第45話


「煉、今日はね、報告があるの……煉を傷付けた犯人が自首したのよ。時間が掛かるかもしれないって思っていたから、少しほっとしてる。けど、煉が目を覚まさないなら、それも意味がないじゃない…………お願いだから、戻って……来てよ……煉……」


 見舞いのために病室に訪れたさくらは、未だ眠り続けている煉に静かに語り掛ける。


 煉に傷を負わせた犯人は未成年の少年だった。警察官の話によると、あの日、煉が倒れていた場所で少年同士の争いがあり、運悪く通りすがった煉が事件に巻き込まれてしまったという。


 どうして、こうなってしまったのだろう。私があんなことを言わなければ……。

 いくら自分を責めても、時間はもう二度と戻らないと理解わかってはいるのに。

 

 気を張り無理をして毎日、悲しみの滲む笑顔を保つ。それなのに、ふとした瞬間に涙が溢れてしまいそうになる。


 言わないで後悔をするより、言って後悔をしたかった。

 

 だって、私。まだ煉に想いを伝えてない。


 本当は凄く好きだってことを。

 

「今日は一日、煉の傍に居られるからね。だから……起きてくれるのを待ってる」


 さくらはベッドで穏やかに眠る煉の髪や頬に優しく触れる。指先には煉の身体が発している熱が伝わる。温かい感触に煉は今も生きているという実感が湧き、目頭には熱いものがぐっと込み上げてきた。


 大丈夫。煉はここにいる。息をして、ちゃんと生きている。だから、きっと大丈夫。


 自身の心に何度も強く言い聞かせ、押し寄せる不安を振り払う。


「私、煉のカレーが食べたいよ……」


 さくらが小さく呟いた切なる願いに反応するように、煉の指先が微かに動いた。


 ◇


 さくらの声が聞こえる。


 煉は何度もさくらの問い応えようとしたが、身体の自由が利かず、あまつさえ意識すらも自由に出来ずにいた。


 さくらの声が聞こえているのに、泣いているのに、俺は応えることも、その涙を拭うことも出来ない。悔しさと苛立ちで心がささくれる。


 どうして、この身体は突然不死身ではなくなったのか、自身に問い掛けてみても答えは返ってこない。不死身が永遠に続く保証なんて、最初から無かったはずだ。それなのに、勝手に過信して甘んじていた。だから、この結果は完全に俺の落ち度だ。


 ここで命のともしびが消えてしまうのなら、せめて最後にさくらと話がしたかった。


 あんな風に、さくらを泣かせたくはなかった。さくらには、どんな時でも笑っていて欲しかった。


 でも、もう、何もかもが遅すぎたのかもしれない。


 無意識に流れ落ちる煉の涙は、目尻を伝い、消えていく。


 煉が諦念し、再び意識を暗闇へと手離そうとした時だった。何処かで聞いたことのあるような、抑揚の無い男の平淡な声音が脳裏に直接響き渡る。


『久しいな、煉よ……』

 

「……誰だ」

 

 煉はその声を聞いた後、先ほどまで感じていた無力感と拘束感が嘘のように消え去っていることに気が付く。意識が覚醒し、脳裏に停滞していた靄が徐々に晴れていく。

 

 そして、病室のベッドからゆっくりと起き上がる。左側には頭を伏せて眠るさくらの姿が見えた。満足に睡眠が取れないくらい、心配を掛けていたのかと思うと胸が酷く痛んだ。

 

 煉の目の前には、長い白髪を背に流し和装に身を包んだ一人の男がいた。


『覚えてはいないか?』


「知らん……と言いたいところだが、予想はついている」


 男の顔に見覚えもなければ名前も知らない。だが、直感的に察した。この男は──あの時のあいつだ。


『そうか。ならば、話は早い。どうやら、煉、お前は不死身ではなくなったようだ』


 唐突に本題を切り出した男は、無表情のまま煉に告げる。


 そんなことは、不死身ではなくなった自分自身がよく理解している。俺が聞きたいのは、そんなことじゃない。その理由だ。


 煉は苛立たしげに問い返す。


「ならば、理由を言え」


『そうだな……近頃、お前は人間の血液を摂取した覚えはないか?』


「血……?」


 血液を好き好んで摂取する趣味は生憎、俺にはない。俺は吸血鬼ではなく、ただの不死身だ。いや、不死身


 男に促され、煉は仕方なく眉間に深くしわを寄せて、暫しの間、思考する。すると、やがて一つの結論に辿り着いた。


 ……いや、まさか。あれが、そうなのか?

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