Bパート 最後まで歌わせなさいよ!
VR眼鏡をつけて電脳空間へと意識を飛ばす。MIDIによる二度目の飛翔を経て、今度はすっ転ぶこともなく俺たちは目的地へと辿りついた。
「……ほとんど塞がっちまってるな」
「まあ少し時間が経ってるからな。あっちも対策はするだろうさ」
スイーツの山に空いた大穴は一メートルほどの直径を残して塞がってしまっていた。だが、サングのドラムでこじあければまた通ることもできるだろう。
俺が前奏を奏でようとピックを持ったその時、背後からサングは声をかけてきた。
「イン」
振り返ると、ドラムの椅子に座ったままこちらを見るサングの姿があった。
「あまり無理しないでほしい」
その声色には明らかに心配が含まれていた。だけど俺はニッと笑ってそれを笑い飛ばした。
「馬っ鹿、俺が無理しない時が今まであったか?」
行くぞ、と俺はスイーツの山へと向き直る。この曲は前奏が長い。歌で攻撃ができない分、サングのドラムとMIDIの伴奏で最奥までたどり着くしかない。俺は今まで以上に足を踏ん張り、サングの音を待った。
少しの躊躇いの後、背後でサングがスティックを振り上げる気配がする。直後、振り下ろされたそれによって、弾けるように音が奏でられ、俺たちの目の前には大穴が空いていった。
「よし、飛ぶぞイン! 振り落とされんなよ!」
「望むところだ!」
足首に巻き付いた音の波動が噴射口となって俺たちの体を持ち上げる。俺はそれに踏ん張るようにして身を任せ、MIDIとともにスイーツの山の中へとすっ飛んでいった。
ドラムの音は遠ざかっているはずなのにやけにはっきりと聞こえる。お菓子の柱を避けながら、攻性プログラムを振り払いながら、俺たちは最奥を目指す。
マカロンからのビームを避け、MIDIの伴奏が作り出した光の矢がマカロンどもを串刺しにしていく。最奥のステージで待っていたのは、やはりトーキング・スウィートの奴らだった。
「またやってきたのね、GGG。さっさと負けを認めたらどうかしら?」
数十分前にやってきた時と同様に、トーキング・スウィートの周りはアニソン仕様の舞台となっていた。
俺がマイクを構えるのと同時に、トーキング・スウィートどもも身構える。俺たちは息を吸い込み、音を発した。
『白猫さんと兎さん 今日も二人で喧嘩中?』
『揺れろ揺れろ この気持ちを消す前に!』
叫ぶように最初のワンフレーズを歌う。トーキング・スウィートの発したファンシーなぬいぐるみたちが、俺の発した熱された楽譜の奔流に呑まれ、歌同士は拮抗する。
「俺たちが何も考えずにこの曲を選んだと思うなよ!」
次のフレーズを歌おうとした時、トーキング・スウィートは唖然とした声を発した。
「まさかその曲……アンタたちもアニソンを!?」
にぃっと笑い、俺はマイクを構えた。
『思い出はさよならの言葉程度のもので消えていく! 俺たちはいくさ場の只中に置き去りにされる!』
言葉は歌となり、物量となってトーキング・スウィートへと襲い掛かる。それを受け止めたのは奴らの歌が生み出した猫の着ぐるみだった。
「負けるもんですか! こっちだって――」
キーボードが指を思い切り鍵盤に叩きつける。直後、奴らの歌が俺たちに襲い掛かってきた。
『なかないで きっとあの子とも仲直りできるから(ニャンニャン!)』
『銃声の聞こえるこの場所で 俺たちはきっとまた巡り合えるから!』
拮抗していた俺たちと奴らの歌は、やがてぎりぎりとこちらが優勢になり、パリンという音とともに奴らの音は砕け散った。奴らを襲った俺たちの歌は、辛うじて奴らのギターとベースの発した楽譜の帯によって受け止められる。
「な、なんで……」
自分が押し負けたことが理解できなかったのか、トーキング・スウィートのボーカルは一歩後ずさる。俺はそれを見て胸がすく思いがして、奴らに向かって中指を立てた。
「見たか、トークング・スウィート!」
キッとこちらを睨みつけてくる奴らに舌を出しながら言い放ってやる。
「こいつはテメェらのようなエンディングテーマじゃねぇ! ――オープニングテーマだ!」
マイクを掴みとり、歌を叫ぶ。トーキング・スウィートも慌ててそれを迎え撃った。
『命燃え尽きて屍になり果てたとしても それがきっとお前の幸せなんだろう!』
『ああだめそんなのじゃ変わらない 猫さんたちは震えてる(ニャンニャン!)』
俺たちの歌はぶつかり、拮抗を始める。徐々に俺たちGGGの歌が優勢になっていくのを見て、トーキング・スウィートは歯ぎしりをして叫んだ。
「押し負けて、たまるもんですかぁ!」
余裕が一切感じられない表情で、ボーカルの少女は腕を横に薙ぐ。
「イルカちゃん! いる!?」
その瞬間、彼女の横にポップアップしたのは、ピンク色をした、妙に解像度の低いイルカのアバターだった。
「演算お願い!」
「はいはーい! おっまかせくださーい!」
イルカはくるんと宙を泳ぐと、舞台の周囲に円形の演算式をいくつも浮かび上がらせた。演算が進み、レーザーポインタが俺たちをぴたりと狙う。俺は咄嗟に足の噴射口を動かして飛び退った。
『ほらほら猫さんたち合唱の時間よ! ニャンニャニャン!(ニャンニャニャン!)』
着ぐるみを脱ぎ捨てて、その中からガトリングを構えた黒猫たちが飛び出てくる。ガトリングの銃口は全て俺たちに向いており、激しい銃声とともに銃弾がこちらに向かって射出されてくる。
