TNlA_04: 牛、ガソリン、他。
城南大学、史料編纂室より。
快晴。暑すぎる。
高木の鞄から謎の虫が出てくる。生物科学科に送付。
■He_03:牛
うしさんがかわいそう
1年2くみ あまだ たかひこ
ぼくはハンバーグが大すきです。
きのうもハンバーグをたべました。
でも、1月まえ、かなしいことがありました。
1月まえ、ぼくはたんじょう日でした。だから、おかあさんがとくべつなハンバーグをつくってくれるいいました。
おかあさんは「ごちそうだよ」ていって、いつもとちがうハンバーグをつくってくれました。
おとうさんも「とくべつなごちそうだな」ていってました。
ぼくは「なにがとくべつなの」てききました。
おかあさんは「本ものの、おにくなの」ていいました。
ぼくが「いつものハンバーグはにせものなの」てきくと、おとうさんは「いつもは人こうタンパクのにくだからな」ていいました。
ぼくは、はじめて本もののおにくをたべました。でも、いつものハンバーグのほうがいいなておもいました。
ぼくが「本もののおにくは、にせもののおにくとなにがちがうの」てきいたら、おとうさんは「にせもののにくは人こうで、だいずとか、ばいようさいぼおからできてるんだ」ておしえてくれました。それと「本もののにくは、うしさんからとれる」ておしえてくれました。
うしさんからとれるのはぎゅうにゅうだから、ぼくは本もののおにくはぎゅうにゅうからできるとおもいました。
それをいったら、おかあさんとおとうさんはわらいました。「ちがうの?」てきくと、おかあさんは「うしさんのからだからとるのよ」っていいました。
おにくをとったらいたいとおもうので、ぼくは、うしさんがしんぱいになりました。おかあさんに「うしさんいたくないの?」てきいたら、おかあさんは「いたくないようにしてとるからだいじょおぶ」ていいました。
ぼくは、なんかこわくなって、「うしさん、しんでないよね」てききました。おとうさんとおかあさんは、おしえてくれませんでした。でも、しんだのがなんかわかりました。
ぼくはもっとこわくなって、ハンバーグをはんぶんのこしました。おとうさんは「たかいにくなのにもったいない」とすこしおこってました。おかあさんは「もともとおにくは、しんだどうぶつからとるものだから、いまのおにくのほうがへんなんだよ」ていいました。でも、うしさんからおにくをとるのがへんだとおもいます。いたいし、しんじゃうからです。
ぼくはうしさんがかわいそうで、かなしくなりました。にせもののおにくでも、うしさんをいたくしたりしないでつくれし、おいしいんだから、ぼくはにせもののおにくでいいとおもいます。
■Ne_04:ガソリン
彼はファミレスの窓越しに若い男女を見た。
男の手前にはハンバーグシチュー、女の手前にはミックスグリルがあり、その周りを付け合わせのライスやドリンクが囲んでいる。彼は「いいモノ喰ってんなあ」と呟いた。
今の御時世、牛肉は高級品だ。市場に流通する食肉は、生活に余裕のある人々を基準として作られた食品安全基準と動物愛護法、資源リサイクル法などによって、高いところまで吊り上げられていた。また、バイオロイドや生体人工筋肉、臓器養殖といった、いわゆる新炭素工業の発達により、廃棄食品や食品工場の産業廃棄物に対する原料としてのニーズ……正確にはAMC(artificiality material creature/人工原料生物)の餌としてのニーズが高まり、クズ肉の加工品などが出回ることも稀になっている。
そのうえVRセンサリーによる仮想食感が普及したため、食肉のニーズも低下している。VRでバーベキューのアクティビティを体感しながら味蕾刺激ガムを噛むのは傍から見れば滑稽だが、外出の必要もコンロの用意も必要ないそれは、割とあっさり定着した。
新炭素工業は、牛肉風や魚肉風など多彩な合成タンパク食品を市場に送り出しているが、やはりフェイクフードはフェイクフードだ。工夫を凝らしても、昆虫の粉末やら人工魚やら培養肉やらが牛の肉になることはない。
