バーミリオンガール、リグレットボーイ

わだかまり

バーミリオンガール、リグレットボーイ

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■ 1.なのか

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私はなのか、御子柴なのか。

今日から新学年、気分も新しく再出発です。去年は色々やらかしちゃったけど…今年はきっと大丈夫!目指すは友達百人!

次々と自己紹介をしていくクラスメイト達、もうすぐ自分の出番なのでドキドキです。

前の席の子が自己紹介を終え、クラスに拍手が起こります。

「では次の子に行ってみましょう」

きた!私の番だ!大丈夫、昨晩あれだけ練習したんだからきっと大丈夫。

私が立ち上がるとクラスにちょっとしたざわめきが起こる。前のクラスメイト達だ、きっと私の話をしているのだろう。そう考えるだけで倒れそうだ。

けど私はくじけない、今年はきっと友達を作るのだから。意を決して口を開く。

「…み…みこみかなのかです」

…早速噛んでしまった…。



誰も居なくなった放課後の教室、私はむっくりと顔をあげる。

結局誰も声をかけてくれなかった、前途多難だ。自己紹介の事はもう思い出したくない、誰がいけないのかはわかってる。けどそれを認めてしまうと何もかもが揺らいでしまいそうで、それがなにより怖かった。

何故かうっすらと溜っている涙を拭いて一人教室を出る。夕暮れの校庭で戯れる子ども達をしり目に、私は裏山へ向かっていた。行きがけにコーラを買うのを忘れずに。


虫は毎日どんな事を考えてるのかと時々考える。けどそれは例えばセミとか蝶々の話で、目の前で溺れている蟻の事は、最早その為に産まれたのだろうとしか思えなかった。

コーラで作った人工の川は私から見れば細くて浅いが、蟻にとってはアマゾン川に匹敵するのだろう。もっとも、溺れてしまえばアマゾン川も荒川も無いが。

必死にもがく蟻達がまるでごみ処理をするかの様に溺れていく。甘い匂いに誘われて自ら命を断ちにくるその姿は滑稽そのものだった。思わず口も歪んでしまう。

やがてコーラも無くなると、私は缶を潰して鋭利な刃物に変える。ホントはちゃんとしたものが欲しいけど、それで変な噂が立ったり足がついたりするのが怖くて思い付いたのがこれだった。

これの発明により私の趣味は更に幅を広げる。初めは蟻を潰したり虫をちぎったりばっかであったが、最近は猫や犬等充実している。この前はタヌキなんて珍しいのもいたので重宝しながら遊んだ。

私は「設置場所」へ向かう。野生動物相手に足で敵うわけが無いので、簡易な罠をしかけ、それで捕えたのを遊び道具にしている。一度も撤去されてないのは、きっと出来が悪いからだろう。それでも案外獲物は捕まるからむしろ自分の無器用さに感謝すべきだ。

設置場所を覗いてみる。案の定小さな動物がかかっていた。

しかしあれはなんだろう、犬やの事は違うみたいだが。とりあえず近付いてみる。

そこでわかったのは、この動物は罠にかかっていないという事、そして死んではいないがとても衰弱しているという事だった。

「…」

むしろ都合がいい。暴れてひっかかれるのは痛いので、こんな風に弱っててくれた方がやりやすい。私は中を開けて、動いてる心臓を確認すればそれで嬉しいのだから。

私はゆっくり手を伸ばす。



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■ 2.ヒイロ

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裏山では、一匹のハムスターが倒れていた。

彼の名前は「ヒイロ」。ハムスターのような見た目だが、実は異世界より来た正義の使者であり、魔法の力「ライザーシステム」の所有者でもあった。

満身総意のヒイロは気絶していた。気力を振り絞った転送にはなんとか成功したようで、景観が違うのはボヤけた視界から見ても明らかだった。

ライザーシステムも大した損傷は無いようだ。しかし気にかかるのはロストダートの事。朧気な記憶の中で、あれも共に転送したのを覚えてる。この世界には迷惑をかけるかもしれないが、誰かが再び発見してくれる可能性は高くない。ならばせめて延長戦に持ち込んだ自分の判断は正しかったのだろう。

「…」

それにしても先ほどから妙な感覚がある。痛むのはまだ癒えぬ傷口だろうが、それとは別の痛みがある。もしかしたら転送時になにかあったのかもしれない。気力を振り絞り意識を覚醒させる。

まず目に入ったのは、女の子だった。しかしこちらの覚醒に気付いてはおらず、ただ作業に没頭している。

その視線の先を追い、ヒイロは血の気が退いた。

自分の体をなにやら鋭利なもので切り裂こうとしている。幸か不幸か刃がうまく立たないようで、まだ皮膚程度で済んでいるが、彼女は依然手を休める事をしなかった。

「もー!

