東京霓虹燈群仮譚:トーキョー・ネオンライツ・アサンプション
蟹春雅暮
TNlA_01: マグロ、幻肢痛、他。
超国家企業の隆盛に国家という枠組みが形骸化し、汎用量子コンピュータ・Q'vsが人々同士や人間と人間でないものを容易に接続するようになり、空には衛星軌道施設・オーデリアを中心としたオービタルリングと、そこから伸びる軌道エレベータが昼間でも輝く時代。
かつての震災による広範囲の地盤液状化および地下水噴出、そして爆撃と海面水位上昇。それらを受けての首都廃棄法案可決によって見捨てられた廃都(旧東京都)から北におよそ60km、常陸(ひたち)都・新東京市(旧茨城県・つくば市)。
城南大学、史料編纂室より。
■He_01:明日
曇り模様だった空は、下校時間になると大粒の雨を撒き散らしていた。
「傘、持ってこなかったんだ?」
彼女はそう言って、僕を見上げた。
「予報で40%って言うからさ、降ると思ってなかった」
僕がそう言うと、彼女は「はい」と、押し付けるように自分の傘を渡してきた。
「変わる可能性があればさ、やっぱ変わっちゃうもんだよね」
そう言って、彼女は通学鞄をあさり、油性ペン程度の大きさをしたアルミの筒を取り出した。
「君が決めたことならさ、仕方ないじゃん?」
続けて言いながら、筒の側面にあるボタンを押す。超硬度カーボンナノチューブ繊維の骨が伸びて、ナノファイバープラスチック製の膜が開かれる。
「でも、知ってる? 傘の形って、18世紀から500年も変わってないんだよ」
展開された折りたたみ傘、その持ち手となったアルミ合金の筒を握り、彼女は雨の中へと躍り出た。
「変わらないことも、あると思うんだ」
彼女は少しだけ振り向いたが、膜に封じられた液晶ディスプレイに海を模した映像が表示され、そこを泳ぐナポレオンフィッシュが横顔を隠した。
そして、彼女は早歩きで去っていった。
変わらないこと、とは。
疑問を誰に言うでもなく呟くと僕も歩き出し、渡された傘を開いた。
スチールとポリエステルの、昔から変わらない傘だ。
傘布の表面で、未だに確率論でしか語れない空から落ちた雨粒が弾ける。
変わらないことはない。この雨はいずれ止み、青空の中にオービタルリングと衛星軌道プラントが姿を現す。
変わらないこともある。人間は石器時代から変わらず、喰ってクソを垂れて、繁殖して、憎み合って殺し合い、そして惹かれ合う。
今年で23世紀も終わる。人間は変化し、また変化せず、今日も生きている。
■Ne_01:軌道農業プラント
何したかったんだろうなあ俺。
特に夢とか目標とかも無く、食えりゃいいって働きはじめて、あっという間に30半ばか。
皆どうしてんのかなあ。家庭持ったり、なんかいい仕事したりしてんだろか。
なんで頑張ってんのかなあ。どういう理由があれば、何かで活躍しようって思うんだろ。
俺なんて10代からずっとトウモロコシ作ってるだけだもんなあ。
つっても、トウモロコシ悪くないけどな。このスコッチだって、元は俺が育てたトウモロコシだろ。
いい仕事したわ俺。マジでいい仕事した。
俺は俺のためにしか生きて来なかったな……そりゃ女にもモテねえか。
昔は何か、何かをしたかったような気もするんだけど。
もう、わっかんねえなあ。何だったのか。なんだったんだろう。
ああ、でも、無重力エリアで地球を見上げながら酒をやるのは、いい気分だなあ。
本当にいい気分だ。あー、くだらねえ。
■Ar_01:マグロ
次のニュースです。
近年、違法薬物を餌に混ぜることで成分を濃縮させた養殖マグロの肝臓、いわゆるツナドラッグ、通称・ツナッグが問題となっています。農林水産省や業業関係者の反発もあり、流通するマグロの規制が進んでおらず、実質的な野放し状態となっていましたが、広島県警が先日、マグロ養殖場へ初の強制捜査に踏み切りました。なお、実際の捜査はPower4U社の社員警官に委託されたとのことです。
今回の捜査においてツナッグは発見されませんでしたが、広島県警はツナッグ撲滅に向けた強固な姿勢を示しています。
