Aパート どいつもこいつもAばっかりじゃねぇか!
トーキング・スウィートは19歳の俺よりも少し幼い少女たちで構成されているようだった。ふわふわの服をまとった彼女たちは階段から降りてくると、全体的に低身長だというのに、低い位置からこちらを見下してきた。
「あなたたち、他のレーベルのバンド? 名前は?」
俺が答える前に、ヒイラギは慌てて俺たちを紹介し始めた。
「ああ、ええと、彼女たちはアクセルレコード所属の――バンド名なんでしたっけ?」
「そういや決めてなかったな」
「ホントだ。後で決めるか」
顔を見合わせて言い合う俺たちを、トーキング・スウィートの面々はせせら笑う。
「バンド名も決めてない初心者がどうしてこんなところにいるのかしら」
「ホントにねー。君たちみたいな初心者がここで歌えるわけないじゃん?」
「あ? あんだって!?」
あからさまな挑発に、俺はわざと下から覗きこむように奴らに凄んでやる。腹を立てたのはMIDIも同じのようで、MIDIはつかつかと彼女たちに歩み寄ると、フリルのついたその服を下からじーっと見上げて、指をさして宣告した。
「
「ああん!?」
無情な宣告を受けたトーキング・スウィートの面々は、一斉に顔を歪めてMIDIに怒りの眼差しを向ける。しかしMIDIは全く怯まずに、さらに彼女たちを煽った。
「なーんだよ、どいつもこいつもAばっかりじゃねぇか! ここはAカップ製造会社なのかぁ? Aカップめん製造会社なのかぁ??」
「なんだと!?」
「このガキィ……!」
「や、止めてください、MIDIさん! 確かに彼女たちは小さいですけどぉ!」
「おいそこのテメェ、ちょっと表出ろ」
余計なことを言ったヒイラギに一気に怒りの矛先が向き、ヒイラギはひぇぇと情けない声を上げて腕で顔を隠す。バベルレコードの社員らしき男は、そんなヒイラギに微笑ましい目を向けてから、彼女たちを改めて紹介した。
「彼女たちは『トーキング・スウィート』。主にJ-POPを歌うガールズバンドですよ」
「なんだあいつら、なんだあいつら!!」
アクセルレコードの廊下を足音荒く歩きながら、俺は行き場のない怒りを言葉にする。
「何がガールズバンドだ! 何がJ-POPだ! しゃらくせえ!」
俺の言葉に、ヒイラギと何故かサングがびくっと肩をすくめる。ヒイラギは俺をなだめようと、両手をこちらに向けながら俺に追いついてきた。
「まあまあ、いいものですよ。ガールズバンドやJ-POPってものも」
「あ!? ヒイラギ、テメェどっちの味方なんだよ!」
「ひぃ! すみません!」
また余計なことを言ったヒイラギに八つ当たりをして、俺は乱暴にハッキングルームの扉を開ける。勢いよく開け放たれた扉をあわあわと閉めるヒイラギを横目に、俺は部屋の床にドカッと座り込んだ。
「バベルレコードの監査への協力は得られませんでした。よってあなた方にはここでハッキングの準備をしていただきたいのですが……」
「待ちな、それより先にやることがあんだろ」
床に胡坐をかきながら、俺は他のメンバーにも座るようにジェスチャーをする。
「バンド名だ」
MIDIは片膝を立てて床に座り込む。MIDIの向かいに、何故か彼女のスカートあたりから目を逸らしながらサングも座った。
「そういや決めなきゃいけなかったな」
「ええっ、それ今じゃなきゃダメなんですか!?」
「決めないと締まらない」
「その通りだぜ、サング。ヒイラギはちょっと黙ってろ」
「はひぃ!」
睨みつけてやると、ヒイラギは情けない声を上げて後ずさった。
「何がいいかな。俺たちなんだ! って分かりやすいのにしたいよな」
「俺たちらしいものか……ARMSとかどうだ?」
「『武器』かあ……ちょっとありきたりじゃねぇか? EDGEは?」
「それこそありきたりじゃねぇか。なんかもっと俺たちらしいものをな」
やいのやいのと言いあう俺たちだったが、五分経っても十分経ってもなかなかバンド名は決まらなかった。そんな時、俺の肩をちょんちょんとサングはつついてきた。
「あ? なんだよ、サング」
