Aパート 全てを疑ってかかりなさい

 しっかりと握手を交わし、元来た場所へと飛び立とうとした俺の手を、トーキング・スウィートのボーカルはもう一度掴んで引き留めた。

「わっ、とと。なんだよ!」

「一つ忠告しておくわ」

 俺の手を取った彼女は、真剣な表情をして、宙に浮かぶ俺を引き寄せて耳元で囁いてくる。

「全てを疑ってかかりなさい。敵はあの女の子だけじゃないわよ」



 目の前には夜空が広がっていた。両足についた噴射装置で浮遊しながら、俺は来るであろう敵に警戒していた。

 風もないのに髪が巻き上がり、何かが近づいてきているということが分かる。空の彼方からハウリングのような音が響き、広大な空間のどこからかUFO型の円盤が飛来する。俺は目の前に浮遊するマイクを掴みとると、それを迎え撃った。

 怒鳴りつけるように発した最初の一声に込めたのは《破壊》だ。こちらに次々に飛んでくる攻性プログラムたちは【kick】【crack】と次々と爆発し破壊されていく。その破片はぼろぼろと崩れて空へと溶けていった。

 だがUFOたちは次々とこちらへと飛来する。やがて最初のシャウトが途切れそうになった俺は、体をよじってそれを避けた。UFOはそんな俺を追尾し、無防備になった俺へと殺到してくる。

 マイクスタンドに捕まるようにして飛び回り、時に横に回転するようにしてUFOの体当たりを避けていったが、やはり全ては避けきれず、UFOはいくつも俺の体に当たってはそこにペンキのようなものを残していった。

 急加速し、一旦奴らから距離を取る。体勢を立て直した俺はUFOたちに向き直り、奴らを睨みつけた。

 大きく息を吸い込み、音を叩きつける。


『ぶっ飛ばせ! 縛り付ける奴ら全部!』


 込めたプログラムは《爆発》だ。

【kick】【crack】

【kick】【crack】

 猛スピードで近付いてきていたUFOは俺の前に出現した爆発に巻き込まれて次々と爆散していく。それを見て俺はしてやったりと口の端を上げたが、それは一瞬のことだった。

 爆発しそこねたUFOたちが煙を突き抜けて俺へと殺到してきたのだ。俺はそいつらの体当たりをすべて受けてしまい、全身がペンキ塗れになる。顔や髪からもペンキがしたたり落ち、惨めな気分になっていると、不意に目の前にLOG OUTの文字が見え、俺の意識は後ろへと引き戻された。

「シミュレーション終了です。お疲れ様でした」

 コードOの装置の扉が持ち上がり、俺はそこから立ち上がる。サングが差し出してきたタオルを奪い取り、まだ付着しているような気がするペンキを拭った。

「撃墜数18。全体の60%ですね。できればその……もう少し頑張っていただきたいんですが……」

 タブレットを操作しながらヒイラギはおそるおそるこちらを窺ってくる。その様子に苛立った俺は、思わず声を荒げてしまっていた。

「うっるせぇな! MIDIのバリアがねぇんだから仕方ねぇだろ!」

「ひぃぃ……」

 ヒイラギはタブレットで顔を隠すようにして俺から後ずさる。そんな俺の尻をMIDIはべしべしと叩いてきた。

「ハッ、それは俺なしじゃ何もできねぇって意味になるぞ? いいのかお前はそれで?」

「……チッ!」

 痛いところを突かれた俺は、大きめの舌打ちをして再びコードOへと戻ろうとする。すると今度はMIDIとサングもコードOへと歩み寄っていった。

「次は三人での連携訓練をお願いします。皆さんはまだ電脳空間に不慣れですから――くれぐれも無茶はしないようにしてくださいね?」

「うるっせぇな、わぁってるよ!」

 はひぃ、とか言いながらヒイラギはオペレーションルームへと駆けていく。

「だからそう八つ当たりするなって。格好悪いぞ?」

「イン、ヒイラギさんのせいじゃない」

「ううっ……だけどよぉ……」

 口の中でもごもごと言い訳を探してみるが、二人の言葉は確かに事実で俺は弁明を結局見つけられなかった。

「……わぁったよ。後で謝っとく」

「いいこだ。偉いぞ、イン」

 MIDIに尻を叩かれ、サングからは頭をぽんぽんと撫でられる。俺は視線を伏せて唇を尖らせ、ほんの数秒されるがままになっていたが、急にイラッときて二人の手を振り払った。

