第6話 終わってからと世界のお話と訪問者と

世界の終りのような光景だった。

空も大地も、夜よりもずっと暗い黒色で。

そんな中一際黒い色の血だまりの中で、少年は倒れ伏していて。

彼の前に立つ少女は狂ったように笑っていた。

「あーあー。残念ゲームオーバー。リセットもロードもできないよ」

とっても可笑しそうに、とても楽しそうに。

それでもその手も、ドレスも、顔も。

べっとりと黒いものが付いていて。

本当に、吐き気がするほど頭がおかしそうで。

いつまでもいつまでも。

幸せそうに笑っていた。






「…クロト?起きたのね!?大丈夫!?私のこと分かる!?」

目を覚ましたクロトが最初に目にしたのは、涙ぐみながら自分の手を握りしめるラビの姿だった。

「…ラビ。お嬢の店の店員で、すぐ手が出る」

「う、うっさい!…それでその、怪我は大丈夫なのかしら?」

クロトの煽りによって平常心を取り戻したのか、涙をゴシゴシと拭いてそっぽを向きながら体調を訊ねる。

「俺は大丈夫だと、思うけど…。っていうか、ここどこだ」

「ドランさんのお店の二階よ。うちの店が壊れちゃったからここに運び込んだの」

「あ、そっか…。お嬢大丈夫かなぁ…」

「と、いうよりは修理代ね…。そんなことより!アンタあんなこと出来たのね」

「…俺もよく分からないんだ」

ふと左手に目を向ける。

黒い腕輪は先程までのように輝きを放つこともなく、ただ佇んでいる。

すると、ドアが勢いよく開かれ琥珀が部屋に駆け込んでくる。

「クロトさん!起きたんですね!!」

「大事ないようで良かったわ。最初、死んじゃうんじゃないかと思ったんだから」

続いてルナハートも琥珀の後ろからひょっこりと顔を覗かせている。

その態度は店を半分吹き飛ばされた本人とは思えないほどに軽い。

「お嬢!琥珀ちゃん!無事だったんですね」

「ええ、それよりあなた…」

「クロトさん!!さっきのやつ何なんですか!?もしかして私のリングにも何か関係が!!?」

興奮を抑えきれない琥珀がルナハートを遮りクロトに矢継ぎ早に質問する。

「あ、あぁ、そのことなんだけど…」

そう言って、クロトは先程経験したことを漸く話し始める。


「…っていう感じなんですけど」

「はぁ、謎の声が聞こえたと思ったらいきなり能力が…、ねぇ」

話を聞いたルナハートは暫く考えた後、クロトの額に手を当て熱を測る。

「…やっぱり血を流しすぎておかしく」

「な、なってませんよ!ホントに聞こえたんですってば!」

否定するクロトだったが、彼もラビも内心は同じことを考えていた。

突然時間が止まっただの能力に目覚めただの言い始めた男がいたら誰だってそう思うだろう。

クロトがどう説明しようかと考え始めたその時。


「その男が正気かどうかはこの際どうでもいいけれど、説明くらいはしてほしいわね」


部屋の中に、見知らぬ小柄な少女が立っていた。

年は十代前半だろうか。

輝くような長い蒼の髪はどこか人間離れした美しさを見るものに感じさせており、巫女服のような衣装も相まって、どこか神秘的な雰囲気を纏っている。

彼女はまるで最初から部屋の中で全て聞いていたかのように、クロトたちのすぐ側で呆れているように腕組をしている。

突然現れた彼女にルナハートとラビは思わず身構えるが、ルナハートの方は即座に警戒を解く。

「あら、盗み聞きなんて。管理人さんもいい趣味ね」

「事態が事態なのよ」

「あ、あの。お嬢様はこの人とお知り合いなんですか?」

未だに事態を呑み込めないでいるクロト、琥珀、ラビだったが三人を代表するようにラビが訊ねる。

「んー?まぁ、この娘有名だしねー」

「有名?」