最近は石油由来の合成アミノ酸が人工肉のクオリティを少しばかり上げているが、しかし大国や超国家企業が石油資源から手を引いて久しいため、その開発はそれほど進んでいない。200年前、衛星軌道エネルギープラントのオーデリアが出来て間もなく、当時のアメリカとロシアは主要資源の刷新を加速させると同時に、バイオプラスチックの普及も推し進めて、石油資源自体からの脱却を図った。エコロジーなどのお題目は掲げられたものの、実態は産油国への経済的攻撃だ。その目論見は見事に成功して、いくつかの産油国は財政破綻にまで至り、オービタルリングの恩恵を得やすい赤道通過国以外は、ほとんど超国家企業の農産業プラントと化している。石油を原料としたアミノ酸合成は、弱体化した産油国政府が、抱えた資源を少しでも活用すべく400年前のアクリロニトリルによるグルタミン酸ナトリウム精製技術をサルベージして編み出した苦肉の策だ。
今や石油資源は第三世界が用いるものに過ぎず、余剰過多の状況にある。それなのにニーズの低下は価格高騰を招き、日本で調達すると、コカ・コーラと比較してリットルあたり約30倍のカネが要る。
しかし石油は牛肉と同じで、“本物”だ。彼は路肩に止めていたネイキッドのバイクにまたがり、キーを回してセルモーターを起動させた。石油から精製されたガソリンが爆発する。爆音が唸り、周囲の人々――ファミレスの男女も含む――が、物珍しげに彼を見た。
電気自動車主流の現代、ガソリンエンジンを使う乗り物など、僻地を走るトレーラーやトラックくらいだ。バイクの姿勢制御システムが、サイドスタンドで傾いて立っていた車体を直立させる。
エンジンの音と振動。VRセンサリーでガソリンエンジンの感触を味わえるフローターバイク用のモジュールもあるが、しかし“本物”は違う。
大枚をはたいて牛肉を喰うように、やはり人間が人間として生きるのに“本物”は必要なのだ――彼がしょっちゅう述べる持論だ。
アクセルを軽く回し、クラッチを繋ぐ。時代遅れの骨董品が走り出した。
■Ar_04:傅きて凋残
次のニュースです。
厚生労働省は、国内貧困層の児童について、平均的な健康状態が深刻なレベルまで悪化していることを公表しました。これは経済産業省および世界保健機構の調査結果を統合したことで明らかになったものです。
収入がほとんどなくフードスタンプのみで生活している家庭では特に顕著で、そういった家庭の児童は肥満や、るい痩状態が8割を超え、栄養失調については、ほぼ100%が該当するとのことです。
フードスタンプは基本的にすべての食品と生活必需品に利用できますが、受給者のニーズは極めて安価な一部商品に集中しているのが実情です。安価な加工食品は脂質や糖質が高い一方で、ビタミンやミネラルなどの値は低く、厚生労働省は栄養剤の配給を受けるよう呼び掛けを進めています。しかし、くる病や脚気が深刻化して医師の指導を受けてから受給申告を行うケースが多く、根本的解決には至っていません。
貧困層の児童は外出の機会や日常の運動量も少なく、総合的な健康状態としては廃都の無戸籍児童よりも悪い可能性が高いとのことです。廃都は首都廃棄法の施行直後に多数の不法入国者が流入したため、特異な食文化が形成されており、ヌートリアやウシガエル、ヌタウナギなどが一般的な食肉とされていることが、無戸籍児童の健康維持に役立っていると考えられています。
所得格差は拡大する一方となっていて、貧困層と富裕層の所得格差は平均で約5000倍となっています。是正を求める声は各地から上がっていますが、先月物議を醸した経済産業省の大田大臣による「住む世界が違うんだからしょうがないでしょ」発言など、政府の対応は積極的とは言えません。
続いては、長野県のとある夫婦を直撃。作物生産の99%が企業経営となったこの時代に、個人農家を続ける理由とは?
