第11話 進化とカードと逆転勝利と
黒い旋風が唸りを上げて吹き荒れる。
その中心にいるのは、確かに先程まで地面に倒れ伏していた少年だった。
先程までの彼には、確かに覚悟が足りなかった。
自分の空白を埋めるために、自分が何者かでありたいがために戦おうとした。
世界ではなく、自分のため。
勿論そんな生半可な覚悟が通用するはずもなく、無様に打ちのめされ右半身を吹き飛ばされた。
しかし、彼は立ち上がった。
今の彼を立ち上がらせるのは、薄れゆく意識の中で聞こえたラビと琥珀の言葉。
ラビは言った。自分を見捨てないと。
今まさに敵に殺されようとしているにも関わらず、自分を助けるために立ち向かってくれた彼女の言葉。
琥珀は言った。友達だから、一緒にいて楽しかったから命を賭けると。
戦う術など何も無いのに、ただ友達を助けるというためだけに見を挺してマガイモノに立ち向かってくれた彼女の言葉。
胴体を半分吹き飛ばされ、残った体も血溜まりに沈み、痛みを通り越して何も感じない彼に、彼の心にその言葉は確かに届いた。
その瞬間、冷たくなり始めた彼の体に熱が戻る。
心の奥、未だ折れることのない彼の心の奥の部分が全細胞に檄を飛ばす。
そうだ。何を寝ている。
今自分が死ねば、確実に彼女たちも殺される。
命を賭けて自分を守ってくれた彼女たちが。それだけではない、ドランやルナハートも殺されてしまう。
真っ暗だった視界に光が戻り、不規則ながらも再び呼吸が始まる。
体が、心が、魂が。彼を成す全てが叫ぶ。
自分は空っぽで、マガイモノの言うとおり何にもなれないかもしれない。
世界を救う勇者にも、みんなを救うヒーローにも。
それでも。
自分を助けてくれた、自分に数え切れない位たくさんのものをくれた人達は助ける。
何にもなれなくても、全てを救えなくても、せめて彼女達だけは助ける。
そうでなければ、間違えている。
覚悟と決意が体中に満ちる。
それに呼応するように力が漲り、溢れ出した粒子が荒れ狂う風となり舞い上がる。
少年は立ち上がる。
勇者でも、ヒーローでもない。
黒神クロトは、立ち上がった。
「お前の言うとおり、俺は何にもなれないかもしれない。でも俺は、俺の守りたい人達だけは必ず守る!! その為なら俺は、世界だって救ってみせる!!」
「クロト……!」
「クロトさん!」
クロトの姿に、安堵の声を漏らす琥珀とラビ。
「悪いね、怖い思いさせちゃって」
いつもと変わりなく話す彼に、ラビは思わず涙ぐむ。
「し、心配させるんじゃないわよ! 今度こそ死んじゃったかと思ったじゃない!!」
「ごめんごめん。……もう、大丈夫。俺は負けないよ」
「……! まったく、それなら早く片付けなさい!」
先程までとは違い、穏やかなそれでいて力強い笑みを浮かべるクロト。
自分の本心を話していたときとも、がむしゃらに敵に向かっていったときとも違う表情を見て、ラビは口に出しかけた撤退の提案を飲み込む。
「良いこと? ぜっっっったい、一緒に帰ること! ……だから、私もここから逃げないわ。アンタに命を預ける」
「わ、私も残ります! 必ず無事に戻ってきてくださいね!」
「……分かった、任せろ」
逃げろとも、離れろとも言わないのはクロトの決意の現れだった。
必ず守り通してみせるという、折れない決意の。
『なんだよ、盛り上がってくれちゃってさぁ』
吹き飛ばされたマガイモノがゆらりと立ち上がる。
先程までのおちゃらけた口調を装ってはいるものの、その言葉からは隠しきれない怒りが滲み出ていた。
『随分元気じゃないか、えぇ?』
「そういうお前は随分しょんぼりしてるな。吹っ飛ばされたのがそんなにショックか?」
『やかま……しい!!』
業を煮やしたマガイモノが拳を振るう。
クロトはその攻撃を難なく躱すものの、攻撃する素振りを見せない。
やがて、一際大振りの攻撃をバックステップで避けるとそのまま後ろに距離を取る。
『ハッ、何だよ! カッコいいのはセリフだけで、攻撃できてないじゃないか! 最も、お前の攻撃じゃあコイツには傷一つ付けられないだろうがね!!』
「そうか、なら試してみるか?」
『あ? どういう意……』
クロトが腕輪を装着した左腕を頭上に掲げる。すると、先程まで粒子を放出していたそれが逆に放出した粒子を吸収し始める。
