第9話 空っぽと勇者とヒーローと
「あなたには世界を救う勇者になってもらうわ」
「…勇者?世界?」
唐突な、本当に何の脈絡もないツムギの話を聞いて思わずクロトは間抜けな返事をする。
世界。
謎の獣との戦闘はあったものの、今まで普通の日常を過ごしてきた自分には全く縁遠い言葉のように思えた。
「…いきなりやって来て世界を救えだなんて。少し説明不足が過ぎるのではないかしら?それとも冗談のつもりかしら」
ルナハートは若干眉をひそめ、ツムギに言い返す。
そこで朽葉がおどおどと手を挙げ会話に混ざる。
「こ、ここからは私が説明します。えっと、クロトさん。今ツムギさんが言ったことは冗談ではありません。今この『スクランブル』に迫っている危機を、あなたに救って欲しいんです」
「ちょ、ちょ、ちょ、待ってくれよ!」
話を進めようとする朽葉にクロトは全くついていけていない。
「勇者とか世界とか、なんだってそんな大掛かりな…。俺はただの居候だぜ!?それなのに…」
「こないだまでは、ね」
ツムギがぴしゃりとクロトの言葉を遮る。
「この間あなたが倒したような奴らから、この世界を守ってほしいのよ」
「アイツらのことを何か知っているのか!?」
「えぇ、勿論全てとは言わないけれどね」
「ていうか、そもそもの話していいかしら」
ルナハートが手を挙げて話に割り込む。
「あの化け物が実際にこの世界を脅かすものだとして、どうしてクロトがその退治なんかしなければいけないのかしら。それこそ管理人の仕事ではなくて?」
「あなたも薄々分かっているでしょう。アイツらには、彼の攻撃しか通らないわ」
「それは…」
確かに、あの異常なまでの耐久性だけなら『単に頑丈な敵』として納得できる。
しかし、それだけでは素人のクロトの攻撃で退けることが出来た理由が説明できない。
「…それでも、あの子の能力だけ、ってことはどうして分かるのかしら?単に私より強いってだけかも知れないじゃない」
「記録があるのよ」
ルナハートの問いにツムギが平然と答える。
「記録って…、アイツらが前にも来たっていうの!?」
そのことをにわかには信じがたいルナハートは、語気を強め彼女を問い詰める。
「えぇ。…まぁ、記録と言っても『スクランブル』がバラバラに分かれていた時のとある世界のものだけどね」
「そんな古い記録で…!」
「逆に聞くけど、私たちがロクに調査もせずにそんな程度の証拠で、こんなこと頼みに来ると思う?」
「それは…」
「お嬢、俺は大丈夫ですよ」
言い返すことが出来なくなったルナハートをクロトがたしなめる。
「…その話、聞かせてもらえるか」
「あら、私には敬語じゃないのね。傷つくわ」
「では、ここから先は私が説明します」
そう言って私服姿の瑠璃がツムギの代わりにクロトに話そうとする。
「あら、別にいいのに」
「とと、というか最初は私が…」
「…あなた達は少々人の神経を逆なでするきらいがあるわ。スムーズに話を進めるためにも私がやります」
「む、何よ。私がここに来た理由も、もとはと言えばあなたがこの間来た時に仕事さぼったからでしょうに」
「は、はぁ!?私の仕事のどこに不備があったっていうのよ!」
「私は『彼の能力を見てこい』って言ったのよ。それなのにあなたったら、本当に見ただけで帰ってきちゃうんだから。戦って実力の一つでも測ってきなさいよ」
「言いがかりじゃない!それならそういう風に言いなさいっての!!」
「はーやだやだ。言われたことしかやらない、できない、しようとしないの指示待ち人間ってやーねー。そうよね、朽葉」
「うぇあぁ!?わわわ、私ですか!?え、えと、あの、そうですね、やっぱり単に言うことを聞くだけじゃあ…」
「は?ぺこぺこしてるだけのアンタに言われたくないわね?今日だってアンタ補佐の仕事したのかしら?」
「しし、しましたよぉ!…多分。だ、大体瑠璃さんもイライラしてるからって当たるのは、そ、その、いけないことですよ!」
いつの間にか口論を始めた三人だったが、それなら頼んだわよと言って丸投げするツムギ。
瑠璃もかなりイライラしていたようだがゆっくりと深呼吸をして持ち直したようだ。
「さて、失礼しました。詳細についてお話いたします」
「あ、なんかすみません…」
「いえ…。おほん、先程勇者と言いましたが何も本当に冒険に出ていただくわけではありません。基本的にこの世界に出没するあの『マガイモノ』を倒してもらうだけで構いません」
「『マガイモノ』?」
「黒い獣では野暮ったいのでそう呼ぶようにしました」
「そのアイデアは…瑠璃さんが?」
「はい?今私が決めましたが、何か」
いきなり自分で考えた名前をさも当然のように使われても…。
そう思ったクロトではあったが彼女の後ろでツムギどころか朽葉までもが笑いを必死にこらえているのを見て、言及するのは得策ではないと悟った。
また話が横道に逸れてしまう。
「…でもそもそも、アイツら一匹に世界を滅ぼすだけの強さがあるんですか?攻撃が効かないのは分かりましたけど、一匹じゃ出来ることも知れてるんじゃないですか?」