なんで上手く切れないの!」

少女から恐ろしい台詞が飛び出す。あまりの凄惨さに暫く混乱していたが、ようやくヒイロは自分のおかれている状況を悟った。同時につんざく様な悲鳴をあげる。

「うわ!な、なに!?」

驚いたなのかはうっかり深く刺してしまった。絶叫がさらに大きくなる。

「あー!もー!うるさーい!」

耳を塞いでいた手を離し、再び簡易ナイフを手に取る。その手を見てヒイロに戦慄が走った。先程と違い逆手にもったそれはきっと自分にトドメをさす為だろう。なんとしてそれを止めさせなければ。極度の緊張がむしろヒイロの理性を取り戻させ、思考時間を得る事ができた。

「…まっ…待ってくれ!」

気力を振り絞って出した声は少女にも届いたようで、下ろし始めた手をとめた。間一髪。大きく溜め息をつく。

「待ってくれ、僕はまだ生きてるんだ」

ヒイロの静止の声は響いたのか、なのかは硬直したままだった。

「…喋れるの…?」

なのかの問いにヒイロは戸惑いながらも「あぁ」と肯定した。

「キモーイ!」

手が振り下ろされる。間一髪でヒイロは首を動かし、なんとか避ける事に成功した。しかし頭が依然ついてこない。

「何故避けるー!」

なのかが切れる。

「アホか!僕を殺す気か!」

ヒイロが問う。

「はじめからそのつもりなの!」

「え?えぇ?!」

なのかと喧嘩しているうちな頭が再びぼんやりしはじめた。まずい、動きすぎた。しかしヒイロは薄れゆく意識の中でもなんとか意識を保とうとした。

「ねぇ、なんかフラフラしてるけど大丈夫?」

その表情は伺えない。けど今目をつむってしまったら二度と起き上がれない気がする。おぼつかない足取りで歩きだす。少しでもこの少女から離れたかったのだ。

「こっちになんかあるの?」

「だからついて来るなー!!」

突っ込みに気合いを入れすぎたせいか、ヒイロは倒れてしまった。なのかはそれをしばらく見つめていた。



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■ 3.なのか宅

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ようやく目覚めたヒイロはすぐさま勢い良く起き上がった。体力は大分回復したようだが依然頭痛が酷い。が、そんな事言ってる余裕はなかった。

とりあえず周りを見渡してみると、先程と随分景色が変わっている事に気付く。それに先程とうって変わって人工的な彩りの空間だし、机もベットもある。これは夢かなんかであろうか?

「…」

こちらを見つめる視線に気付く。ベットにいたからわからなかったが、そこに寝転がって煎餅を食べてる少女がいた。先程の切開女だった。悪夢は悪分が増量して絶賛続行中らしい。

「あ、起きたの」

こちらに気付いた恐怖が近付いてくる。最早袋小路、ならば覚悟を決めなければと目をつむる。お父さん、お母さん、先立つ不幸をお許し下さい。

「…」

しかし命を奪いにくる気配はなかった。沈黙が恐ろしくなって目を開いてヒイロは唖然とする。

少女はこちらに手を差し出していた。その手に凶器は握られておらず、なにかを求める様でもあった。

「私はなのか、御子柴なのか。アナタのお名前を教えて欲しいの」

目を疑った、先程自分を殺そうとしていた奴が友好を求めている。それとも近付くふりしてなにかをかすめとる算段であろうか?

