第8話

「ちーちゃん、弓道に必要な筋トレだってちゃんとあるのよ?」



「チカくん、見せてあげてくれる?」



一体誰の事だろう、と千桜ちはるは首をかしげている。



「なぜ僕が・・・・」



「チカくんが説明すると筋肉の話ばっかりになるじゃない。」


「それに、女子に脱がせるの?チカくんのえっち~」






ぐうの音も出ないのか、副部長が準備を始める。




「いい?弓道で必要なのは・・・ブレないことよ」



副部長が上半身をはだけさせ、片手で腕立て伏せを始める。




「そのために必要なのは・・・」




副部長はブレることなく、腕立てを続ける。






「体幹ですよね」



予想に反して千桜ちはるが答える。




「あら、知ってたのね。」



「体幹は、武道で一番出てくる言葉ですし・・・・」










「その通りだ。」



副部長が体を起こして話を続ける。




「もしかして、君は武道経験者なのか?」





「・・・合気道を、昔習っていました。」




千桜ちはるの発言に驚きを隠せない周囲。




「えぇっ!?」



「やはりか。確かに、武道で利用する筋肉は通常とは違うからな。」

「筋トレが意味がないと断定するのも分かる。」



妙に筋肉に対して理解を見せる副部長。












「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」



最初に反発された先輩1号が反論してくる。



「だからって、筋トレをやらないことにはならないっすよね?」





「う~ん、そうねぇ・・・」



部長は少し考え込んだ後












「じゃあ、作っちゃおうか。特例。」





衝撃の発言が飛び出した。






「おい、火野。それはダメだろう。」



「んー、やっぱりそうよねぇ。でも、試しにやってみない?」




雲行きがかなり怪しい。





後から聞いた話では、火野部長はかなりぶっ飛んだ性格で

入部当時からいくつもの改革を成功させてきたらしい。




その話を聞いた時には、すでにその改革は経験済みだったのだが・・・・。

















「ルールは簡単。3射中1射でも的にあたれば合格よ。」


「筋トレは免除。弓道の所作の練習に入れてあげます。」



部長の言葉に胸を躍らせる新入生たち。











「ただし!合格ラインは一の黒(内側二つ目の黒い円)から内側だ。」




副部長の言葉に戦慄する新入生たち。





それもそのはず。



ほぼ中心に的中させる技術が必要かつ、的までの距離は約30mほどある。



未経験者が到達するには到底不可能な課題であった。








「チカくん。ちょっと無理難題すぎるんじゃない?」




「これを超えられるなら、皆も有望株として認めてくれるだろう?」



「そうだけど・・・・」









大方の予想通り、ほとんどの新入生が的に当たることなく


筋トレに戻っていく。









ついに千桜ちはるの番になる。



「ちーちゃん、緊張してる?」



「・・・・少し。」



「そうだよね。一応みんなにも教えてるけど、改めて。」




「弓道は8つの動作からなるの。そこは大丈夫?」



「はい。足踏みから残心までですよね。」




「うん。ちゃんと落ち着いてるじゃない。」






確かに、不思議と落ち着いている。



部長の雰囲気がなせる技なのかはわからないが・・・















深く、深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。



緊張を洗い流すかのごとく。




合気道で習った呼吸法から、弓を引いていく。






周りが静寂に包まれる。












いや、正しくは







何も聞こえなくなった。







まっすぐに的を見つめ、引き絞り放った矢は















的の中心に吸い込まれるように導かれていった。

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