それと共に、徐々に腕輪の放つ光が強くなっていく。
『な、何だよそれは! 私はそんなもの知らないぞ!』
「あぁ、そうかい! ならバッチリ見な!」
光を放ちながら腕輪がその形を変え、今までは何の飾りも無かったその中央に大きな黒い石が現れる。
更にクロトの手には黒いカードが一枚作り出される。
そのカードには切り絵のようにして、銃と銃弾が描かれている。
「さぁ、行くぜ!」
クロトが右手を前に伸ばし、黒い剣を作成する。
しかし、そのスピードは今までのものとは比べ物にならず、一瞬で集まった粒子は瞬く間に剣を構成する。
「おおぉぉぉっ!!!」
粒子を両足に纏わせると、クロトは人間とは思えないスピードでマガイモノの目の前まで移動し、その速度に対応しきれない敵の無防備な胴体に斬撃を食らわせる。
『ぐっ……!』
先日のマガイモノの襲撃の時よりも強力なそれは、先程までビクともしなかった敵を大きく後退させる。
「まだ、まだぁ!!」
そう叫ぶと左手にもう一振りの剣を作成し、二刀流で更なる攻撃を仕掛ける。
一撃一撃がマガイモノに強烈なダメージを加える。
しかし。
『あまり調子に乗るんじゃない!』
マガイモノが強く地面を踏みつけると、クロトの足元に大きな黒い棘が生成される。
「うぉっ!!?」
突然の足元からの攻撃に、クロトは大きく飛び退いて敵から離れる。
『色々作れるのはお前だけじゃないんだよっ!!』
そしてマガイモノは先程と同じくロケットパンチを生成し、発射の体制をとる。
『ほら、次は左を消してやる!』
先程と同じく爆音とともに放たれた巨大な拳は、クロト目掛けて一直線に飛んでいく。
だがクロトは避けようともしない。
「こう、すれば!!」
両手を地面に付け、先程敵がやったように地面から分厚い壁を発生させる。
ただし飛来する拳の正面ではなく、それを真下から跳ね上げるようにタイミングを合わせて。
『何っ!?』
地面から発生した壁によって拳の軌道はずらされ、クロトの遥か頭上を飛んでいく。
「色々作れるのはお前だけじゃないんだよ! さぁ、これで終わりだ!」
クロトが取り出したのは先程出現した一枚のカード。
それを腕輪の宝石にかざす。
その瞬間腕輪がカードを認識したように輝き、クロトの周りに光の輪が現れる。そして粒子がラビの持っているものとそっくりの銃型のオブジェクトを創り出した。
「
クロトがそう叫ぶと、黒い七つのエネルギー弾が彼の周囲に出現する。
「あれって私の!?」
その光景を見たラビが思わず声をあげる。
「おい、ラビ! これどうやって動かすんだ!?」
「何で自分で出したのに分からないのよ!? え、えっと、とりあえずその周りの弾に指示を出せば簡単な攻撃は出せるわ!」
「了解! 確か……、『
クロトがそう指示を出した瞬間、七つの弾は敵目掛けて飛んでいき攻撃を加える。
『がっ……、なかなかやるみたいだねぇ…! いいよ、今日のところは、くれてやる!』
そう言うとマガイモノの胴体に出現していた口が消失する。
「―――――――!」
人語を話すことのなくなった黒い獣は激昂し一層大きく咆哮する。
もはや防御など捨てて突進してくるその様は、まさしく猛牛。
しかしクロトは動じることはなかった。
「止まっとけ!!」
そう叫ぶと、一瞬で黒い獣を囲む黒い檻を作り上げる。
「あの技って……!」
「こないだの敵が使ってた技ですよね!?」
「―――――――! ―――――――!!」
発狂したように檻を掴み暴れるマガイモノ。
しかし、檻はビクともせず狂った獣を閉じ込める。
そして。
「じゃあな、化け物! 『
そう叫ぶと、光弾は再度クロトのもとに集まり一つの大きな弾を作り上げる。
「『
そして、放たれた極太の光線は一瞬にして檻ごと獣を呑み込んだ。
爆発の後、残されたのは大量の粒子のみ。
その粒子も、クロトの腕輪に吸収されていく。
「勝った……!?」
「やった! 勝ちです!! クロトさんの勝ちですよ―!!」
怪物の体を構成する粒子が全てクロトに吸収されているのを見届けると、ラビは安心しきったのかその場にへたり込み琥珀はクロトのもとへ走り、抱き着いて喜ぶ。
「すごいです、本当にすごいですクロトさん!! 本当に倒しちゃいましたよー!!」
「う、うん、あの、しんどいからあんまし激しく揺らされると……」
