TNlA_02: 犬 vs.熊、新型AP発売のお知らせ、他。

 常陸都・新東京市。城南大学、史料編纂室より。

 昨日よりの雨が本日も続く。予定の郵便物、未だ届かず。

 高木は病欠。



■Ne_02:肉

 人間における生命活動の中心を問えば、それは脳だろう。

 脳が無くては生命活動は出来ないし、人間を人間たらしめている意識も存在しえない。

 しかし、原始的な下等生物に脳は無い。それでも下等生物は生きているし、そこには人間と同様の器官――腸がある。

 基本的に、どのような生物も「栄養の摂取」なくては生きていけない。それゆえ「栄養の摂取」を行う器官=腸を、植物や一部の特殊な種を除き、あらゆる動物が持っている。

 腸を基点に生物というものを考えると、心臓をはじめとする各臓器や脳などの神経系は、腸をサポートするための器官に過ぎないと言える。

 しかし脳の発達した生物は、脳に十分な栄養と酸素が送られれば、「生存」していられる。果たして、生物の中心とは何であろうか。


 次は、身体の85%をサイボーグ化した安元氏(仮名)へのインタビュー映像からのものである。


「私は、先のユーラシア戦争で国連軍の補給部隊として派兵され、作戦行動中に敵の攻撃を受けて、身体の半分を失いました」


――社員兵士でなく、軍属だったんですよね。


「はい、日本国衛陸軍の普通科【検閲済】隊です」


――身体の半分を失ったとのことですが、85%までサイボーグ化したのは?


「最初は半分だったんです。でも、処置が遅れたり、環境が悪かったりして、どんどん」


――実際に全身サイバネとなってみて、いかがですか?


「私としては、あまり変わった感じはしていないのですが」


――あまり、ということは、多少は。


「はい。気分がずっと落ち着いている感じですね。血中成分は常に調整されていますし肉体がありませんから、空腹とか便意とか……性欲とかでイライラするみたいな、そういうのは無くなって」


――ずっと落ち着いている感じなのでしょうか?


「いえ、外的なもの、例えばアクション映画を見れば興奮しますし、残念なニュースを見れば悲しくなります。以前の私は、その、割りと癇癪持ちだったのですが、ええと、そういった自分の内から沸き出す衝動みたいなものが落ち着いた感じですね」


――周囲の反応はいかがでしょうか。


「あー……ご存知かとは思いますが、昨年離婚していまして。妻……元妻は『人が変わってしまった』と。ある時なんか、『別の人間がそっくりのサイバネ義体を着ているんじゃないの?』とまで言われましたよ。癇癪で彼女を困らせたことは多かったと思うのですが、それがあった頃の方が……良かったって事ですかね。

 元妻の両親も、私がおかしくなったと言ってました。私と会話していて、まるで機械と話しているようだって。

 今の私でも時には憤ったり悲しくなったりしますし、花を見れば綺麗だなって思います。私は変わっていないはずなんです。

 記者さん、あなたに私はどう見えますか?」


――あなたは人間ですよ。間違いない。


「ありがとうございます。そう言ってもらえて嬉しいです。時々、自分でも私が人間なのか分からなくなるんです。

 私の身体は一部の神経系以外、全部機械です。中には臨床試験のために搭載している機械もあります。考えようによっては、ロボットの身体を維持する装置として脳が搭載されているとも言える。

 今の私は、私は……本当に、人間なのでしょうか」


(安元氏はうなだれて両手で顔面を覆い、嗚咽を漏らすような姿勢を取ったが、すぐに顔を上げて、とくに表情を崩さず記者に向き直った。その後、インタビューはつつがなく進行する)



■Ar_02:犬 vs.熊

 21世紀末、地方の過疎化・高齢化は致命的なレベルとなり、それに伴って各地の田畑や山林は放置されました。

 特別措置法が制定され、権利者不明の土地が国有となり、それが巨大資本に売却されたのは22世紀前半。農業は企業が管理する集団農場として再整備され、それが今日まで続いていますが、しかし農場となったのは放置山野の一部に過ぎません。

 1世紀以上も放置された土地は木々が鬱蒼と茂り、鹿や猪、猿などは野犬くらいしか天敵が居ないため、大いに繁殖しています。まして、アライグマやヌートリアといった外来生物もすっかり定着。それらから受ける農場の食害は、数千億円規模から昨年ついに一桁繰り上がりました。