「そうよ。この『スクランブル』の管理する現管理人の補佐役。その名も…」

「瑠璃よ。そんなことより、早く本題に入りたいのだけれど」

そういってクロトの方を向く瑠璃。

「あなたの能力がいつから使えるようになったのか。きっかけはなんなのか、あるいは最初から使えていたのか…。そんなことは重要じゃないわ」

重要なのはね、と言ってクロトの左手の腕輪を指さす。

「あなたはどうしてあの化け物と似たような能力を使えているのか、ってことよ」

「……」

クロトは黙り込む。

いや、黙ることしかできなかった。

確かに考えてみれば、いや考えるまでもないだろう。

あの黒い粒子を操る能力。

それは突如出現し、街で暴れた正体不明の獣が檻を作ったものとそっくり同じものだ。

無関係だ、という方が無理だろう。

「だ、だからそれはさっきコイツが…!」

クロトが疑われているように感じたのだろう。語気を強め瑠璃に反論するラビ。

しかし瑠璃の反応は彼女の予想とは異なっていた。

「あぁ、もしかして私がこの男を疑っているように見えたのかしら。違うわよ。確かに何でこんなことが出来るのか気にはなるけど、今日は見せてもらいに来たの」

その能力ってやつをね、と瑠璃は言う。

「お、俺の能力ですか?」

管理人と聞いててっきり自分があの獣と通じていると勘違いされていると思ったのか、予想外の要求に戸惑うクロト。

「えぇ、良いでしょう?」

「わ、分かりました…」

そう言って左手に意識を集中させる。

すると腕輪から黒い粒子があふれ出るように出現し、数秒後には小さなナイフを形どっていた。

「……」

その様子を無言で観察する瑠璃。やがて粒子による物質の生成が終わるのを見るとなるほど、と小さくつぶやく。

「わざわざありがとうね。それじゃあ」

そう言って、部屋の出入り口に向かって歩き出す。

「え、あの、これでいいんですか?」

「えぇ…。それじゃあ、またね」

そう言って部屋から立ち去ろうとしたとき、丁度部屋に入ろうとしていたドランと正面からぶつかる瑠璃。


「…あら」

「おぉ、瑠璃じゃないか。はは、相変わらず貧しいね。どこがとは言わないが」

正面衝突したことで強調される両者の格差。

慎ましやかな少女の部分は、正面にあるのがドランの暴力的なサイズの果実であることを差し引いても、確かにやや小ぶりすぎる印象だった。

「久々に会ったと思ったら随分言ってくれるわね、乳女。もぐわよ」

「おぉ怖い怖い。…用は済んだのかい?」

「えぇ、今日のところは」

「そうか、何か食べていく?」

「遠慮しておくわ」

じゃあね、と言って今度こそ部屋を後にする瑠璃。


その後ろ姿をドランはやれやれと見送る。

「全くツンケンペタペタしちゃって…。やぁ、クロトちゃん。話は聞いてるよ」

「マスター、無事だったんですね。というかどこに行っていたんですか?レオルさんやマクヘールさんは俺たちのところに来てくれましたけど」

「いやー、私も助太刀に行こうとは思ったんだけどね。恥ずかしながら道に迷ってしまって」

あはは、と笑う見せるドランを見てがっくしと肩を落とすクロト。

「まぁ、ご無事でなによりです…。ところで、さっきの人とは知り合いなんですか?」

「ん?まーねー。前の管理人と浅からぬ仲でね、その関係で彼女とも知り合いなのさ」

「何かマスターってよく分からない人脈を持ってますよね…。ところで、管理人ってなんですか?」

クロトは先ほどから何度か登場した聞き慣れない単語についてドランに質問する。

琥珀も同じことを思っていたのかその横でうんうんと頷く。

「おや、ルナハート。クロトちゃんに教えていなかったのかい?」

それを聞いてドランは意外そうにルナハートに問いかける。