「ケツ触んなオッサン! サングも! 髪が乱れるだろうが!」

 大股で歩いていき、コードOへと乗り込む。MIDIとサングも俺の後に続いた。頭上のバイザーを引き下ろし、目を閉じる。

「それじゃあログインしまーす! 3、2、1、どっかーん!」

 甲高くて腹の立つ音声が響き、俺の意識は電脳空間へと引きずり込まれる。目の前に広がったのは先程と同じ夜空の空間だ。さっきと違うのは、俺の後ろには音を編んで作られた足場にドラムを置くサングが、隣には俺同様に宙に浮かぶMIDIがいることだ。

 二人は既に臨戦態勢に入っており、俺もマイクを掴んで奴らが飛んでくるのに備えた。

 ハウリングの音と同時にどこからかUFOたちが飛翔してくる。俺は大きく息を吸うと再び《破壊》のプログラムを奏でる。ここまでは先程と同じだ。だが俺はシャウトが終わる瞬間、MIDIへと目配せをした。

 MIDIは俺の視線を受けると、目の前に作り出したキーボードのような楽譜に手を叩きつけた。チープな音がMIDIの背負うスピーカーから流れ出し、帯となって俺たちとUFOの間に滑り込む。UFOはその《防護》のバリアに触れると、そこでぎりぎりと拮抗し始めた。

「今だ、吹き飛ばせ、ドラムくん!」

 UFOをバリアに釘づけにしたMIDIは背後のサングへとそう叫ぶ。MIDIの音に合わせて演奏を始めていたサングは、俺たちが左右に逃げ去ったのを確認すると、長くて太い《貫通》のプログラムをUFOめがけて放った。

【kick】【crack】【crack】【crack】【crack】

 バリアに殺到していたUFOたちはその一撃で次々と爆発四散し、残ったのはきらきらと輝くジャンクデータだけだった。

「すごい! お見事です三人とも!」

 オペレーションルームのヒイラギが喜ぶ声が聞こえる。まあ素直に褒められて悪い気はしない。俺が照れて頬を掻いていると、ヒイラギは平然と言った。

「それでは少しレベルを上げますね」

「あ!?」

 間髪入れず、UFO出現のハウリングが聞こえてくる。しかも今度は俺たちを取り囲むような形での出現だ。音の通りにUFOたちは猛スピードで迫ってくる。俺は慌てて音を向けようとしたが間に合わず、代わりにMIDIの《防護》が俺たちの周りに展開した。

「くっ……」

 UFOは次々とバリアに殺到し、ぎりぎりと拮抗する。しかしその物量に押し負け、バリアは徐々に狭まって――ほんの数秒後に音を立てて砕け散った。

「あっ」

 MIDIの上げた間抜けな声の直後に、殺到してきたUFOによって俺たちの体はペンキまみれになる。LOG OUTの文字が見えて、俺たちは現実へと引き戻された。

「しっかりしろよ、MIDI! テメェが守れなかったらどうしようもねぇじゃねぇか!」

「うるせぇな、俺の出力じゃあれが限界なんだよ! 音源がチープなのしか持ち合わせがねぇんだからな!」

「二人とも、落ち着いて」

 いがみ合う俺たちをサングが仲裁する。少しだけ冷静になった俺たちはいつも通り床に座り込むと、作戦会議を始めた。

「どうしてあいつらに押し負けたんだ? 今までこんなことなかっただろ」

「俺のプログラムがあのUFOどもにメタられてたんだよ仕方ねえだろ」

「……相性が悪いプログラムを当てられたってことか?」

「そういうこったよ、ドラムくん」

「だ、だったら途中でプログラムを変えるとかよぉ……」

「俺ができるのはMIDIとして楽譜を音源で出力することだけだ。多少のアレンジはできるが、基本は楽譜をなぞることしかできねぇんだよ。……時間があるならできるけどよ、即興じゃ無理だ」

 片膝を立てたままケッとMIDIはそっぽを向く。その時、おどおどとこちらの様子を窺っていたヒイラギが、膝をついて俺たちのそばにしゃがみこんできた。

「ええと、少しレベルを上げすぎましたかね? もう少しレベルを下げましょうか? 皆さんにはちょっと強すぎる相手のようでしたし……」

「ア??」

 聞き捨てならないことを言ったヒイラギを俺は威圧する。ヒイラギは小さな悲鳴を上げながら仰け反った。

「で、でしたら一つだけ私に案があるんですが……」

「何だよ、ヒイラギ」

「勿体ぶるんじゃねえよ、ヒイラギ」

 MIDIと一緒になって彼に刺々しい声色で尋ねる。ヒイラギはびくびくと怯えながらも床に正座した。

「電脳空間に存在する皆さんのアバターは皆さんとの感覚共有をある程度行っているのですが、皆さんの持つ楽器はその限りではありません。皆さんとは無関係に存在するそれを自分を庇うために使えば――」