「GGGとか……」
「ほー、何かの略か?」
サングは自分とMIDI、それから俺を順々に指した。
「Geek」
「Gimmick」
「Girl」
最後に指さされた俺は自分で自分を指しながらサングに首を傾げる。
「で、GGG?」
サングはこくりと首肯する。
「GGG。GGGか……」
「いいんじゃねぇか? 俺たち三人の個性が入っててよ」
「そうだな! じゃあGGGでいこう! お前ら異論はないか?」
MIDIもサングも首を縦に振る。俺は後ろでおどおどと俺たちの様子を窺っていたヒイラギを振り返った。
「ってわけだ。待たせて悪かったな、ヒイラギ」
「い、いえ、確かに識別上でもバンド名は大切ですし……」
しきりに黒眼鏡を気にしながらヒイラギは答える。そして、俺たちを立ち上がらせると、ハッキングルームの奥にある機械へと誘導した。
「これが皆さんに使っていただくコード・
シェル型の椅子を目の前にして、俺は不満を込めてヒイラギに凄んだ。
「あ? 音楽をやるんじゃねぇのかよ」
「ひぃぃ! え、えっとですね、皆さんがやるのは電脳空間での演奏です。VR眼鏡だけでいいと思われるかもしれませんが、かなり変則的な動きをしていただくことになるので、こういった形にしているんです」
「ヘンソクテキだぁ?」
「変わったやり方って意味だ、イン」
「わぁってるよ、んなこたぁ!」
「ハハッ、どうだか」
げらげら笑うMIDIを睨みつけ、ヒイラギへと視線を戻す。
「で? ヘンソクテキがなんだって?」
「は、はい、皆さんにはこのコードOに乗って電脳空間にダイブしていただきます。その際に音楽で周囲のプログラムに影響を与えるのですがこの時に気を付けてほしいのが――」
つらつらと説明を始めたヒイラギを俺は半目で見つめる。隣のMIDIも半目になってそれを聞いている。唯一サングだけは真剣にヒイラギの話を聞いているようだった。
一分経ち、二分経ち、終わる気配のない話にうんざりしてきた俺とMIDIは体を徐々に傾けて、それからヒイラギに言い放った。
「説明が長い。さっさと始めんぞ」
「同感だ。体で覚えようぜ」
「ええっ!? ちょっと待ってくださ……」
俺たちを止めようとしたヒイラギの肩を、とんとんとサングが指で叩く。
「多分、言っても無駄」
「そうかもしれませんけどぉ……」
ヒイラギの制止から逃れた俺たちはコードOに乗り込み、頭上にあったバイザーを目に装着した。多分これを使うのだろう。
MIDIとサングもまた装置に乗り込む。装置の蓋が閉まり、妙にウザったい機械音声が聞こえてきた。
「ハイハーイ! じゃあログインしますね、
楽しそうなその声にイラッとしながら俺は目を閉じ、次の瞬間には妙な空間に放り出されていた。
そこは何もない場所だった。
いや、正確には何もないわけではない。俺たち三人の足元には足場らしきものがあったし、周囲にはビルのような結晶のようなものが積み上がっている。それらの表面にはうっすらと、楽譜らしきものが絶え間なく走っているようだ。
「アーアー、聞こえてますか、皆さん?」
「ヒイラギ?」
「もう、こっちにも準備ってものがあるんですから、次からは勝手にダイブしないでくださいよ……?」
弱々しく進言してくるヒイラギにほんの少しだけ申し訳なさを覚えながらも、俺は声を張り上げる。
「で? ここからどうすりゃいいんだ、ヒイラギ!?」
どこかから聞こえてくるヒイラギの声は小さく悲鳴を上げ、それから結晶体を指す矢印をポップアップさせた。
「皆さんの目の前にあるその結晶体はmp3言語で書かれたプログラムです」
こんなものがプログラムなのか。俺が結晶体を物珍しそうに見ていると、ヒイラギはこちらに指示を飛ばしてきた。
「何でもいいので音を出してみてください」
言われた通りに、いつの間にか持っていたエレキギターの弦をピックで弾く。すると、プログラム上にとある文字が張り付いた。
【kick】
張り付いた文字は直後に別の文字列へと変わる。
【crack】