「…」

短い手を差し出す。

「僕はヒイロ。早速ですまないが現状と経緯を教えて欲しい」

悩んでも仕方がなかった。既に命は握られているも同然なのだ。現在も全力で治療に専念しているが、それも回復するのにまだ時間がいる。だが時さえ満ちてしまえば…。

少なくともそれまでの延命を図る為にも仲良くしておくに越したことはない。

相手の胸中は知らないが向こうがそれを提案しているのだから。差し出した手を、なのかは優しく握った。



二人はしばらく話ていた。ヒイロの種族の事、ライザーシステムの事、ここに来るまでの経理、そしてロストダートの事…。

「ふ~ん、なんだか大変なの」

ちっとも緊張感の無い声で言われる。事態を軽視されたようで、ヒイロはちょっとムッっとした。

「まぁ君にはあんまし実感が無いかも知れないけどね」

そんな返しをしてしまったのは、少しムキになっていたのだろう。その言い回しに今度はなのかがムッとする。

「別にミッドチルダばかりが世界じゃないの」

返す刀に今度のヒイロはカチーンときた。

すかさず反論しようと口を開きかけたところで、妙な感覚が襲ってきた。ライザーシステムも反応する。この感じは…。

「?どうしたの?」

ヒイロの異変になのかが気付く。

「…なのか…」

ヒイロが神妙な面持ちで言う。

「ロストダートが現れた」





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■ 4.ロストダート

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ロストダートとは、寄る辺の無いエネルギーの集合体である。

「シンゼンギア」と呼ばれるコアを元に集まり、それは時に生命様な形を作り出し、世界に出現。エネルギーの赴くままに暴走してしまう厄介な存在だ。

だが、この世界のエネルギー保存の法則にのっとり、うかつに破壊したり消滅させてしまえば、この世界の法則を乱しかねない。

なので、ヒイロたちはそのロストダートを捕縛し、シンゼンギアを回収するのが役目なのだ。

しかし今、彼にその力はない。


ヒイロは後悔していた。自分がハムスターの姿で現れた事も、なのかに出会ってしまった事も、安易に事情を話してしまった事にも。

「えへへー、似合う?」

なのかは首から下げたライザーシステムを自慢している。端からみたらさぞ可愛らしく見えただろうが、今のヒイロには悪魔の微笑にしか見えなかった。


話は今から一時間ほど前に遡る。

ロストダートを知覚したヒイロは焦っていた。概ねの予定通りに事は進んでいるが、肝心な部分が欠いたままの時間稼ぎもこれまでの様だ。追い詰めたはずなのにむしろ自分が追い込まれている。

現状でも動きを止める事位ならなんとかなる、なら身が朽るまでやってみるか?しかしそれはリスクだけでなんの結果ももたらさない、こんな辺境の地では管理局も期待出来ないだろう。だがなにもしないと言うわけにもいかない。

自分の出来ることとしなくてはいけない事が噛み合わずイライラする。一体何をどうすれば…。

ヒイロが逡巡していると、なのかが声をかけてきた。

「ねぇ、無視しないでよ泌尿器」

「ん…?あぁ、ごめん」

今さらりと凄い事言われた気がするがあえてスルーしておいた。

ヒイロは芳しく無い今の状況を話す。話したところでなんにもならないのはわか

っているが、話さずにはいられなかったのだ。

「と言ったところでどうしようも無いんだけどね…」

話終え顔をあげると、なのかはキョトンと首を傾げていた。

「ってごめん、それ以前によく分からないよ…」

「なんで?答えはとっても簡単なの」

ヒイロが言い切らぬ内になのかが言う。その言葉にヒイロは食い付いた。

「なにか方法があるのか!」

思わず声を張り上げてしまった。なのかの顔が一瞬曇る。

「うん、あるの。だからその卑猥な形状で唾かけないでなの。とても卑猥に感じるから」

なんか一言多かった気がするがあえてスルーしておいた。

なのかが手を叩いて提案したのは、

「私が倒せばいいの!」

という常識から明らかに逸脱したものだった。先程の話を聞いていなかったのだろうか。

ヒイロは苦笑する。

「ははは、君はかめはめ波でも撃てるのかい?」

「それは撃てないけど…」

なのかはヒイロを指差す。それを見てヒイロは察した。まさか魔貫光殺砲を?!