 害獣駆除を担う職業と言えば猟師ですが、今では狩猟を行うのは、暇を持て余した富裕層か、狩猟生活に人生をかけるほどのマニア、あるいはレジャーハンターぐらいとなっており、人手は絶望的なまでに不足しています。民間軍事警備会社に依頼して社員兵士を利用している農場も少なくありませんが、結局のところサラリーマンでしかない社員兵士は、出社と退社の合間に空砲を撃って回るのが関の山です。

 無人駆除機械は早くから投入されていましたが、かつて主流だったクアッドコプター型のドローンは積載性が低く、爆竹を投下して害獣を驚かせるのが精一杯であり、対費用効果としてはさしたるものではありませんでした。

 昨年、リノワ・エンタテインメント・ロボッツ社が発表したのは、そんな現状を打破する新兵器。4足ロボットの「ウォッチドッグ」です。犬型のロボットと言えば、同社の愛玩用ロボットである「ピューピー」が有名ですが、ウォッチドッグは不整地の走行と攻撃に特化しており、愛玩用ロボットではなくボストン・マッスルから提供された治安維持用ロボット技術が用いられています。

 ウォッチドッグは基本構造だけでも鹿を組み伏せるほどの性能を持っているうえ、さまざまなオプション装備を搭載できます。オプション装備はBBガンやネットランチャーといった非殺傷性のものを基本として、法適合性を度外視すればレーザーガンや高周波ブレードなども装備できるとのことです。

 ウォッチドッグが現場に投入されてから3ヶ月。農場を囲む電気柵の外側には、害獣の死骸がいくつも転がり、食害は目に見えて減少しており、現場からは喜びの声が聞こえています。


「そりゃ嬉しいですよ。丹精込めて育てた野菜が動物に食べられるのは腹立つもんですからね。あれはね、山に食べ物なんてどっさりあるのに、野菜の方が旨いからって来るんですよね。美味しくなるよう、人間が品種改良を重ねたのが野菜ですから、動物が食べても旨いわけですよ。それが、一口でも齧られたらもう商品になりませんからね。傷が付いたとか曲がったとかなら加工に回せるんですけど、齧られたのはもう、せめて堆肥にするしかできませんから。せっかく作ったのに、腐らせるだけなんて、ねえ」

(談:従業員の坂本英彦さん)


 しかし、ウォッチドッグに働きが逆に呼び寄せたものもあります。


「ワンコ(ウォッチドッグの意)が食べるのは電気だけですからね。仕留めた鹿や猪はその場に置き去りなんです。軽いものじゃないですし、ジビエつっても限度がありますから、回収や処理が滞ります。それで、最近は肉を目当てにヒグマが来るようになって」

(談:従業員の坂本英彦さん)


 かつて本州に棲息していなかったヒグマがどうして現れたのか――城南大学の研究者は、こう答えます。


「以前の気温上昇に際して、ヒグマの生息地が北上しました。それでホッキョクグマと生息地が被って、交雑種が誕生したのです。交雑種は大型化する傾向があり、当然、力も強いわけですが、それで交雑種と、その子孫のテリトリーが、原種を押し退けて、どんどん広がりました。今はもう、本来のホッキョクグマもヒグマも動物園のクローン体しか残っていません。

 ホッキョクグマは北極海の動物ですので、泳ぎが上手です。交雑種もそれを受け継ぎ、それで津軽海峡を泳いで渡れたんです。そしてヒグマが何体か本州に渡り、繁殖を始め、生息地を拡大し続けている……と、私は考えています」

(談:城南大学の松木 遼 教授)


 オーガニックフーズエンハンサー社が有する秋田県の三種農場では、ヒグマによるウォッチドッグの破壊が相次いでおり、とうとう先週には人間の死傷者も発生しました。警備を担っている民間軍事警備会社・Power4Uはこの事態を重く受け止め、リノワに特注した重武装型ウォッチドッグ、個体名「アイン」を投入しました。

 果たしてアインはヒグマを倒せたのでしょうか? CMの後は、現場からの生中継でリポートをお届けします。



■Kr_02:新型AP発売のお知らせ

2288年11月5日

株式会社 ガンズアンドロジスティクス

広報部 高松マサル


新型アモプリンタ 「ドラゴンヒートIV」発売のお知らせ


 拝啓

 時下ますますご清栄のこととお慶び申し上げます。平素は格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。