「っぶねぇ!!」
「クソッ!」
空中を転がるように回転し、ギターに捕まる形で宙を飛びまわる。MIDIにもガトリングの銃口は向いていたが、こちらはスピーカーから流れ出す音楽によって壁を作って防いでいた。だが、徐々に後ろに押されているようだ。長くはもたないだろう。
文字通りの銃弾の雨を高速で避けながら奴らを見下ろし、ふと俺は気付いた。
あんなに軽い調子の歌を歌っているというのに、奴らの目は爛々と輝き、首筋には汗が滲んでいる。飛びまわる俺の姿を指で追いながら、こちらを睨みつけてくるその顔は真剣そのものだ。
――あいつらも魂を削って歌っているんだ。
そう気付いた瞬間、俺の中の何かが燃え上がる思いがした。
「……なら、それに応えてやらねぇとな」
『猫さんの合唱隊 私たちを狙ってる(ニャニャン!)』
『亡骸晒すならせめて意味のある死を祈ろうか』
『ニャーンニャーンニャニャーン!』
『銃声を後ろに聞いて それでも前を向いて生きたお前の姿を!』
お互いに音程なんて忘れてがなり立てる。もうほとんど叫び声に近いそれは宙でぶつかり合い、ぎりぎりと拮抗する。楽譜の帯が干渉し合い、境目で火花が散った。
「うおらぁッ!」
「わあああッ!」
もはや音楽なのかも分からないその音同士はぶつかり、伴奏に乗って真っ直ぐに互いを仕留めようとする。楽譜がデタラメに重なって不協和音が響く。俺たちは目を血走らせ、それでも何故か口元は笑いながら音をぶつけ合った。
やがて――音の帯は徐々に片方へとにじり寄っていく。トーキング・スウィートの奏でる音楽はゆっくりとひび割れていき、そこをこじ開けるようにして俺の音楽は侵入していった。
鋭い矢のように奴らの音楽をぶち抜いた俺の音楽は、ボーカルの髪を掠めて背後の壁へと突き刺さる。貫かれた場所から壁はどんどんひび割れ、やがて轟音を立てて崩れ落ちていった。
「そん、な……」
ボーカルの少女が膝から崩れ落ちる。他のメンバーたちも崩れ落ちていく背後のプログラムたちを呆然と見つめていた。
唐突に俺たちへの通信が入ったのはその時だった。
「機密情報抜けました! お二人とも、撤退してください!」
声の主であるヒイラギは嬉しそうな声でそうやって報告してくる。俺はヒイラギのいるであろう斜め上を見て、それからトーキング・スウィートたちを見て――マイクを再び構えた。
「な、何してるんですか、インさん!」
撤退する気配のない俺に、ヒイラギは困惑の声を上げる。だが俺は傍らにいるMIDIと後方にいるサングへと声を張り上げた。
「MIDI! サング! 演奏を続けな!」
「……ハッ、なるほどな! 行こうか、アンコールだ!」
すぐにMIDIもサングも、そして――トーキング・スウィートの奴らも俺が何をしようとしているのかを理解したようだった。
トーキング・スウィートはこちらを見据え、再び音楽を奏で始める。こちらもMIDIとサングの演奏が響き始めていた。そんな俺たちの間に水を差すように現れたのはピンク色のあのイルカだった。
「ト、トーキング・スウィートちゃん! もう勝負は決したんですよぉ! もう歌わなくても――」
「うるっさいわね、クソイルカ! 最後まで歌わせなさいよ!」
「きゃー」
気の抜ける叫び声を上げながらイルカはログアウトしていく。ボーカルの俺たちは向かい合い、再び声を張り上げはじめた。
『喧嘩なんてばかばかしいと思うかしら でも私たちには大問題なのよ(ニャンニャン!)』
『最期の声は届いているか いくさ場に響いた末期の声を!』
『白の尻尾も黒の尻尾も 全部私たちのものだから(ニャニャン!)』
『誰も、なんて絶望に苛まれるか!』
『合唱隊さん ごめんなさいね 私たちにはこれが日常(ニャンニャン!)』
『ブリキのおもちゃが俺たちを追いたてる!』
『だから私たち 何度でも喧嘩して 何度でも仲直りするの(ニャニャン!)』
『揺れろ揺れろ 俺の想いを消す前に!』
『いつまでも!』
『いつまでも!』
偶然にも同じフレーズを歌い切り、俺たちの目の前に広がっていた音楽の膜は同時に砕け散る。それが意味するのは、俺たちの歌は引き分けたということ。
歌い切った俺はぜえぜえと肩で息をして、トーキング・スウィートたちも崩れかけた舞台にへたり込んでしまいそうな顔をしていた。
「……MIDI」
「あ?」
「先に戻っててくれ」
疲労困憊といった体のMIDIは俺が何をしようとしているのか分かったらしく、俺の肩をぽんぽんと叩くと先に飛び去っていった。
俺は噴射するエネルギーを調節し、彼女たちの舞台へと降り立った。そして床にへたり込んでぐったりと俯くボーカルへ声をかけた。
「おい」
「な、何よ」
俺は若干の気恥ずかしさを感じながら、あさっての方向を向いて頬を掻いた。
「その……、J-POPとかガールズバンドとかしゃらくせぇと思ってたけどよ」
言葉を切ったが、いつまでもそのままでいるわけにもいかない。俺は意を決すると、トーキング・スウィートのボーカルへと手を差し出した。
「いい音だったぜ、トーキング・スウィート。また一緒にライブしようぜ!」
ボーカルはほんの数秒俺のその手を見上げた後、すぐに好戦的な笑みを浮かべると、俺の手を乱暴に掴んできた。
「望むところよ。次は負けないんだから!」
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