「そうか!相手を拘束する事くらいなら僕にも出来る!」

「それを使えばいいの」

なのかが指を指したのは魔貫光殺砲でもドドンパでもなく、ヒイロがかり首、もとい首から下げているそれの方だった。

赤いデバイス、ライザーシステム。確にこれはロストダートに対抗しうる手段とは言ったが…。

「…駄目だ、これは君には使いこなせない」

ヒイロは首を振る。

「やってみなきゃわからないの!」

なのかも食い下がるが、ヒイロが首を縦に振ることはない。

「そもそも君は魔法が使えないじゃないか。それに君は一般人。助けてくれた事にはもちろん深い感謝をしている。だかこれ以上関わると君もただで…ぎゃあああああああ!!!」

ヒイロのセリフは自身の絶叫で遮られた。なのかがライザーシステムを引っ張っていたからだ。

思わず首から外す。自分の手中に納めたライザーシステムを見て、なのかの目は輝いた。

「…き…君はなにを」

咳き込みながら聞くヒイロ。

「ようやく外れたの。さっきはなにやっても外れなかったのに」

なのかの表情は一変していた。昼に見たあの顔だった。それで察した。こいつはずっとこれを狙って居たのだと。

「というわけで卑猥な型の宝石台さんはもう用済みなの」

悪魔が微笑む。だがヒイロはそれに恐怖している暇もないのだ。

「まっ…!待ってくれ!」

今ライザーシステムは自分の治癒や魔法の補助にも使っている。それでギリギリなのだからこれが無ければ何もかもお手上げになってしまう。こんなカスのエゴに付き合ってる場合ではない。

「それだけは勘弁してくれ!それが無ければ一切の希望が絶たれてしまうんだ!」

ヒイロが土下座する。治癒が絶たれて傷口が開き始めている。ちなみにそれは、先程なのかによってつけられたものだった。流れる血を見てヒイロは激昂に駆られる、何故こいつはこんな事が平気で出来るのかと、それでも人間なのかと。それでも下唇を噛んで耐える。すべては世界の為だ。

「いや、後は知ったこっちゃ無いかな、なの」

ヒイロの毛が逆立つ。最早理性なぞ消しとんでいた。

「…わかった…」

ヒイロは既になのかを見ていない理性を無くした思考である提案をしはじめる。

「…それが欲しければ、いい、あげよう…だけどそれはRLを回収してからだ!それ

が出来なければそれを持つ資格も意味もない!出来ないと言えば全力で奪い返させて貰う!欲しければ示せ!」

「え、あ、うん、べつにいいけど」

「はやっ!」

せっかくかっこよく決めたのに物凄いあっさりと返された…。ここまで言えばビビって諦めると思ったのに…ハムスターの身なりが原因だろうか?それともやはり先程の話を聞いてなかったのだろうか。

「とにかくそのもーたーぎあとか言うのをこのさんらいとはーとを使って腹腸を

ぶちまければいいんだよね?」

「…いや、壊されては困るんだけど…」

いろいろつっこむ所を指摘する気にもなれず、ただただ頷くだけだった。



「ねぇ、似合ってるよね?」

なのかの声で気を取り戻す。声は既に3オクターブ程低い。一体何回聞き逃したのだろうか?

「う…うん!似合ってるよ!」

引きつった笑顔で答える。

「…それだけ?」

「えっ?!…」

「…」

「!…?…」

妙な沈黙が訪れる。なのかの目を見るのが怖い。なんか胃がキリキリしてきた。

なんでこんなに気をつかわにゃならんのか。様々な思考が飛び交うが一向に整理も納得もできないまま、重い空気が流れる。

だからこの時程ロストダートの登場を喜んだ事はなかった。





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■ 5.覚醒の魔法少女

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臓腑からつきあがる様な地響きと共にそれは現れた。

なんとも形容しがたい外見、巨躯を見て、流石のなのかも声を失った様だ。結界は既に作動している。ライザーシステムの補助はついているが、手元を離れているためどれ程持つかはわからない。だかヒイロにはそれをやり遂げる信念と気迫があった。

「なのかの行くよ」

声をかけて気が付く。

なのかは振るえていた。敵を目前にしてようやく思い知ったのだろう。いくら強くあっても、彼女はまだ女の子なのだ。ヒイロは後悔する、激昂に駆られていたとは言えなのかをこの様な場に立たせてあまつさえ戦わせようとした自分に。

「…なのか…」

…どこまで出来るかはわからない、だが自分がやるしか無いだろう。自分が守りたいのは自身や世界の為以前に、この様な人々であるはずだ。ならば最早体力だの怪我だの言ってられない。なんとしてでも目の前の脅威を取り払うのだ。