 このたび、株式会社ガンズアンドロジスティクス(以下、G&L)は、新型アモプリンタ「ドラゴンヒートIV」を発売致しました。G&Lは、アモプリンタの黎明期より“ドラゴンヒート”シリーズを提供し、各国正規軍ならびに各民間軍事警備会社の活動をサポートしております。根本から構造を見直して再設計したドラゴンヒートIVは、よりいっそう皆様の力強いパートナーとなることに自信を持ってお送り致します。


 ドラゴンヒートIVのリリースにあたりまして、制御ソフトウェアの「ホットブレス」もVer.6へのメジャーアップデートを実施しました。ドラゴンヒートIVの導入にあたりましては、ホットブレスも最新バージョンの適用をお勧めいたします。なお、このアップデートは有償となっております(旧バージョンでもドラゴンヒートIVの一部機能は利用可能です)。ホットブレスは、リノワ・ミルのマスケティアOS、扇花重工のコンバットシステム、GiganticHardyのOps-OSなどに対応しております。


○アモプリンタとは

 アモプリンタは、旧来の給弾機構に代わるシステムです。戦術支援AIとリンクさせることで、最適な弾頭および弾薬が発砲直前に生成されます。ドラゴンヒートは汎用ライフルに向けたタイプで、専用のガンモジュールのほか、AKなどに向けたコンバージョンキットもご用意しております。

 ドラゴンヒートIVでは構造の見直しにより、生成開始から発砲への時間を従来比75%まで短縮に成功しました(測定は最適な環境におけるものです)。また、以前は難しかったフラッシュバン弾が生成可能となりました。そのほか、徹甲弾の硬度が若干向上しております。


※「アモプリンタ」はPATRIOTSの登録商標です。

※アモプリンタの技術面に関するお問い合わせはPATRIOTSまでお願い致します。当社ではお答えしかねる場合がございます。

※当社はPATRIOTSより許諾された正規ライセンスに基づき、ドラゴンヒートシリーズを製造・販売しております。


○セール情報!

 リリースを記念致しまして、当社の直販サービスであるG&Lストアでは、全ドラゴンヒートシリーズのセールを開始しました。ドラゴンヒートIVは10%オフで、保証サービスの延長プラン(通常1台につき30日のところを90日まで延長)が無料となっております。旧ドラゴンヒートシリーズは、前世代の「ドラゴンヒートIII」が30%オフ、初代の廉価版である「ドラゴンヒートlite」が90%オフとなっております。ドラゴンヒート未体験のお客様も、この機会に是非ともお買い求めくださいませ。


○体験会を開催

 千葉県の習志野射爆場で、ドラゴンヒートIVの体験会を開催致します。参加には軍属もしくは民間軍事警備会社への所属が必要となっております。詳細および参加方法は、添付の別紙をご参照ください。

 今回の体験会につきまして、自由契約傭兵をしている方の参加はお断りさせていただいております。なお、自由契約傭兵を含む一般向けの体験会を、廃都(旧東京都)において別途開催する予定です。続報をお待ち下さい。


 ご多忙のところ誠に恐縮ではございますが、参加のご検討をお願い申し上げます。



■Xe_02:骨

 どうも。このセクションの管理者であります、後藤です。

 それでは、私がご案内致します。

 このセクションでは、廃棄食品や産業廃棄物、ものによっては汚泥や生分解性プラスチックまで、それを段階的に粉砕・撹拌して、液状……うちではジェルと言っているんですが、それにしています。

 ジェルは次のセクションに送られて、乳酸菌発酵処理が行われ、それが済んだら加工と乾燥。袋詰めされて、うちのはだいたいAFEさんに納品させてもらってますね。ええ、オーガニックフーズエンハンサーさんです。

 うちのはエディブローチの餌にされてるって聞きますよ。食用ゴキブリ。私は食べませんが。

 いえいえ、食べる人もいますけど、ほとんどが家畜の餌にされます。私は食べません。

 ええ、食べる人はいます。大型スーパーにでも行けば、スナック売り場にチップスがありますよ。私は絶対に食べませんけど。

 基本的に、あらゆる有機物を処理可能です。ですが、そういったものは……無機物を取り除いてくれないと無理です。金属やセラミックが混ざっていたら、機械を壊しかねませんからね。骨や歯ならいいんですが。

 はい、うちでは出来かねますので、お客様の方で。どこのお客様にも、そのようにご準備をお願いしております。

 それにしても、さすがにそういった物を持ち込まれたのは初めてですね。

 ええ、色んな物をいくつも……ですが、何ですかそれ?

 人間ならまだしも、それは。

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