第24話
休日明けの月曜日。
さくらは珍しく何時もよりも少し早く起床していた。すでに朝食と化粧を終えて、出勤する前に洗面所に立ち寄り鏡越しに自身の姿を見つめる。
今日、さくらが早起きをした理由は、会社で八重樫に会い直接謝罪をするためだった。
煉の言った通りなら八重樫はあの時、何かに傷付き涙してしまったのかもしれない。それならば、さくらはその謝罪をしなければと思っていた。
正直に言うと自分が何故こんなにも必死になり、八重樫への弁解に奮起しているのか、我ながら少し不思議に思う。
だがそれだけ、さくらにとって八重樫は印象の良い相手ということなのかもしれない。
鏡を見つめたまま心の中で気合いを入れてから玄関へ向かう。
パンプスを履き終えて、リビングにいるだろう煉に挨拶の言葉をかけると、エプロンを身に付けた煉が玄関に繋がる廊下に姿を現した。
「それじゃ、行ってきます」
「今日は何時に帰ってくるんだ?」
「あ、そうでした。今日は帰るのが遅くなるので、私の分の夕食は大丈夫ですよ」
「そうか、分かった」
帰宅が遅くなる理由を訊ねられるかと思ったが、煉は特に何も問うてくることはなかった。
玄関で煉に出勤を見送られたさくらは『どうか、八重樫くんの誤解が晴れますように』と願いながら自宅を後にした。
◇
朝礼が終わり午前の業務が開始されると、さくらはキーボードで文字を打ち込みながら、隣席の優に密やかに問い掛ける。
「どういうこと?」
さくらが優に問うたのは、上田課長の様子のことだった。何やら朝から随分と沈んだ表情をしている。
そんな姿を見てると、何だか此方まで気が滅入りそうな程だった。
「娘さんに、パパなんか嫌いって言われちゃったみたい」
ああ、なるほど。それで、と思う。
朝礼の時から上田課長は『この世の終わり、そして絶望』みたいな顔をしていたが、どうやら事の原因は、その娘との喧嘩らしい。
だから何時にも増して仕事が遅く、滞っていたのかと納得した。
もうすぐ昼休みになろうというのに、上田課長の書類確認が終わらないため、さくら達の仕事はどんどんと詰まっていく一方だった。
しかし、このままでは貴重な昼休みが削られてしまうかもしれない、とさくらは半ば諦めモードで仕事を続ける。
しばらくの間、無心で仕事をこなしていると昼のチャイムが鳴り、一旦パソコンの画面から視線を上げると、優が此方を見つめていた。
「お昼だね。どうしよっか?」
優に問われさくらは逡巡する。
上田課長の最終確認が入らなければ、どのみち仕事は進まない。ならばここは潔く社員食堂で、昼食タイムにした方が良さそうだ。
「んー。それじゃ食堂に行こうかな」
もしかしたら、八重樫くんにも会えるかもしれない。
優と共に社員食堂へ向かう途中、さくらのその予想は見事に的中した。
同じく食堂に向かうのだろう、一歩先を歩いている八重樫の後ろ姿が見えて、さくらは咄嗟に駆け足で近寄り声を掛ける。
「八重樫くん」
「え? さくらさん、どうかしたんですか?」
さくらに後ろから声を掛けられた八重樫は、少し驚きながらも立ち止まり丁寧に対応する。
「ちょっとね。八重樫くん、今日仕事終わりは時間あるかな? 話したいことがあって」
「話……ですか?」
八重樫は少し警戒している様子だった。
まあ、無理もないのかもしれない。何せ八重樫はあの時、街中で唐突に大声を上げて、さくらから逃げ出したのだから。
話があると言われれば、迷わずその事だと察しがつく。
気まずい空気がお互いの間に漂い始めた。
「さくら、私、先に行ってるよー」
「あ! 待って、優!!」
そんな空気を察してか、知らずか、優は気を利かせて一人先に食堂の中へと消えて行く。
「えー……と、俺たちも取り敢えず、中に入りましょうか」
「そう、だね」
苦笑している八重樫に促され、さくらも釣られて苦笑を溢しながら、食堂へと足を踏み入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます