第8話 管理人ズと土下座と救いの勇者と

青い、青い空の下。

少年に馬乗りになり、その胸に玩具のナイフを突き立てる少女が一人。

「……」

クロトは動けないでいた。

突如現れた謎の少女に襲撃されたと思いきや、一瞬でマウントを取られ玩具のナイフで胸を刺された。

(なんだこれ)

肝心の少女は未だ自分の胸に無言でナイフを突き立てるのを繰り返している。

「そ、そうだ!お前、琥珀ちゃんをどこへやったんだよ!!」

少女の正体はともかく、突如消えた琥珀の行方を問いただすクロト。

少女はんー、と表情を変えないままに質問に答える。

「別に…、特に何もしてないわよ」

「何もって…、いきなり消えただろうが!」

少女のぼんやりした態度にクロトがしびれを切らし語気を強める。


「分かった分かった。ほりゃ」

そう言って少女が指を鳴らすと突然周囲に人が現れ、街に音が戻る。

周囲の人々はいきなり現れた二人組に驚いているのか、それとも道端で少女に乗られている男に関わらないようにしているのかちらちらとこちらを見ながら彼らを避けて歩く。

そんな中、琥珀がクロトたちのもとへ駆け寄ってくる。

「ク、クロトさん!?心配したんですよー、もう!いきなり何処かへ行っちゃって!…って、何してるんです!?」

「俺にもさっぱり…」

「ねぇ、あなた」

困惑するクロトにようやく少女が口を開く。

「な、なんだよ」

「弱いわね」

「あ!?」

襲撃の次は突然の罵倒、彼女の態度にクロトも遂に我慢の限界を迎えたのか自分の上に乗っている少女を無理矢理降ろす。

「一体全体さっきから何なんだお前!いきなり来たと思ったら…」

「うるさ…」

「なんだと!?」

クロトの怒りにも耳を塞いでそっぽを向く少女。

彼の堪忍袋が限界を迎えようとしたその時。


「ずびばぜぇぇぇぇぇぇぇぇん!」

遠くから泣きながらクロトたちのもとへ走ってくる巫女装束のような服を着た少女が一人。

巫女装束自体は白を基調としているが、帯は赤みがかった黄色をしている。

そして、すぐ側まで来た彼女は周囲の目を気にすることなく唐突に頭を深く下げてクロト達に謝り始める。

お辞儀の角度はしっかり90度、流れるようなその動きは一種の芸術のようでもあった。

「あぁぁぁごめんなさいごめんなさいごめんなさい!もう、ツムギさんはどうしていっつもいっつもこう、問題ばっかり起こすんですかぁぁぁ!謝る私の気持ちも考えてくださいよぉ!すみませんすみませんクロトさんに琥珀ちゃん私たちは別に怪しいものでもなんでもなくってぇぇぇ!」

そう言いながら何度も何度も頭を下げている。

「いや、あの、分かりましたから!もう大丈夫です!」

しかし少女は泣き止む様子もなく、それどころか90度のお辞儀から更に腰の低い土下座へとシフトする。

「そ、そうですよね、うるさい、ですよね、すみません…。私なんかが迷惑おかけして…。す、すみません泣いたりするのもご、ごご迷惑ですよね。えへへ…、が、頑張って笑います、わ、笑えば怪しまれないしクロトさんにも迷惑かけないですよね…。こ、こうですか?笑えてますか?ぴ、ピースとかポーズとかもしたほうがいいですか?」


周囲のジメジメとした視線が更に増える。

決して人通りの少なくはない道端で、泣き笑いながら土下座する少女。

『男が女の子を泣かせたうえ土下座させてから更に無理矢理笑わせている図』の完成だ。

これ以上ここにいるのは危険だ。主に自分の社会的生命保護の観点から。

クロトの頭にアラートが鳴り響く。

「こ、琥珀ちゃん!とにかく、えーと、そう!外にいたままこれは不味い!とにかくお店に戻ろう!」

「え、この人たちはどうしましょうか…」

「と、とりあえず一緒に連れて行こう」

「えぇぇぇぇ!連れていかれちゃうんですかぁぁぁ!!?な、何かお気に障ることとかしましたか!?ももも、もしかして笑顔が下手でしたか!?すみませんすみません!わ、笑いますぅ!も、もっと笑ってみせますぅ!え、えへへ、えへへへぇ…」