「え、あー…」

「…大方、おおざっぱに説明して後はどうでもいい話をしただけなんだろう。ちょうどいい、琥珀ちゃんもいることだし、お姉さんが特別講義をしてあげよう」

そう言ってじゃーんという効果音を口で言いながらどこからともなく眼鏡を取り出すドラン。

「ふふふ、ドランお姉さん女教師フォームだ」

「どっから出したんですか…」


「さて、まずはこの世界の成り立ちから簡単にお話ししよう。この世界はね、いくつもの世界が集まってできている…というのはもう説明されたかな?」

「はい、ドラン先生!その辺りから若干分かりません」

まるで生徒のように手を挙げてドランに質問する琥珀。

「いい質問だね琥珀ちゃん。集まっている、っていうのはそのまんまの意味さ。今から本当に、気が遠くなるくらい昔、それぞれの世界は魔法やら技術やらを駆使して一つの世界に合体した。それが、この『スクランブル』という訳さ」

「が、合体…」

余りにスケールの大きい話に早速ついていけそうにない琥珀だったが、ドランの授業はまだ続く。

「そう。それで大昔にその計画を立案、実行したのが『管理人』という奴らなのさ。…まぁ、ものすごーく大雑把に言えばこの世界で昔からいる偉そうな奴らの集団って思えばいいよ!」

説明が面倒になったのか、後半は巻いて話す彼女にクロトと琥珀は思わずずっこける。

「ま、まぁ…大体わかりましたよ。それで何だってそんな人たちが俺のところに?」

「さぁ?やんごとなき方々の考えることは分からないねぇ」

じゃ、私は店に出てくるよーと言ってドランは下の階へ降りていく。


「まぁ、今すぐにどうにかされるって訳じゃなさそうだしいいんじゃない?」

話に入れず退屈だったのか、いつの間にか回転するタイプの椅子の上でクルクル回っていたルナハートが言う。

「お店は壊れちゃったけど、ケガした人もいないし。万事オッケーよ!」

ね?と笑いかけてくる彼女を見てクロトも幾分か安心したのか、そうですねと笑い返す。

「なんかお腹空いたわねー。ラビー、何か作ってー」

「もうお嬢様…。分かりました、ドランさんに台所借りられるか聞いてきますね」

「あ、私もお手伝いします!結構得意なんですよー?」

琥珀とラビも階下に降りていく。

「ま、アンタがなんでもかんでも深く考えるのは知ってるけど。その前にもっと大切なこともあるでしょう?こーしてみんなでガヤガヤしたりね」

二人きりになった部屋の中でルナハートがクロトの背中を元気づけるようにバンバン叩く。

「…そうですね。じゃあ、俺もたくさん食べますね!」

「私の分はやらないわよー!」




「…えぇ、見てきたわ」

すっかり夜も更け、皆が寝静まった街に話し声が響く。

瑠璃は、月明かりに照らされた噴水に腰かけ手に持った札のようなものに話しかけている。

「どんな感じかって?。…最悪、に近いわ。本当にあんな未熟な少年に任せるしかないのかしら?」

瑠璃は淡々と、話し続ける。

「悪人じゃないだけマシ、ではあるけれども。えぇ、分かったわ。今度はあなたが直接来るのね。じゃあ、そういうことで。もう夜も遅いし、明日の朝に戻るわ」

管理人さん。

最後にそう言って札を服の内側にしまう瑠璃。

空に輝く月を見上げ、先ほど出会った少年を思い出す。

戦いも何もしらないような、ただの一般人を。

「はぁ…」

それは彼に対するものか、そうでないかは定かではないがとにかく大きなため息を一つ吐いて立ち上がる。

「全く、ゲームやコミックじゃないんだから」

見据える先は、先ほど訪ねた店の方角。




「世界を救え、だなんて」

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