かなり疲弊していたのか、抱き着いてはしゃぐ琥珀を支えきれずに倒れこむ。
一見すると琥珀がクロトを押し倒したようになり、琥珀も赤面して慌てる。
「ぎゃんっ! あわわ、クロトさん! そそそ、そんなつもりじゃあ…」
「あー、うん。とにかくどいて……」
「あら、お熱いのね」
そんな時、どこからか現れたツムギがクロト達を茶化しながら現れる。
「お前……」
「見てたわよ今の戦い。それで、もう一度お返事いただいてもいいかしら?」
「俺は……」
クロトは起き上がり、ツムギの目を真っすぐに見つめて答える。
覚悟と決意に満たされたその目で。
「俺は、戦うよ。アンタらの言う勇者ってやつになれるかは分からないし、世界の命運とかもピンと来ないけど、みんなを助けるために俺は戦ってやる!」
そんなクロトの返答に満足したのか、一瞬微笑むと「そう」とだけ言って帰っていくツムギ。
「あの人も、クロトさんのことが心配なんだったりして」
「相変わらず態度は気に入らないけどな」
「根に持ちますねー。最初に会った時のこと」
「根に持ってませんー。……琥珀ちゃん、ありがとな」
「はい?」
「助けてくれてさ」
「そのことですか。そんなの当り前じゃないですか! 私は、クロトさんが死んだらすっごい悲しいんですから!!」
こーんなに悲しいんですよ、と言って両手を大きく広げる琥珀。
「そっか。これからもよろしくな、琥珀ちゃん」
「はい! ……あー、一つお願いなんですけど」
琥珀がもじもじしながら言う。
「何?」
「こ、これからは、琥珀ちゃんじゃなくて、ラビさんみたいに呼び捨てにしてください!」
「別にいいけど、なんで?」
「な、何となくですよ、何となく! あっ、もうこんな時間!急いで帰りましょう!!」
「い、いや時計してないじゃん…」
そう言って駆け出す琥珀を追うクロト。
やれやれと言いながらもその顔には笑顔が浮かんでいた。
「へー。クロトちゃんにそんなことが」
「何かになりたいからこその、人助けねぇ」
翌朝、ラビがドラン、ルナハートに昨夜の事件のことについて話す。
「あの子、そんなことを……」
「私も、気づいてやれませんでした……。アイツがあんな風に思っていたなんて」
「ま、人は大なり小なり理想のなりたい自分があるものさ。それが記憶喪失のクロトちゃんなら尚更だろう。それに、そんな風に考えていたといってもクロトちゃんはクロトちゃんのままだ。だろう?」
クロトの気持ちを分かってやれなかったことで暗くなる二人に、ドランが慰めるように言う。
「で? 肝心のクロトちゃんはどこだい?」
「そういえば今朝からいないわね」
すると店のドアを勢い良く開けて「ただいま戻りました!」と入ってくるクロト。
「おぉ、ナイスタイミング。どこに行ってたんだい、クロトちゃん」
「いや、それがですね。朝散歩に行ってたら新聞配達のゲイリーさんに手伝ってくれって言われて、それが終わったらパン屋のミーナちゃんに店の準備を手伝ってっておねだりされて、そのあとは向かいのフローおばあちゃんに朝ご飯食べていけって言われて、んでもって道で掃除してる人がいたもんでつい……」
汗を拭いながら飲み物貰いますねーとグラスに注いだ水を飲み干すクロト。
「……クロトちゃんってさ、自分の為に、ヒーローになりたいから人助けしてるんじゃなかった?」
「誰から聞いたんですかその話。まぁ、そうでしたけど」
「でもさ、昨日ヒーローじゃなくても良いみたいな話してたんじゃなかった?」
「しましたね」
「何でまたそんなに人助けしてるの?」
「いや〜、いざ頼まれるとやっぱり断りにくいというか……」
そう言って能天気に笑うクロト。
それを見てラビとルナハートはひそひそと話し始める。
(……なんか言ってたのと違くない?)
(い、いや確かに昨日は……)
(もしかしてアイツって……)
(普通にお人よし、とかですかね……?)
(……そうかもね)
「何話してるんですか二人とも」
暢気に話しかけてくるクロトに思わずため息をつくラビとルナハート。
そして大きく、大きく溜息を吐き。
「……アンタを心配した私たちが」
「……アホって話よ」
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