パキン、と音がして、プログラム結晶にひびが入る。ひびは一気に全体に広がり、プログラムは崩れ落ちてしまった。
「なるほどね。こういう仕組みか」
要は音を奏でて今の文字列を張り付けていけばいいのだ。俺は口の端を持ち上げた。
「よし! このままハッキングに行くぞ!」
「ええっ!? ちょっと待っ――てはくれませんよねぇ……」
諦めきった声が頭上から響いてくる。次いでため息も聞こえてきた。
「……分かりました。全力で補助しますのでぶっつけ本番でいきましょう」
どうやらヒイラギの腹も決まったらしい。MIDIとサングを振り返る。二人は既にドラムとホロのスピーカーを構え、準備万端のようだ。
「目標座標を送ります。そこに向かってください」
ほぼ同時に俺たちの前に数列がポップアップしてくる。だが、何が何やら分からない。
「おい! 向かうってどうやってだ!」
「し、知りませんよ! とにかく飛んでください!」
「はぁ!?」
「……しっかり掴まってな、二人とも」
振り返ると、MIDIは俺たちが立っている足場へと手の平をつけて前を向いていた。
「飛ぶぞ」
ぐんっと体が前に引っ張られる感覚があって、俺たちはMIDIと一緒に飛翔していた。俺は必死でギターを落とさないように掴んだが、ふとサングを見るとドラムが勝手に後ろについてきていたのでどうやらその心配は必要なかったらしい。
だんだん速度を上げて、俺たちは妙に暗くて狭い道へと飛び込む。さっきのがアクセル社のプログラムだとして、今はネット回線を伝って他社のプログラムへと飛んでいるのかもしれない。
そう思い始めた頃、俺たちは明るい場所へと放り出され、足場らしき場所に頭からすっころんだ。
「うぎゃっ」
「ふぐっ」
顔をさすりながら振り返ると、どうやらサングも顔から足場につっこんだようだ。そんな俺たちの横にふわりと降り立ったMIDIは俺たちを見て鼻で笑ってきた。
「ハッ、なっさけねぇ面さらしてんな! ギャハハ!」
「あんだとテメェ!」
「……イン、ここで喧嘩はまずいと、思う」
「そうですよ! 煽りあいなら帰ってからしてください!」
「ああ!?」
頭上から響いてきたヒイラギの声に、俺は凄んでみせる。画面越しではあまり怖くないのか、それとも画面の向こう側で冷や汗を拭っているのかは分からなかったが、ヒイラギはすぐに矢印をポップアップさせて俺たちに説明を始めた。
「それが皆さんが今からハックするバベル社のmp3セキュリティです」
矢印の方を見て、俺は息をのむ。俺たちの前にそびえ立っていたのは、一言で言うならば巨大なスイーツの山だった。薄いピンクや黄色を基調としたマカロンに、まるで槍のように突き刺さっているチョコレートの棒菓子、壁面にはドーナツやチョコ菓子が貼り付けられ、甘ったるい匂いが漂ってきそうだ。
ヒイラギは矢印をもう一つ増やし、スイーツの山のとある部分を指してきた。きっと、ここを狙えという意味だろう。
「いいですか、皆さん。限りなく噛み砕いて言うのであれば、ドラムは主砲、ギターとベースは観測手、ボーカルは小型戦闘機です」
――シュホウ? カンソクシュ?
俺は姿の見えないヒイラギに向かって腕を振り上げてキレた。
「分かりづれえ! もっとまとめろ!」
「はひぃ! つ、つまり、ドラムで砕いて、ギターとベースで固めて、ボーカルでぶっ壊しに行ってください! 情報を引っこ抜くのは我々がやりますので!」
分かる言葉で説明され、最初からそう言えとは思いつつも、俺は片手でもう片方の拳をパシンと受け止める。
「なるほど、俺たちはド派手な
やるべきことを理解した俺は、背後の二人を振り返る。MIDIは目を爛々とさせながら笑い、サングも口の端を持ち上げているようだ。
俺はピックを振り上げて、勢いよく振り下ろした。ハウリング気味のギター音が辺りに響き、矢印が指した場所へと【kick】の表示がベタベタと張り付く。
「じゃあいっちょ、ハックライブといこうじゃねぇか!」
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