Aパート 切断しろイン!○○○○だ!

 MIDIが右手を横に薙ぐ。無数の楽譜線がMIDIの足元から溢れ、俺たちの周りにも浮かび始める。


「じゃあまずはド直球に《破壊》といこうか」


 十を超える楽譜線に不規則な円形や曲線で構築された音符記号が走り、聞き覚えのある旋律と歌詞が脳味噌に直接たたきこまれていく。この曲は知っている。何度も何度もヘッドホンで聴いたRuinsの曲。


「それが『アンチ・スタビライザー』の歌い出しだ! 歌いな、イン!」


 大きく息を吸い込み、肺を膨らませる。歌える。擦りきれるほど聞いた大好きな曲を、今度は自分が歌えるんだ。笑みとともに吐き出された歌声は、勢いよく喉を震わせた。



『その足で立て、拳を握れ、殴り飛ばせ、全てを!』



 俺を中心にして、目の前のスイーツの壁に【kick】の文字が張り付いていく。【kick】はすぐに【crack】へと表示を変え、爆音とともにmp3スイーツの壁は崩れ去った。


 弾けとんだ壁の破片が消え、音の余韻が消える頃には、壁面には目視で半径5メートルほどの大穴ができていた。MIDIは舌打ちをした。


「チッ、足りねえか……アレンジするぞ!」


 後ろに背負うスピーカーからチープな伴奏を轟かせながら、MIDIは周囲に浮かんだ楽譜の上に指を滑らせる。ほぼ同時に複雑な紋様がサングの周りの楽譜へと浮かび上がる。


「ドラムくん! 今送ったのが《貫通》のリズムだ!」


 サングは前髪の下の目をギラつかせながら、スティックを叩きつけ始める。


「ぶっ放せ!!」


 MIDIの号令とともに、サングは一際強くスティックを振り下ろす。サングの周りに浮かんでいた楽譜から音符記号が怒涛のごとく噴きだし、俺が抉った壁の中心に激突する。するとmp3スイーツの壁は文字通りお菓子のように簡単に抉れ、奥まで続く道を俺たちの前に作りあげた。


「行くぞ、イン」

「おう、望むところだ!」


 俺とMIDIの体は浮かび上がり、サングの作り出した穴へと飛び込んでいった。俺とMIDIの足首には楽譜が巻き付き、そこから噴射される力によって俺たちは穴の中をミサイルのように飛んでいく。徐々に自己修復をしていくスイーツの壁はMIDIの纏う楽譜の光によって押し固められていった。


 穴の中を錐もみ回転して飛翔し続けると、すぐに広く開けた場所へと出た。バベル社のプログラム内部は、外壁と同じようにスイーツでできていた。


「ここからは何をすりゃいいんだ!」

「さぁな! 俺もどこを狙えばいいのかまでは分からねえ!」


 堂々と言い放つMIDIにギョッとした視線を向ける。その直後にどこからかヒイラギの呆れたような声が聞こえてきた。


「だからその説明を先にしようとしたんじゃないですか……」

「うるせえなヒイラギ! さっさと教えやがれ!」

「は、はいぃ! いいですか皆さんの目の前に大きなプログラムがあると思います。機密情報はそこにあると思うので、そこを削って中の――攻性プログラム接近! 二人とも、応戦してください!」


 ヒイラギの焦った声が響き、直後にどこからか複数のマカロンが飛来した。マカロンの周りには目に見える形で楽譜がぐるぐると回っており、既に臨戦状態のようだ。


「よく分からねえが音楽でぶん殴りゃいいんだな!?」

「はい! 歌ってください、インさん! MIDIさん!」


 マカロンから音符記号の形をしたビームが射出される。俺は飛翔してそれを避けると、体勢を立て直して目の前に浮かぶマイクを掴みとった。



『岩礁に乗り上げた ドでかい船を お前は笑っているか!』



 吐き出された言葉が旋律になり、歌になり、力になって、浮遊するマカロンたちに襲いかかる。マカロンの表面に【kick】のラベルが次々に張り付き、すぐに【crack】の文字へと変わり、マカロンは爆発四散する。


 その破片を浴びて目を一瞬閉じた隙に、目の前に現れたのは十数本の棒菓子だ。最初は滑空していたチョコレートのついた棒菓子の先端は、俺を捕捉したのか一斉にこちらを向き、つぎつぎと勢いよく射出されてきた。


「あっぶねぇ!」


 毒づきながら間一髪で避けていくも、壁際に追い詰められた時、上着の裾を棒菓子によって縫い付けられてしまった。


「うおっ」


 その隙をつかれて俺の服は次々と棒菓子によって縫い付けられていく。そして身動きの取れなくなった俺の前に数本の棒菓子が飛来して、俺の体を貫こうとした。


 その衝撃を思って俺は咄嗟に目を閉じる。しかし、襲ってくるはずだった痛みは俺に訪れず、目を開けてみると、そこでは楽譜線がバリアになって俺を守っていた。


 直後に楽譜が俺を包み、棒菓子はぼろぼろと崩れ落ちていく。


「何やってんだノロマ!」

「あ!? うるせぇぞオッサン!」


 頭上から聞こえてきた罵声に反射的に凄み返す。見上げるとそこにはスカートを気にせずに空中に片膝を立てて構えるMIDIの姿があった。


「いいから歌え! 歌を切らすな!」


 ハッと冷静になった俺は、マイクを乱暴に掴む。そびえ立つ飴細工の柱の向こう側から、再びマカロンが接近している。



『それは俺だ 海なんぞから逃げ出したかった 俺自身だ!』



 怒鳴るように歌えば、網のように楽譜が生まれ、そこに引っかかったマカロンたちに【kick】のラベルが貼られていく。


 【crack】と爆発するそいつらを無視して、俺は壁際から飛翔する。しかしマカロンたちは隊列を組んで次々と俺の前に現れてくる。右に、左に、転がりまわるようにして前進し、俺はそれを紙一重で避けていく。


