第23話 二人の関係
「ひっ!」
八重樫はさくらの隣にいた煉に気付き目線を向けるも、ものすごい目付きで睨み付けられ反射的に怯えた声を出した。
「ん? 八重樫くん、どうかしたの?」
何故か顔を青ざめさせている八重樫を不思議に思い、さくらは一歩退いて自身の背後にいる煉の方へ振り向く。
そして煉の姿を目にした瞬間、さくらは八重樫に対して申し訳ない気持ちが湧き上がると同時に呆れる。
何故なら、煉が眉間に深くシワを寄せ八重樫を凝視していたからだ。相手を物凄く睨み付けているようにも見えた。
只でさえ煉は普段から
さくら本人はそんな煉の姿も見慣れているため平気だが、初対面の八重樫はそうではない。だから怯えてしまうのも無理な話ではなかった。
「さくら、この男は誰だ」
「会社の後輩の人よ。煉、お願いだから八重樫くんを怖がらせないで」
煉に凝視され居心地が悪そうに、視線をさ迷わせる八重樫。さくらは煉を諭すように言うも目付きは変わらずに鋭いままだ。
「別に怖がらせてはいない」
八重樫は街中の歩道で言い合っている二人を交互に見比べる。そして恐る恐る控え目な声音で疑問を口にした。
「……もしかして、さくらさんが交際されている……お相手の方、ですか?」
その言葉にさくらの思考はぴたりと停止した。
会社の社員に煉のことを知られたくなかったさくらが、胸裏でずっと懸念し恐れていたことが今まさに現実となってしまったからだ。
さくらの返答次第では、八重樫の誤解が更に深まってしまう。熟考し慎重に答えなければならない。そう思う程に見えないプレッシャーが焦燥を加速させる。
「この人は……」
「俺の女だ」
「そう、俺の女──って、ちがっ!! 何言わせるのよ! 八重樫くん、違うの。誤解よ」
さくらは煉の言葉に反射的に肯定しかけ、ハッと思い直して素早く否定する。今はこれ以上余計な誤解を増やしたくはない。煉を見上げ非難の眼差しを向ける。
「そんな……。俺……」
二人のやり取りを聞いていた八重樫の表情は徐々に曇り始めていた。そして顔を歪ませて、今にも泣き出しそうに唇を噛み締めている。
「や、八重樫くん。これは本当に誤解なの。だから私の話を聞いて──」
「俺、そんなの絶対に認めませんから!!」
歩道を歩く人々の喧噪が止み、一瞬の静寂が辺りを包む。何事かと遠巻きに此方を見据える僅かな人だかりが出来ていた。
突然として絶叫した八重樫はさくらの言葉を遮った後、そのままの勢いで踵を返してその場から去って行く。ほんの一瞬の出来事だった。
目下の状況が理解出来ずに、さくらは唖然としながら走り去る八重樫の後ろ姿を見送る。
恐れていた事態は、煉の一言により良くない方向へ進行してしまった。
「……どう、しよう……。これじゃ完全に誤解された……よね」
「あの男、泣いていたな」
事の元凶者である煉は、さくらの呟きを聞きながら至って平然な様子で、この状況を冷静に分析していた。
泣いていた……? 八重樫くんが? どうして?
煉の言葉に混乱する。確かに踵を返す一瞬、八重樫の瞳は潤んでいるように見えた気がした。だが、もしそれが本当ならば何故八重樫が泣く必要があるのか、さくらにはその理由がいまいち解らなかった。
もしかすると、煉に睨まれて怖くなってしまったのだろうか。
しかし、そんなことよりも、さくらが今一番に考えなければならないのは、八重樫の誤解を解く方法だ。
このままでは、いずれ優にもこの話が伝わってしまうかもしれない。そうなってしまったが最後、さくらは優に何と説明をすれば良いのだろうか。
相手は恋人でもない、元ホームレスニートのさくらのヒモになりかけている男だ。
優が知ったら絶対に軽蔑しそうだよね……。
それか、男を見る目がないと悲しまれるか……。
ああ。こんなことになるなら、もっと早くに対策を考えておくべきだった。
さくらの後悔は実に深刻だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます