Bパート 音楽に強いも弱いもあるもんかよ!


「イン、イン! しっかりしろ!」

「んあ?」


 滅多に聞かないサングの焦り声に、俺は意識を急浮上させる。ゆっくりと目を開けると、コードOの縁を掴んでこちらを覗きこんでくるサングの姿が視界に入った。


「いってー……なんだこれ……」


 痛む鼻を押さえながら、サングの手を借りてコードOから立ち上がる。周囲では整備士やハッカーらしき奴らも心配そうにこちらを見ていた。


「イン。酷い顔だぞ、これ使いな」

「お、おう」


 言われた通りに顔を拭うと、タオルに血がべっとりとついた。どうやら俺は鼻血を噴いてしまっていたらしい。


「何が起こったんだ?」

「は、反撃を受けたんです! 脳にダメージを受けたインさんは鼻血を噴いて気絶して……」

「俺が聞きたいのはそこじゃねぇ。奴ら、トーキング・スウィートが何をしたってとこだ」


 それについては誰も分からないらしく、ただ沈黙して顔を見合わせるばかりだった。しかし、ただ一人MIDIだけは悔しそうに歯ぎしりをしていた。


「アニソンだ。あいつらアニソンを歌いやがった」

「ア、アニソン……?」


 俺がきょとんとしていると、隣にいたサングが少しだけ体を傾けてひそひそと教えてくる。


「アニメソングの略だ。ほら、昔の映像作品にアニメってあるだろ」

「あ、ああ! アニソンね! 俺も知ってたよ、知ってたし!」


 見栄を張ってサングを追い払う。サングはそれをひょいっと避けると、俺から一歩だけ遠ざかった。


「いいか、音楽プログラムと音楽プログラムがぶつかった時、決め手になるのは――知名度だ。アニソンは歌の中では知名度がずば抜けて高いからな」


 チメイド……?

 一瞬、漢字で変換することができずに、俺はきょとんと目を丸くする。数秒考え込んでから、首を傾げてMIDIに尋ね返した。


「つまり――アニソンは強い音楽ってことか?」


 MIDIはそれを聞いて眉間にしわをぎゅっと寄せて怒鳴った。


「馬っ鹿野郎! 音楽に強いも弱いもあるもんかよ!」

「でも実際こっちは押し負けてる」

「うるっせぇな、ドラムくん!」

「……サングだ」


 そういえばMIDIはサングの名前を呼ぼうとしていなかったな、と思いながら、俺は打開策を考え始める。MIDIは俺の隣でむっすーと頬をふくらませ始めた。


「なあ、アニソンは強いんだよな?」

「だから強い弱いがよぉ!」

「強いはず。少なくとも今回は」


 暴れようとするMIDIを背後から押さえ、サングは俺の言葉を肯定する。俺たちは先ほどと同様に床に直接座り込んだ。


「よく分かんねえけどよ、こちらもアニソンで対抗すればいいんじゃねーか?」


 俺の提案にMIDIは渋い顔をして体を揺らした。


「確かにロックでもアニソンはあるけどよぉ」

「けど?」

「俺のバンドはそういうのやらなかったからなあ……どこにそういう曲があるのかも……」


 俺のバンド、という言葉にサングは首を傾げているようだった。そういえばこいつMIDIの中身を知らないんだったな。だけど、それ以上サングは聞いてこようとはしなかったので、俺も別に気にすることでもないかとすぐに意識を他に逸らした。


 考えてみればRuinsは確かにアニソンだなんて珍妙なものに曲を提供していなかったはずだ。となると、俺の知識も当てにならないか。どうすれば――


「……イン、イン」

「あんだよサング。今考えてんだよ」


 肩を控えめに指で叩いてきたサングを振り払う。しかしサングはおそるおそるではあるが、俺の前に自分の携帯端末を差し出してきた。


「これ」


 端末の上にはホロで複雑な紋様が浮かび上がっている。俺はそれをつつきながらサングを振り返った。


「……これ、楽譜か?」

「ロックのアニソンの楽譜。探してるのこれだろ?」


 どうしてこんなものをサングが持っているのか。視線で問い掛けると、サングは楽譜の右端を指さしてみせた。


「MMROのミュージックプール定額プランに入ってるから」


 少しだけ考えて音楽著作権団体のことだと理解する。MIDIは覗き込む俺に顔を寄せて楽譜をまじまじと見た後、サングの方を振り返った。


「なんだドラムくん。お前。楽譜読めんのか?」

「いや全く?」


 首を傾けてサングは答える。長い前髪の下では何度も目を瞬かせているだろうことが分かった。俺は少しだけ不思議に思って、サングに向かって眉を寄せてみせた。


「読めないならお前、なんでこんなもの知ってんだ?」


 するとサングはカッと顔を赤くして、それから言いづらそうにぼそぼそと言葉を発した。


「お、俺も、J-POPとかアニソン、好きだから……」


 その言葉の意味を何度もまばたきをして俺は理解しようとする。しかし俺が何かサングに声をかけようとしたその時、俺の隣にいたMIDIは唸るように声を漏らした。


「ん? こいつぁもしかして……?」


 口元に手をやって考え込むMIDIに倣い、俺たちも楽譜を覗きこむ。MIDIはしばらくの間ううんと唸った後、俺たちの服を引っ張って顔を寄せてきた。


「ちょっと考えがある。耳を貸せ」


 ひそひそとMIDIは俺たちに耳打ちをする。俺たちのすぐそばでは、ヒイラギが不安そうにあわあわとこちらを見下ろしていた。


 MIDIの耳打ちの内容を聞いた俺とサングは顔を合わせ、ほとんど同時ににやりと笑った。


「それなら行けそうだな」


 立ち上がり、ぱんぱんと服についた埃を払いながら再びコードOへと向かう。俺は前を歩いていたサングを呼び止めた。


「あーそれからサング」


 サングは立ち止まってこちらを振り返ってくる。そんなサングの腰をばしんと叩いて、俺は彼に謝った。


「悪かったよ、好きなものしゃらくせぇとか言って」


 サングはほんの数瞬口を開いてびっくりしたような顔をした後、嬉しそうに口角を少しだけ上げてみせた。


 俺はずっと持ったままだった鼻血ついたタオルをヒイラギに押し付けると、コードOへと足音荒く歩み寄っていった。


「よし、もっかい行くぞ! リベンジマッチだ!」

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