 体勢を立て直したところで、何度も歌と伴奏でそれらを撃ち落していったが、やはりどこからか奴らはやってくる。俺は歌の合間に毒づいた。


「クソッ、キリがねぇ!」

「イン! 大元を叩くぞ!」


 俺同様、マカロンどもに追われていたMIDIと合流し、俺たちは奴らがやってくる方向へと飛翔した。マカロンたちは今までより激しく俺たちを襲ったが、MIDIは伴奏の音量を上げる。俺たちの足についている噴射口からはさらに激しく音符記号の奔流が溢れだし、俺たちはどんどんと加速していった。


 マカロンの群れを振りきって、並び立つ飴細工の柱の隙間を縫って飛んでいくと、プログラム空間の最奥にとある集団が楽器を構えてこちらを迎え撃とうとしているのが見えた。


「トーキング・スウィート……!」

「また会ったわね、名無しのバンドさん。まさかあなたたちが攻めてくるとは思わなかったわ」


 出会った時同様、奴らのリーダーがこちらをせせら笑ってくる。俺は宙に浮かんだまま斜め下にいる奴らに叫んだ。


「名無しじゃねぇ! 俺たちはGGGだ!」

「GGGぃ? だっさい名前!」

「そんなので売れるとでも思ってるのかしら!」

「ああん!?」


 聞き捨てならないことを言われ、俺は咄嗟に凄む。しかしトーキング・スウィートはその隙に俺たちを狙って演奏を開始した。



『甘い甘い それだけじゃないの 私たちは』



 前奏もなしに歌声が飛び、キーボードの上を指が走る。ギターがピックを振り下ろす寸前に、俺はMIDIに腕を掴まれ、紙一重のところで目に見える形になった音の波を避けきった。


「馬鹿イン! 何、奴らに隙見せてんだ!」

「い、今のは仕方ねぇだろ!」


 斜め上でスカートを靡かせるMIDIに言い訳をしながらも、俺は空中で体勢を立て直し、殴りつけるようにして歌った。



『俺の足は ぺらぺらに萎えている! だけど俺は立つ!』



 音符記号の乗った楽譜が帯になってトーキング・スウィートを襲う。しかしトーキング・スウィートはそれをいなし、さらに俺たちに対して歌い出した。



『チョコレートみたいに溶けて あなたの舌の上に乗るの』

『その足で立て 拳を握れ 殴り飛ばせ 全てを!』



 がなり立てるようにして俺もそれを迎え撃つ。MIDIの作り出した伴奏の楽譜の上に声を乗せ、相手へとぶつけようとする。奴らの吐き出した楽譜帯と俺たちの生み出した楽譜帯がぶつかり、ぎりぎりと拮抗した後、弾けるようにして消滅した。


「ハッ、互角ってとこか?」

「ふふっ、それはどうかしら?」


 奴らのボーカルが上品に俺たちを鼻で笑う。俺はまた頭に血が上って奴らに突進しようとしたが、MIDIから流れ出た楽譜帯によってそれは阻まれた。


「挑発に乗るなつってんだろ!」

「だってよぉ!」


 俺たちが口論しているうちに、トーキング・スウィートのボーカルは手を上げて、勢いよく振り下ろした。


 直後に奴らの立っていた舞台の背面がぼろぼろと崩れ、スイーツとはまた違った波打ったような模様が印象的なファンシーな見た目へと姿を変えた。


「新しいmp3プログラムか? んなもん今更怖くな――」


 吐き捨てるように発せられたMIDIの言葉が途中で途切れる。見上げるとMIDIは奴らを注視し、様子を窺っているようだった。


 キーボードと軽快なドラムの音が聞こえてきて、俺は奴らへと目を戻す。そのリズムは明らかに今までのものとは違い、楽譜の膜で守られながら俺は警戒を始める。


「曲が変わった……?」


 キーボードに指が叩きつけられ前奏らしきものが終わる。その直後にギターとベースが掻き鳴らされるのと同時にそれは姿を現した。


「みんなー! 元気かニャンー!?」

「……は?」


 それは猫だった。正確に言えば猫人間だった。もっと正確に言うならば、耳の下に鈴をつけた二足歩行の白猫だった。


 けったいな姿をしたそれは、腕をぶんぶんと振りまわすと俺たちに向かってきゃるんとポーズを取った。


「今日も元気にニャンコ体操始めるニャン! ニャンニャン! ニャニャン!」


 白猫の合図とともに、トーキング・スウィートのボーカルがマイクを手にする。息を吸い込み声を発しようとした寸前、MIDIの焦った声が後ろから聞こえてきた。


「やべぇ! 切断しろ、イン!」



!」



 歌とともに飛んできた猫の肉球らしきものに咄嗟に反応できず、顔面にモロにそれを食らう。顔が仰け反り、体は吹っ飛ばされる。


 LOG OUTの文字が一瞬見え、俺の視界は真っ暗になった。

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