「残された記録によると、マガイモノはある程度の間隔で一匹ずつ出現するそうです。つまり、倒さなければ数は増え続けます」
「逆に言えば、打ち漏らしが無ければタイマンってことですか」
「はい。こちらからもサポートはしますが何しろ有効な攻撃ができるのはクロトさんだけですので基本的に一人の戦いにはなると思います」
「一人…」
「そうですね、クロトさんの腕輪と似たようなものを持っている方が他にいれば話は別なのですが…」
「えっ?」
「…どうかしましたか?」
「い、いやいや!なんっにもないです!!」
なんとか誤魔化すクロト。
そうだ、もう一人いる。
自分と似た黒いリングを持ち。
あの日、マガイモノの襲来を察知した人間が。
(琥珀ちゃん…)
幸い管理人のだれ一人琥珀の話をしていないことから彼女がクロトと似たものを持っていることは知らないようだ。
しかし万が一知られれば、彼女が戦いに巻き込まれる可能性も否定はできない。
クロトは不審に思われないように、琥珀に目を向ける。
当然、今の話を聞いていた琥珀は不安そうに服の上から首に下げたあの黒いリングを握りしめている。
(ここは黙っておくべきか…)
「…あの、クロトさん?」
瑠璃が黙ったままのクロトに心配そうに声をかける。
「は、はい」
「確かにいきなりこんなことを言われて不安がる気持ちはあると思います。…それでも、請け負っていただけますか?」
あくまで事務的な口調の瑠璃だったが、その目からはクロトを心配する彼女の感情が見えた。
彼女も分かっているのだろう。
たった一人に、世界を背負わせることがどれだけ残酷か。
そんな彼女の表情を見てクロトは少し迷うように黙り、そして答える。
「俺は…」
「良かったの?本当に」
深夜。
街の中にある公園のベンチでラビが隣に座るクロトに訊ねる。
あれから管理人ズが帰って、しばらくしてラビが戻ってきた。
彼女はことの顛末をルナハートに説明された後、クロトに「ちょっと顔貸しなさい」と言って外に連れ出したのであった。
「何が?」
「管理人に頼まれた話よ。…まぁ、アンタのことだから断れないのは知ってるけどね」
普段から人助けばっかりしてるようなやつだしね、と付け加えるラビ。
それを聞いたクロトは一瞬後ろめたそうな表情を浮かべる。
「でもやっぱり、私も、お嬢様も心配っていうか…」
「そのこと、なんだけど」
クロトがラビの言を遮る。
「お前には話しておきたいことがあるんだ」
「…何よ」
いつになく真剣な表情で自分を見つめるクロトに少し戸惑うラビ。
そんな彼の表情はやはり何か後ろめたいことを隠しているようで。
「お前が今言ったみたいにさ、こっち来てから今まで確かにいろんな人にお節介焼いたり、それこそ人助けみたいなのやってけどさ…。俺がそうしてきたのってさ、全部が全部他人のためって訳じゃないんだよ」
「どういうこと?」
「ほら、何回か話しただろ?もし俺が悪人だったら、って。…俺はさ、自分が良い奴だって、信じたかったんだ。…いや、違うな。俺は、『良い奴』になりたかったんだ。誰だか分からない俺じゃなくて、困ってる人に手を差し伸べてられるような、そんな、ヒーローみたいな俺に…」
「クロト…」
見知らぬ世界で、自分すらも誰なのか分からない。
そんな状態だからこそ、彼は誰かに手を差し伸べる生き方を選んだ。
誰でもない、自分のために。
『空っぽ』な自分の中身を、『ヒーロー』という自分で埋めるために。
そんな彼を見て、ようやくラビは気づく。
クロトが抱えていた、自分の中に何もないという恐怖に。
「だから俺は戦うよ。今度こそ、何かになるために」
(クロトさん…)
そんな彼の決意を聞いていた人間が一人。
公園のベンチの側の茂みに、カモフラージュ代わりの木の枝を両手に持った琥珀は、彼の言葉を聞いてただ黙っているしかなかった。
(急にいなくなったと思って探しに来たら…)
彼女は胸元のリングを握りしめる。
先程管理人が来た時、クロトは彼女のリングの存在を隠した。
彼女を戦いに巻き込まないように。
(言ってあげなきゃ…。私に出来ることなんてほとんどないけど、これだけは…!)
とっさに自分を庇い、一人で背負い込むような人が「善人を演じているだけ」なんてことは絶対にないと。
あなたは、『良い人』だと。
(…よし)
意を決して茂みから出ようとしたその瞬間。
「!」
「!?」
クロトと琥珀をあの感覚が襲う。
間違いない、忘れもしないあの感覚。
そして同時に、何かが割れる音が周囲に木霊する。
クロトと琥珀は空を見上げる。
彼らの頭上5メートル程の位置の空間にヒビが走っている。
やがて内側から何かが出ようとしているように、そのヒビは大きくなり。
「―――――――!!!!!!!!」
決して忘れることはないであろう叫び声と共に、月の夜空は砕け散り。
夜の闇が溶け出したような最悪が、再び舞い降りる。
最悪を打倒するのは、世界を救うのは。
自ら演じた『ヒーロー』か、誰かに任された『勇者』か。
「来たな…!」
はたまた『空っぽ』か。
世界の
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