これに対し、農林水産省の杉田大臣は非公式ながら「出荷や加工の手が止まり、品質に悪影響を及ぼしかねない。警察は水産業従事者にちゃんと配慮すべき」とのコメントを述べています。
ツナッグの製造には指定暴力団・南雲会などの関与も色濃いと見られており、広島県警の動きは、それへの示威行為という面も大きいようです。
ツナッグを用いたことで発生したと見られる事件・事故は年々増加傾向にあり、昨年は年間3000件を超えています。コカインや覚醒剤などと違い、乾燥ツナパウダーという親しみやすい形で流通されているツナッグは若年層が手を出しやすく、危険性が叫ばれています。
続いては可愛い動物のニュース。新上野動物園で、メガネグマのお母さんからクローンパンダの赤ちゃん4頭が産まれました。
■Kr_01:兵器
大昔、戦争ってのは男のもんだった。ビデオがホログラフじゃなく白黒フィルムの時代さ。
ライフルと短機関銃を抱えて駆け回るなんてのは、男じゃないとできないからな。
でもライフルと短機関銃は、突撃銃として統合された。ナチスは皆が大嫌いだが、その発明である突撃銃は、アメリカでもソ連でも日本でも採用された。世界中のどこにも、ナチスの発明品を使ってない軍隊なんてのは存在しない。
特に安価で頑丈なAK-47は世界中に普及した。今は単にAKって呼ばれてるやつだ……映画か何かで見たことくらいあるだろ? 金槌や傘が大昔から変わらないのと同じで、あれは300年前から基本的な構造が変わってない。
突撃銃は便利だ。狙撃も、制圧も、処刑もできるんだ。一丁あれば誰でも兵士になれる。ベトナムやアフガニスタンでは女子供すら兵士になった。
そして今はどうかと言えば、パワードスーツと戦闘支援AIとアモプリンタが、本当に誰でも兵士にしちまう。足腰立たない老人でも、立ち上がったばかりの子供でも、知的障害者でも。正確に言えば、人間の神経系をインテスカル(Integration Exoskullの略称。武装や電子システム、パワーアシストなどを統合した戦闘用外骨格)の部品にするんだ。かつては人が銃を使っていたが、今では銃に人が使われてるって訳さ……人間の神経系は、Q'vs(キューヴス。汎用量子コンピュータ)でエミュレートするよりも生身を使った方が安上がりなんだ。
だけど結局は木偶に過ぎない。機械は状況に反応するだけだからな。
まるで鴨撃ちだったよ。バン、ボーン! バン、ボーン! バン、ボーン……。
食い詰めて民間軍事警備会社に非正規で雇われているような連中を、子供から老人まで何人も殺した。
今でも夢に見る、いや、起きてる時でも常に脳裏に焼き付いてるよ。あいつらが悪かった訳でも無かったのにな。
24世紀になって間もない頃に起こったアレは、酷い悪夢だった。
■Xe_01:幻肢痛
「私、16歳の頃に交通事故で右手を潰されちゃってさ、サイバネ義手の埋め込み手術を受けたんだけど、それからずっと幻肢痛があるの。右手が痛くなって、それで義手をさすると、感覚素子マッピングは別にしていないんだけど、痛みが和らぐんだ。
不思議よね。
でねー、一昨年の新年テロ。あれに巻き込まれちゃって、手足がもうぐちゃぐちゃになっちゃってさ。
2ヶ月くらい昏睡状態だったんだけど、それから目覚めた時には、もうサイバネ手術が済んでて。右手のことがあってからドナーカード(臓器ならびに人工臓器の提供/授与意思表示カード)持ってたから、寝てるうちに手足が全部義肢になってたの。
でも、幻肢痛は右手だけなんだよね。
やっぱほら、右手は潰れる瞬間を自分で見たけど、他の手足は『気付いたら無くなってた』って感じだからじゃないかな。
他の人も一緒か知らないけど、私の幻肢痛って、記憶のせいなんだよ」
そう言って彼女は、感覚が無いサイバネ義手の左手で、痛みが疼くサイバネ義手の右手を撫でた。
薄暗いバーで、右眼の電子義眼が緑に光っていた。
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