第7話 青空と少女と襲撃と

 結局、クロトの怪我も大事無かったようでルナハートやラビの看病もあり数日後にはすっかりドランの店の仕事の手伝いをするほどにまで回復した。

ルナハート曰く大事無かった、というより異常なまでの回復スピードらしいがクロトが以前より人並外れて頑丈だったこともあり特に本人も気にはしていないようだった。

それどころか「便利でいいですね」とまで言っている始末だ。

一方そんな彼らを見て、異世界初心者の琥珀は割と引いていた。


「えーと、これで買い出しは終わりか」

「結構買いましたよねー。やっぱりお店をやっているとこれくらい必要なんですね」

 そんなある日の昼下がり、セントリアの中央の市場に買い出しを頼まれた琥珀とクロトは、紙袋いっぱいに入った食料を抱えて突き抜けるような青空の下、二人っきりで帰路についていた。

周囲に人影は全くなく、聞こえるのは二人が喋る声だけだ。

「ところで。クロトさんとラビさんたちってどうやって出会ったんですか?」

琥珀が横を歩くクロトに問いかける。

「ん?またなんでそんなことを」

「いや、ここ最近皆さんと色んなお話をするんですけど考えてみたらクロトさんの話ってあんまり聞かないなーって。最初に出会った時も簡単に説明されただけですし」

「俺の話かー。まぁ記憶が無いから話すこともあんまり無いしなぁ。で、お嬢たちと会った時のことだっけ?」

「ですです」

「ラビが薬の販売の帰りに路地裏で倒れた俺のことを拾ったのが始まりだな」

「拾ったって言ってたの比喩とかじゃないんですね…」

「あぁ、なんなら雨まで降ってた。…んで、俺が目を覚ましたら店にいて。最初は苦労したな。『どこから来た』どころか名前聞かれても答えらんないんだから」

「名前まで…」

「そうそう。んで困ったーってなった時にお嬢が『アナタの腕輪、真っ黒ね。だからクロトで』って付けてくれたのが『黒神クロト』ってわけだな」

「て、適当…。猫みたいな名付けられ方ですね…」

想像を超える大雑把な出会いと命名に苦笑いする琥珀。

「でもやっぱり嬉しいし感謝してるよ。由来はどうあれ、名前貰ったんだから」

「クロトさんって本当にラビさんたちのこと大好きなんですね」

「な、なんか照れるな。…まぁ、うん。そうだな。あの人たちと一緒にいるのは楽しいよ」

そう言って照れくさそうに微笑むクロト。

普段は見せない表情に、琥珀は思わずドキリとしてしまう。

が、クロトは彼女の変化には気づかなかったようでそのまま話を続ける。


「…いつか記憶が戻ったら、どっちを名乗るんだろうな」

「やっぱり記憶は取り戻したいんですか?」

「あぁ。…なんかさ。こうして黒神クロトとして生活する分には困ったことはないんだけどさ、たまーに自分の空っぽさに気づかされるんだよね」

「空っぽさ?」

「うん。自分を支える思い出とか、気持ちとか夢とか。そういう『これが俺だ』っていうのが無いってのを思い知らされるんだけど。…それはやっぱり辛いなーって」

「クロトさん…」

いつも明るくふるまうクロトが見せた寂しそうにしているを見て、目の前にいるのはやはり自分と同じくらいの少年なのだと実感する琥珀。

それにいくら同じように別世界から来たといっても、記憶が全くないその苦しみを想像することは彼女には出来ない。

「だ、だいじょーぶですよ!!きっと記憶は戻ります!!私だって手伝っちゃいますよ!!!」

それでも胸を張り大きな声でクロトを元気づけようとする琥珀。

大きすぎて若干響いている。

しかし元気づけようとしてくれていることを察したのか、クロトは頼んだぜと笑顔を浮かべる。

そんな静かで、ちょっと騒がしいひと時。



「ちょっとそこの人。いいかしら」

彼らを後ろから呼び止める人物が一人。

二人が振り向くとそこには、真っ白な少女が立っていた。

後ろで簡単に括っただけの長く、美しい白い髪は陽光を反射してキラキラ輝き、彼女の端正な容姿を引き立てている。

服は髪と同じ色の真っ白なワンピースで、上から下までまさに純白の少女だった。

その美しさは、先日店に来ていた瑠璃という少女を思い出させるものだった。

「俺たちに何か?」

「用があるのはあなたね。そっちの女の子は特に大丈夫よ」

「は、はぁ…」

早速除け者宣告を食らった琥珀はどこか不機嫌そうに小さく頬を膨らませる。

そんな彼女を無視して少女は続ける。



「実はね、私、あなたを殺しに来たのよ」



「…は?」

余りにも唐突な一言に思わず間の抜けた返事をするクロト。

それもそうだ。

こんないい天気の日に、こんな少女から殺害予告をされるなんてジョークとしても完成度が低すぎる。

「あら、信じていないのね。悲しいわ」

全く悲しそうな表情をしないままに、淡々と話を続ける少女。

「そりゃあいきなりそんなこと…」

そう言いかけた時、クロトの横からドサリと何かが落ちる音がした。

「琥珀ちゃん、どうかし…」


見るとそこには、地面に落ちて中身が散らかってしまった紙袋だけが、ポツンとあった。

「……………!!!!!」

即座に少女の方を向くクロト。

彼女は最初にクロトたちに声をかけたときのまま、そこから動いてはいなかった。

そしてようやく気づく。

周囲の異変に。

時間はまだ昼を過ぎたあたり。

市場から離れたといっても何も街の外れに来たわけではない。





「お前…!」

「ねぇ。あなたは、私があの黒い奴らの親玉だって言ったら信じるかしら?」

そう言ってワンピースのポケットから陽光を反射してギラギラと輝く、黒い腕輪を取り出す。

「…琥珀に何した」

クロトは先程までとは打って変わって、警戒心を剥き出しにしながら少女に問いかける。

「さぁ?あなた今から死ぬし、どうでもいいんじゃないかしら」

少女が一歩足を進める。

「じゃあ…行くわね」

そう言って彼女が腕を振ると、突如現れた黒い光弾がクロト目掛けて発射される。

「…っ!」

横に跳んで回避するクロト。

最早迷っている場合ではない、目の前の少女が言っていることが本当にせよ嘘にせよ、とにかく応戦しなければと腕輪を付けた左腕に力を込める。

すると、粒子が集まり始め徐々に黒剣を作り上げる。


が、しかし。

「遅いのね、『れでぃふぁーすと』という奴かしら?」

一瞬でクロトの目の前に移動した少女は、クロトの左手を蹴り上げ作成途中の剣を粉々に砕く。

「なっ…!」

突然の攻撃に面食らうクロト。

少女は大きく後ろによろけた彼に馬乗りになり押し倒す。


「残念、さよーなら」

やはり全く変わらないトーンで少女はクロトの胸にどこからか取り出したナイフを突き立てる。

そして。


「え…?」

 結果から言えば少女が手にしていたのは所謂おもちゃのナイフで、刃が引っ込む仕組みになっていて。

当然そんなもので人が死ぬわけがなく。



「あら、こんな時は死んだふりの一つでもするのが『ノリが良い』というものよ」


悪戯が上手くいったかのように、少しだけ少女は微笑んだ。

下から見上げるその笑顔は、馬鹿にしたように青い空と相まって、一枚の絵画のように美しかった。

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