「…なのか…すまない事を言った。だが今の君は戦えそうに無い。だからライザーシステムを…」

「…ヒイロくん…」

なのかと目が合う。その目は恐怖に曇り…。

などと言うことはなかった。ヒイロは背筋に寒気を感じた。獲物を見据えた瞳は、この状況において尚煌めきを増していた。

ヒイロは理解できなかった。彼女の輝きの意味も、その震えも。

「…ヒイロくん…本当にこれ、やっちゃっていいんだよね?」

「えっ?」

その会話を打ち消す攻撃がきた。敵の魔力砲が二人を吹き飛ばした。

予想、というより自分が願っていたより強力な攻撃力。着地しつつ結界をさらに強くするが果たしてそれは当初の時間より持つかどうか。

「…なのか?!」

空かさず相方の安否を気を使う。土埃が視野を邪魔したが、それはスグに確認できた。ヒイロの心臓が凍りつく。ようやく見つけた少女は蹲ったまま、起きる気配を見せなかった。



遠距離からの魔法攻撃があること位は知っている。だが自分が対面した時はそれを一度も使用しなかったのだ。だから油断した、そう言っても仕方がないはわかってるつもりだった。だが現実、相手の遠距離攻撃によりヒイロもなのかも吹き飛んだ。バリア張らなかったのは、ギリギリまで魔力をもったいぶったからだ。その懸念がこの結果をもたらした。戦いを舐めていたのはどちらだったか。思考を埋めるのは、後悔ばかりであった。

「なのか!」

ヒイロが叫ぶ、だがなのかは一向に反応を示さない。最悪の考えばかりが頭に浮かぶ。

しかしそれも土埃の中から現れたそれによりかき消される。通算何度目か分からない敵の突進、桁違いの臚力の差に身もすくんでしまう。

「クッ!」

なんとか避ける事に成功する。小さい体のたまものだった。しかし故に避けるのに大きな動作をしなければならない。敵は直ぐに土埃の中に隠れてしまった。

住宅街だった事が幸いする。向こうは考えているのか偶然なのか、その巨躯を持ってして周りの建物を破壊しながら走っているようだ。土埃は止む気配を見せない、今は建物の倒壊する音でなんとか位置が把握できるが、恐らく止むのはそんなに遅くは無いだろう。

なのかの姿が再び確認出来なくなる。ライザーシステムはまだ無事なのか身を持って実感できるが、流石になのかまで知覚する事は叶わなかった。ヒイロはただただなのかの無事を願う。

しかしその祈りも土埃を裂いて来たものに絶たれる。気が付けば敵はもう目前まで迫っていたのだ。視覚が遮られ、聴覚もまた土埃と隣立する住宅により狂わされ、多々の懸念が結界による空間把握まで失念させていた為ここまで敵を近付けていた。

向こうは相変わらずの突進。この距離、この四肢では避けることは不可能だった。ヒイロの目の前が真っ黒に染まる。ここで終わりなのか?自分がこの世界をなのかを巻き込んだ。こいつはこのまま果ての無い暴走をするだろう。この世界にもある程度武装はあるだろうが、終るときには様々な物が失われた後だろう。そして自分はそんな未来への絶望を胸に秘めたまま殺される。なにも出来なくなる。

そんなのか嫌だ。だから…。

次にヒイロはなんと言おうとしたのだろうか。それは一閃の前に封じられる。突然敵が悲鳴をあげる。そしてそのまま体制を崩し、ギリギリヒイロをそれて後ろへ転がっていった。通りすぎ様にヒイロは見た。

敵の目に突き刺さっていたのは紅い宝石を包んだ白い杖。

「…ライザーシステム…?」

だがヒイロには疑問がよぎる。ライザーシステムにはAI機能がついている。なのかにほとんど教授はしていない、起動したのはライザーシステムの判断だろう。だがライザーシステムに自力機動まではできない。ならば、これは…。

軌道の先を見据える。土埃が収まりつつあるなか、その中に現れた輪郭が立っていた。

「…なのか…!」

御子柴なのかかそこにいた。多少すすけているが、目立った外傷はみられなかった。

「大丈夫かなのか!?」

その問いかけになのかは笑顔で応える。ひとまずホッとした。とりあえず体制を整えよう。

「なのか、ライザーシステムの声は聞こえるね?その通りに言葉を並べてまずはライザードレスを装着するんだ」

ようやく見えた光明に向かい始める。

かに見えたが、まるでその光を覆い隠すようになのかは首を傾げた。

「何言ってるのペニス?」

「え?ぺっ…!?…ほら!さっきからなんか外人っぽい声が聞こえるでしょ!?」

ライザーシステムがなのかを呼びかける。自分を目覚めさせろと、力を振るわせろと、使役しろと。

だがなのかは首を傾げる。全く聞こえていないようだ。

「そんな、物と喋れるわけがないの」

そもそも人間とも上手く会話が出来ないのに、何をどうしたら道具と喋れるというのだろうかこの陰茎は、と心の中で毒づく。気にせずなのかはライザーシステムを正眼の位置に持って行く。

