけないじゃん!お前は言うなればNPC、村人程度のもんさ!それなのに何かになりたい、みんなを助けるヒーローになりたいだって?冗談だろ?』

楽しそうに、可笑しそうに笑い、クロトを侮辱する黒い口の言葉にラビは拳を握りしめる。

『あー、おもしろい…』

「うるさいのよ、アンタ…!!!」

『あ?』

怒りで声を震わせるラビに訝しげな声をあげる唇。

「アンタにこいつの何が分かるのよ…!」

『何が分かると来たか!君だって何も知らないくせに!』

「えぇそうよ!!」

ラビが更に声を張り上げる。

オブジェクトの銃口は真っすぐに怪物を捉える。

「私はこいつの気持ちを分かってやれなかった!こいつは苦しんでるのに、それを考えてやることが出来なかった!こいつの笑顔を鵜呑みにして、目を背けて!…だからこそ、今度こそ私は、こいつを、クロトを見捨てない!!助けてみせる!」

『ふーん。まぁ頑張ってね。来世とかで出来るんじゃない?』

興味なさげに腕を振り上げる怪物。

その拳がラビに迫ったとき。




「ちょっと待ったぁーーーーーーーっ!!!!!!」

茂みから琥珀が飛び出し、二人のもとに駆け寄る。

「琥珀ちゃん!?どうしてここに!?」

驚愕するラビを置いて、琥珀は怪物にあのリングを突きつける。

「ばばばばば、化け物野郎ぉ!!ああ、アンタさっき言ってたわね!腕輪に似たものを持ってるやつを殺そうとしてるって!!だ、だ、だったら、わ、私も殺してみなさい!」

震えながらも怪物に立ちふさがる琥珀。

それを見て怪物は面倒そうに頭をかく。

『めんどくさ…』

「わ、私は絶対にここからどかないわよ!クロトさんを殺したければ、さ、ささ先に私を殺すことね!」

『あのさぁ…、一つ良いかな?何で出会ってひと月も経ってないやつのためにぽんぽん命を賭けるの?』

呆れたように言う唇。

琥珀はそんな声に震えながらも言い返す。

震えながら。

しかし、その目はまっすぐ、強い意志を湛え怪物を睨み。

恐怖で呼吸は荒くなりながらも、不敵に笑みを浮かべながら。



「そんなの決まってるでしょ。クロトさんも、ラビさんも、私の友達だからよ」



『はぁ?』

「私はこの数週間、みんなといて、一緒に住んで、お話して、遊んで、笑って!!!本当に楽しかったんだから!アンタには分からないでしょうね…。いい!?私は友達のために、素敵な思い出をくれた人のためなら命だって賭けられるのよ!!」

いつの間にか震えは止まり。

その眼光にははっきりと勇気が輝いていた。

友達だから。

楽しかったから。

そんな何でもないことのために命を賭した彼女の気迫に、一瞬。

ほんの一瞬だけ怪物がたじろいだ。

「さぁ、私も指輪を持っているわよ。やるなら私から…」



『知っているよ、そんなの』

一瞬怯んだ怪物ではあったが、すぐに持ち直したのか再度その唇を動かす。

「え?」

『君が同じようなリングを持っているのは知ってるし、そもそも君は殺す予定じゃない。彼は予定外だったからね。バグは消しておかなきゃ。さ、どいておくれ』

「い、嫌だ!」

『あー、もう分かったよ。…手足千切るくらいなら問題ないか』

そう言って琥珀にその腕を伸ばす。

それでも手を大きく広げたまま、逃げない琥珀。

「琥珀ちゃん!」

ラビが助けようと動いたその時。



「待てよ…」

瀕死のクロトが二人の後ろで、ゆらりと立ち上がる。

『おー!立ち上がるのか!どうだい『空っぽ』君?分かっただろう?そんな決意じゃあ、世界は救えやしない』

「…そうだな」

自嘲気味に笑ったクロトがふらふらと琥珀の前に出る。

「俺には…何も無い。記憶も、思い出も、自分を作り上げた何も」

『だろう?分かってるじゃないか~!ならとっとと…』



「それでも!!」

クロトが叫ぶ。

負傷を気にすることなく、その目には琥珀と同じ勇気を湛え。

「俺には何もない、それでも、俺の後ろには…、こんなにも守りたい人たちがいる!命を賭けて俺を助けようとしてくれた人たちが!」

残った左拳を握りしめる。



「ラビとお嬢は俺に居場所をくれた!名前をくれた!笑顔をくれた!…俺に繋がりをくれた!マスターも琥珀ちゃんも!!俺が今持ってるものは、全部みんながくれたんだ!!!」

その時、腕輪に光が宿る。

先日マガイモノを倒した時のように。

そして腕輪から放出された莫大な量の粒子が旋風となり、マガイモノを吹き飛ばす。



『ぐぉっ…!?』

「だから俺は戦う!自分の為なんかじゃあなく!!みんなを守るために、みんながいる世界を守るために!!!」

光が強くなる。

それと共に、放出された粒子がクロトの消し飛んだ体をする。



「お前っ…!!」

「来いよ化け物…!俺は空っぽかもしれない、でも!俺の周りには!異世界ここには!みんながいてくれた!!」

粒子が唸りをあげて更に放出される。

それは彼の覚悟に呼応するように、激しく、それでいて荒々しさのない旋風だった。

「だったら世界だって守って見せる!!…さっきから空っぽ空っぽと、知らないなら教えてやる!!俺の名前は…!みんながくれた俺の名前は!!」






「黒神クロトだぁっ!!!!!!」

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