再び取り乱す(先程から取り乱しっぱなしではあるが)少女。

「ち、違う違う!そうだ、おいそこのお前!この娘の知り合いなんだろ!?何とかしてくれ!」

「そいつめんどくさいし…」

「あぁもう!とにかく来いー!!!!」



「で、買い物帰りに女の子も引っかけてきたと」

「いや、何でそうなるんですかお嬢」

何とか二人を店に連れて帰ったクロトたち。

ラビとドランはそれぞれ別の店に買い物に行ってまだ戻っていないらしく、店にはルナハートしかいなかったものの、彼女の仲介もあり何とか巫女装束の少女を落ち着かせることが出来た。

白髪の少女はルナハートを見ると一瞬じっと見つめてはいたものの、今ではまたさっきのようにやる気なさげに席に座っている。

「それで、お前たちは誰なんだよ」

クロトが彼女に向かい合う席に座り問いかける。

もうクロトも多少のことでは怒るのも面倒になったのか、白髪の少女が先程買ってきた買い物袋をがさごそと無断で漁っていることに関しては触れないようだ。

「管理人」

勝手に取り出したケーキをパクつきながら、白髪の少女は素っ気なく答える。

「管理人!?それって瑠璃さんと同じ…」

「瑠璃は私の部下。アイツが補佐しているのが管理人のリーダーのこの私。あ、名前はツムギね」

よろしくー、と指に付いたクリームを舐めとりながら身分を明かすツムギ。

「お前みたいなやつがリーダー!?」

「何よその言い方。…で、そこの泣き虫謝罪女が瑠璃の同僚」

「ひ、ひどいです…。わ、私、朽葉くちばって言います。つ、ツムギさんのお手伝いに来たんですけど…。すみません、私の名前とかどうでもいいですよね…」

「何だってまた管理人の人達が…」

予想だにしない少女らの正体に戸惑うクロト。


そんな時、店のドアが勢いよく開かれる。

「やほー!お姉さんのお帰りじゃー」

「マスター…、と瑠璃さん?」

店に入ってきたのは店主のドランと不機嫌そうな表情の瑠璃だった。

先日とは違い、大きめのパーカーにスウェットというラフな格好だ。

「うわ私服だっさ」

そんな彼女を見てツムギがクスクスと馬鹿にしたように笑う。

「うっさいわね…、休みの日くらい良いでしょ」

服装から見ても突然連れてこられたのであろう、瑠璃がむすっとした態度のまま言い返す。

「えっと…、どうしてマスターと」

「その乳女に連れてこられたのよ、無理矢理」

「いぇーっす。君らが何しに来たか知らないけど、朽葉ちゃんだけじゃ何かと心配だろう?だからいてもらおうと思ってね」

「朽葉ちゃん達とも知り合いなんですね…」

相変わらず訳の分からないドランの交友関係にクロトは最早驚くこともしなくなった。


「あれ、ていうか何でドランさんはツムギさんや朽葉さんが私たちと会っているって知っているんですか?」

ドランの話を聞いた琥珀が不思議そうに首をかしげる。

「んん?…なぁに、買い出ししてると小耳にはさんでね。往来で巫女服の美少女に土下座を強要しているゲスがいるって」

「んなっ…」

「うぅ…、クロトさんのご迷惑に…。すみませんすみません…」

あらぬ疑いをかけられたことにショックを受けるクロトだったがすぐに気を取り直して話を続ける。

「…で、管理人が三人も来て一体なんの話なんです?」

「それについては私から話すわね」

そう言ってケーキを平らげたツムギが漸く口を開く。

心なしか先程よりも真剣な表情になっている。

クロトもそれを察してか、黙って耳を傾ける。

「単刀直入に言うわね」




「黒神クロトさん、あなたには世界を救うになってもらうわ」

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