「大丈夫、私には御子柴の血が流れているの」

目を煌めかせるなのかとは対極に、ヒイロは目の前が真っ暗になった。



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■ 6.決戦

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ヒイロが見つめるその先はまたも凄惨な光景が広がっていた。

倒壊した住宅街、最早胴体のみを残しただけのロストダート、そして、尚もロストダートに執拗な暴力を振るう少女。


戦いは一方的だった。

とても生身とは思えない動きを見せるなのかは攻守ともに完璧だった。

飛んでくる魔力砲は悉く避け、突進にも臆せず向かっていき、敵はその度に傷を負っていった。面白いほど入る攻撃は悉く的確に急所を捕えた。敵のつんざく様な悲鳴を何度も聞けば、流石に同情さえしてしまう。だがなのかはそれでもなお攻撃を止めなかった。

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」

なのかが水を得た魚ならば、宛ら水は鮮血であろう。しかしあまりにも一方的な虐待劇は、ここに来て急変する。

「あっ」

短く声をあげたのは、鈍い音がしたからだ。

「…ライザーシステムが折れちゃった」

いくら急所を突こうが向こうは更に何倍の巨躯を持つ。元々精密機械であるライザーシステムが折れるのは自明の理であった。

これをチャンスとみたか単に攻撃が止んだのを見計らったか、敵の猛攻が再開する。

「危ないなのか!」

ヒイロが叫ぶ、だかそれはいらない懸念であった。なのかはいとも簡単にかわすと、通りすぎ様、残った右目に折れたライザーシステムを突き刺す。

敵の悲鳴は、いよいよ断末魔に変わる。

最早目が効かない敵は混乱しているのだろう。ふらふらした足取りは、やがてその巨躯を地につけた。後敵に出来るのは悪あがき程度である。身を転がしながら辺り構わず魔力砲を撃ちまくる。まるで当て外れな所に撃ち込むのだが、狙いが定まってない分余計避けるのは難儀になる。ヒイロはなんとか避けながら、なのかを見た。

(…だからなんで当たらないんだよ…)

なのかはその場から微動だにしていなかった。しかしまったく当たらない。まるで敵がわざと外しているようだった。

なのかの豪快な笑い声が響く。

「豚野郎の弾があたるかよ、なの!」

最後の語尾は彼女なりの最後の理性なのだろう。やがてゆっくりと歩を進める。

「さああっどうしたっ!なの心の臓はココだぞ!なのちゃんと狙って撃ってこい!なの」

なのかは挑発しながら敵に近付く。

その時、ようやく一発がなのかに直撃した。この至近距離、調子にのるからだ。

「なのか!」

先程から名前しか呼んで無いのは、きっとかける言葉が無いからだろう。だが、やはりなのか健在だった。一体なにがどうしてなのかはさっぱりわからないが、なのかはバリアジャケットも着てないにもかかわらず、先程から一切の攻撃が通用しないのだ。もうめちゃめちゃである。

やがて敵の眼前までやってくる。敵は諦めたのか、もう息をするだけで特にあがく事はなかった。

「ふん!まさかとどめをさせとでも言うの?」

なのかは問いかける。敵は何か含んだ様な目でなのかを見つめた。

「…わかったの…」

なのかが敵の右目からもう片方のライザーシステムを引く抜く。敵の悲鳴が再びあがる。

「けどだめなの」

なのかがまっぷたつに折れたライザーシステムを握り直す。

「君は、楽に、殺さない。なの」

ここから、楽しい楽しいなのかによる虐待ショウが始まった。





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■ 7.決着

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呆然とその虐殺劇を見ていたヒイロはふっと気を取り戻した瞬間に嘔吐感がこみあげた。思わず口からはきだしたそれは血が大部分を占めていた。

「なのか!ロストダートを回収するんだ!」

ようやく当初の予定を思いだし、指示を飛ばす。だがなのかは依然執拗な暴力を繰り返していた。その狂気にあてられたヒイロに再び嘔吐感が襲ってきたが、先程出してしまったので気持ちが悪くなる程度で済んだ。何度もなのかに呼び掛ける。