「……はぁ?」

 言われた意味が分からず、俺は少しの間固まる。顎に手を置いて考え込み、数秒後にヒイラギに対して尋ね返した。

「つまり……ヤバくなったら楽器を盾にして逃げろってことか?」

「はい……できれば、そんな事態にはなってほしくないんですがね……」

 語尾を小さくしていくヒイラギに、急に怒りがわいてきた俺は立ち上がりかけた姿勢で怒声を上げた。

「馬っ鹿野郎! 楽器を盾になんてできるもんかよ!」

「ああ同感だ。楽器は大事にするもんだからな」

 MIDIも俺に同意し、サングもこくこくと首を縦に振る。ヒイラギはそれを見て、同意したそうな泣きたそうなそんな微妙な顔をした後、すぐにいつもの怯えた顔に戻った。

「とりあえず今日のところは、訓練はこの辺りにしませんか?」



「なあMIDI、一個頼みがあるんだけどよ」

 服を着替えてハッキングルームから出た俺は、前を歩くMIDIを呼び止めた。MIDIが振り返る。彼女の目と俺の視線がかち合った。

「作曲を教えてくれないか」

 MIDIは目を瞬かせた。俺は頬を掻いてちょっと恥ずかしくなりながら言う。

「最初に会った時、お前と歌っただろ? あれをできれば……もっとしっかりした形にしたいっつーか」

 彼女から返ってきたのは、ふぅんという声だった。肯定とも否定ともとれないその声にドキドキしていると、MIDIは急にニヤッと笑いかけてきた。

「いいぜ。教えてやるよ。だけどそれを形にするのはテメェ自身だ。振り落とされんなよ?」

 にんまりと笑みを浮かべるMIDIに俺もつられてにやりと笑う。

「望むところだ」

 にひひっと笑いあう俺たちに、後ろからついてきていたサングはふと何かに気付いた様子で俺に声をかけてきた。

「イン」

「あ? 何だよサング」

「……ギターは?」

「あっ」

 楽器を大事にすると言った口で楽器を忘れてくるだなんて恥ずかしい失態に顔を赤くしながら、俺はのしのしとハッキングルームへと戻っていった。

 ハッキングルームに戻ると、部屋の明かりはほとんど消えていた。誰もいなくなったその部屋の中をそろそろと進むと、たった一人だけ残った人影が俺のギターの前にいるのを見つけた。

 俺のギターの前に立っているのはヒイラギだった。ヒイラギはケースの開かれた俺のギターに触れようとしていた。その表情はいつもの怯えた表情とはまた別方向に曇っていて、俺は少しだけ声をかけるのを躊躇った。

「ヒイラギ」

 俺が名前を呼ぶと、ヒイラギは飛び上がるようにして驚いた。俺は足音荒く近付いて、ヒイラギを下から覗きこんだ。

「俺のギターに何か用か? ああ?」

「ひぃ! な、なんでもないです!」

 ヒイラギは悲鳴を上げて、楽器ケースを閉じて逃げるようにして部屋の外へと走っていった。

「待ちな、ヒイラギ」

 呼び止められたヒイラギはおそるおそるこちらを振り返ってくる。

「二度は言わねぇぞ」

 俺は顔を逸らしながらぼそぼそと言った。

「さっきは悪かったよ、八つ当たりしたりして」

「は、はあ……」

 どうして急に謝られたのか分からなかったのだろう。ヒイラギはどういうことかと問いかける目をしてきた。

「うるっせぇ! 二度は言わねぇっつっただろうが!」

 近くにあったパイプ椅子をがっと蹴りとばす。怯えたヒイラギは逃げ去ろうとしたが、そんな彼の逃げ道を塞ぐかのように部屋のドアは開かれたのだった。

「ああ、ここにいたんだね。ヒイラギ、イン」

「……何の用だよ、スチュアート」

「次に君たちが監査に行く会社が決まってね。詳しくは彼から聞くといい」

 スチュアートが示した先には、しゃんと背を伸ばした身長の高い男がいた。彼を見た途端、ヒイラギは顔を強張らせ、俺の後ろに隠れるように後ずさる。

「公安のミツルダです。今回は私も皆さんに同行いたします」

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崩壊メロディアス〜幼女MIDIと国家転覆〜 黄鱗きいろ @cradleofdragon

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