■Xe_04: 羊頭狗肉
廃都、旧・豊海町。
打ち捨てられた運送会社の企業ビル。その会議室だった場所。
取引相手であるスカジャン姿の男は予定の23時より15分遅れて現れた。
「遅いぞ」
「カネは」
スカジャン男は非難の声を無視した。問答は無駄だと察し、右肩に下げていたバッグを錆と埃にまみれた事務机に載せ、ジッパーを開けてみせる。その中にあるのは、輪ゴムで留められたいくつかの札束だ。
「ちゃんとあるのか」
スカジャン男が問う。
「185万ある」
「ああ?」
スカジャン男は苛立たしげな疑問の声を上げた。
「200万だろ」
「じゅ、15万はヴァレンシー(仮想通貨)で払うですから」
それだけ、どうしても都合できなかったのだ。スカジャン男は舌打ちした。
「ヴァレンシーはアシが付くから駄目だ。円でもドルでもいいが、現金でないなら取引はやめだ」
しかしスカジャン男は踵を返そうとしない。まだ脈はある。膝をついて合掌し、頭を下げてみせた。
「頼むよお。無いと困るんだよお。捌いたらすぐ、おカネ入れるから」
「頻繁に合ってたら、それこそアシが付くんだよ。テメエ舐めてんのか」
後生ですから、後生ですから……と、頼み込みはするが、しかしブツもナマモノだから、スカジャン男だって早く売り飛ばしたいに違いない。
「あのなあ、情けをかけて端数を飛ばして200万なんだぞ。そのうえ支払いを先延ばしにしろってのか」
「一週間、営業できたらおカネ作れるよお。だから頼むよお」
スカジャン男は「クソ」と悪態を吐いて、携帯電話を取り出した。コンピュータゲーム用メタソーシャルサービスのアプリを立ち上げて、誰かにメッセージを送る。電話回線だと警察に盗聴されるし、一般的なメタソーシャルサービスだとハック傍聴されやすい。しかしゲームプラットフォーマーの独自開発によるサービスは、用途が限定されていることもあり比較的堅牢だ。
少しして、返事が返ってきたらしい。スカジャン男はジーンズのポケットに携帯電話をしまう。
「今日のところは185万でいいだろう。ただ、財布の中身も全部置いてけ。足りない分は来月の支払いに上乗せする」
ホッとした。2万円と100ドルが入った財布まで漁られるのは痛いが(これは事業資金じゃなくて小遣いなんだ)、これで向こう一月はなんとかなる。そう思っていたが、スカジャン男は言葉を続けた。
「そういう訳で、来月の支払いは300万になる」
今度は愕然とした。
「そんな、どうして!」
「支払いを渋る奴と安定した取引ってのが出来ると思ってんのか? ディスカウントは今月までだ。それに残りの15万と、利息を足して、300万」
しばし床を睨んで悩む。非常に厳しいが、しかし背に腹は代えられない。
「あい、わかりました。それで頼みます」
スカジャン男はカネの詰まったバッグを担ぎ、差し出した財布から1万円札2枚と10ドル札10枚を慣れた手付きで抜き取った。
「ブツは下のトラックだ。じゃあ、また来月な」
言って、スカジャン男は先に退室した。背中を見るのも気分が悪いので、5分ほどしてから自分も退室する。
冷蔵コンテナ付きのトラックは、いつもの場所に止まっていた。合鍵でコンテナのドアを開ける。
中にあるのはヌートリアの肉、鹿の肉、犬の肉、よく分からない肉、肉、肉、肉。肉だらけ。
簡単に検品する。今回は比較的、鹿や豚の肉が多いし、品質もいい。いつも混ざってるドブネズミの肉は無かった。300万円という吹っ掛けも回収を見込んでのことかもしれない。すると、奴らは自分の経済状態や用意できたカネを把握しており、それで良い肉と多額の支払いを押し付けてきたのだろうか。
モヤモヤするが、しかし仕事を続けていくには仕方がない。食品安全審査を経てない安い肉を得るには、廃都のヤクザと付き合っていくしかないのだ。正規流通の肉でやっていこうと思ったら、あっという間に経営破綻してしまう。
やるしかない。この肉を元手に、10月は諸経費込みで売上420万円を達成しなければ。
屋台店舗「レゼッティ・ケバブ」は新東京市・万博記念公園駅前広場で、年中無休にて営業中。
シシケバブやドネルサンドなど、美味しいメニューをリーズナブルな価格で提供しています。
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