「なのか!いい加減にしないか!目的は回収であって殲滅じゃない!」

「うるさいこのペニス野郎、なの」

「なっ…!」

思わず怯んでしまう。一瞬個人的に女の子には「ペニス」より「おちんちん」と言って欲しいとか思ったのは、錯乱しているからだろう。

「アホか君は!そんな事してなんになる!それに誤ってロストダートを破壊したらそれこそ灰塵に帰してしまうんだぞ」

ヒイロの言葉を流しながら黙々と作業を続けるなのかだったが、ようやく理解したのか、「わかったの」と呟いた。

「とりあえずこれだけは殺らせて、なの」

ヒイロはとりあえずほっとする。まさかなのかが譲歩してくれるとは思わなかったからだ。…僕、いつからこんな立ち位置に…。

それにしても長い、いくらあんな巨躯でも所詮肉である。あんだけ執拗にやって切れないもの等あるのだろうか?

「なのか、まだかい?」

ひょっこり顔を覗かせる。

「うん、これを取り外そうと思って」

ヒイロが氷つく。目の前には皹の入ったシンゼンギアが。

「バッ…!それはシンゼンギア…!!」

「えっ?」

皹が亀裂になり、光が漏れ出す。圧縮された高密度の純粋な魔力が今まさに決壊しようとしていた。

光が全ての声も闇も吹き飛す。

その中でヒイロは見た。

その光を持ってしても消える事のなかった闇の様な笑顔を。




やがて光も止み、結界内のほとんどが灰塵と帰した中、ヒイロは立っていた。

ようやく無事を確認し、気を緩めると、口から血が溢れだした。なんて血が流れる日であろうか、帰ったら死ぬほどレバーを食わなければ。

それにしても…実に、実にギリギリであった。全快状態でもロストダートの崩壊による衝撃から結界を守るなんて容易ではない。一体何が原因かは知らないが、ここで奇跡が起きてくれて良かった。満身創意で死にかけだが、最後の最後で帳尻合わせには成功したようだ。

「…なのか…?」

土煙の中呼び掛ける。恐らく無事では済んで無いだろう。だが今からならゆっくり養生できる。なんだかんだで助けられてしまった。最後は殺されそうになったけど。

土煙が晴れてきて、なのかの姿を確認する。

「…だからなんで無事なんだよ」

あちこち煤けてたり、衣服が破れたりしているが、肉体的外傷は認められなかった。内まではわからないが、どうせ無事なのだろう。

「…なのか…」

近付いて声をかける。呆然と立ち尽くすなのかは、あさっての方向を向いていた。やはりなにかあったのだろうか?

「…なのか…?」

もう一度問いかける。ようやく気付いたようでこちらに向くと、ケホッっと煙を吐いてから「あ、ヒイロくん」と言った。

「大丈夫か?」

とりあえず気にかける。するとなのかはゆっくりと一度頷いた。

家に帰ろう、結界を解けば元通りの街だ、時間もさして経ってない筈だ。

その提案に、なのかは笑顔で頷いた。先程とは違う笑顔で。ヒイロは溜飲が下がる気持ちで結界を解きはじめる。

「気に入った」

「え」

「うぅんなんでもないの、早く帰ろうなの」



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■ 8.エピローグ

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海上冲4キロメートルの地点になのかとヒイロはいた。相変わらずバリアジャケットを装着出来ないなのかは普段着で、何故かあれから更に怪我を重ねたヒイロは包帯だらけの体になっていた。

眼前には全長50Mを超すロストダートのなれはて。これで三つ目のロストダートだった。

「いいかい、なのか」

ヒイロは念を推す。

「あくまでも目的は回収、絶対もう二度と金輪在破壊をしないように。って聞いてるのなのか!?」

ヒイロが叱咤を飛ばす。なのかは聞こえないのか、先程からブツブツ呟いている。

「いいのかいなのか?!そろそろ結界を展開させるけど」

言い終える間になのかが飛び出す。

「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!」

奇声をあげ敵に突進していった。

「…んのバカッ…!」

ヒイロは歯ぎしりしながら急いで結界を展開させた。

同時に遠くでドンパチが聞こえる。その様子を見つめるヒイロは深いため息をついた。

赤い鮮血に染まってく少女を見てヒイロはひたすら後悔をするばかりであった。


<完>

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