第27話 キズナ(後編)
現在、分離症患者支援センター みらいに特殊部隊並びに自衛隊が派遣されました――
特別包囲網が形成されています――
「一体何が起こってるの?」――
「臨時ニュースを読み上げます。只今、分離症患者支援センター みらいにおいて、大規模な火災が発生した模様です」――
「内の子は大丈夫なんですか⁉」――
名無しさん
1「火災だってよ」
名無しさん
2「でもさ、火災で特殊部隊っておかしくね?」
名無しさん
3「ぜってー何か隠してるだろ」
名無しさん
4「裏でヤバイこと起きてる」
名無しさん
5「≫4 なんか知ってるの?」
名無しさん
6「俺A山県に住んでるけどさ、ガイジみたいな奴らが集団で山から降りてきたの見たんだ。『殺す』って全員ぶつぶつ呟いて。そいつら全員みらいに向かってた」
名無しさん
7「マジかよ。なにそれwww」
名無しさん
8「こっわ」
名無しさん
9「クスリでもキメてたのかな?」
名無しさん
10「関東も何だか騒がしいよ。全部の鉄道に異様に警備員配置され始めたし。異常事態が起きてるのは間違いない」
名無しさん
11「もしかしてさ、あの都市伝説と関係あったりするかな?」
名無しさん
12「何だっけ、それ」
名無しさん
13「分離症患者の片割れが悪魔になるみたいな怪談」
*****
帽子を深く被らせて、マスクとサングラスもかけているから恐らくバレないはずだ。サングラスは百均の店で安いものを適当に買った。
電車を乗り継いで、東京まで来た。けれど、東京駅に停車したところで、ノブが気分が悪いと言い出した。とりあえず電車を降りて、ノブをトイレまで連れて行こうとした。
「大丈夫? ノブ」
「すまん、ちょっと吐き気が……」
「気にしないでいいよ。ゆっくり行こう」
僕らはみらいを出てから運に恵まれていた。ノブに少し変装をさせているとはいえ、分離症患者であることがバレずに何とかここまで来れた。ただ、静かに疑われてはいるだろうなということは察していた。やはりマスクにサングラスはやりすぎただろうか。
トイレから出てきたノブは、少し外の空気が吸いたいと言った。できる限り早く次の電車に乗りたかったが、ノブがまだ辛そうだったので、少しでも楽になれるならと、僕は受け入れた。
改札を抜けようとしたその時に、その時は突然訪れた。
「ねえ、君たち」
誰かに呼び掛けられた。思わず振り返ったことを、後になってから後悔した。
「それって『みらいカード』だよね」
見えないようにこっそりとポケットから取り出し、さも定期券風に自動改札にかざそうとしたが、その駅員には見抜かれてしまった。
「今ね、『みらい』の方から連絡を受けていてね。とりあえず私と一緒に事務室まで来てくれるかな?」
「……ごめん、ノブ。走る」
「え?」
強行突破だった。駅員を完全に無視してノブの腕を引っ張って乱暴に改札を抜けた。
「待ちなさい君たち!」
素直に待つバカなんかじゃない。人の群れを掻き分けて、時に激しくぶつかってしまい怒りの言葉もくらったが、大きく「すみません!」とだけ叫んで巨大な駅舎から飛び出した。
*****
「おいおい、何だよ、何がどうなってんだよ……」
シキは混乱していた。無理もない、彼は未だに『母体殺し衝動』の初期症状すら出ていないのだ。だからこそ、なぜ自分がトシと引き離されて別の部屋に他の片割れたちと一緒に隔離されたのか分からなかった。
三十分ほど前、男性職員が叫んだ言葉の意味も理解出来なかった。殺されるとは、どういうことなのか。
隣にいるユカは何も言わない。ずっとうつ向いて体育座りをしている。
「ユカ、平気か?」
シキは少し心配になって声をかけた。
「……へい、き」
彼女から出たのは、掠れた返事だった。
「そ、そうか」
シキはあたりを見回す。周りの片割れも皆沈んでいるように見えた。まるでこれから待ち受ける未来を知っていて、もう諦めてしまったかのような、受け入れの準備をしているような雰囲気が漂っていた。
「なあ、ユカ。俺たちに、一体何が始まろうとしてんだろうな」
「……」
「ま、お前に分かるわけないよな」
「私、さ」
ぽつりとユカは呟き出した。
「うん?」
「さっき、ね。ここに連れてかれる前に、リンに泣きつかれた……」
ユカはシキの顔を見ていない。ただうつむいた視線の先にあるコンクリートの地面を見つめ、そこに語りかける。
「『行かないで』って……あの子、泣いて、泣いて、私に……」
だんだんユカの声に嗚咽が混じっていく。じんわりと彼女の視界はぼやけ、頬を一滴の涙が伝った。
シキにも、トシのことが脳裏に思い出されていた。
トシは呆然と立ち尽くしていた。何処かに連れて行かれる自身の片割れを、遠くを見るように見つめていた。シキの姿が部屋を出て消える直前に、トシは叫んだ。
「ま、待てよ!」
と。
トシには、衝動の事実を知らされてから事が起きるまでに時間が短過ぎた。
「私、ここんとこずっと、変だったんだ」
ユカは泣きながらも続けた。
「リンが、凄い憎く感じて、アイツがいなければ、私は完璧だ、とか思っちゃってさ……」
シキは黙って聴いている。
「それで、強く当たったり、酷いことも言っちゃったりして……なのに、リンは、私を見て……『大好きだから』って、言った」
リンは職員に肩を掴まれ強制的に引き離されていくユカに、最後の想いを言葉にして伝えた。
「大好きだよ!今まで、私と一緒にいてくれて、ありがとうっ!」
そう、泣き叫んだ。
「……いらないのは、私たちだったんだね」
「え……」
シキはユカの方を見た。
「この世に必要とされていないのは、片割れの方だったんだ……」
数秒後。催眠ガスが部屋に散布された。
みらいを占拠した暴走した片割れは特殊部隊による特別包囲網を突破。その情報を得たセンター長を始めとする幹部は施設にいる片割れを全員眠らせ、地下施設に幽閉する決断を下した。
「あれ……」
目覚めた片割れはきっと思うだろう。
「ここ、どこ?」
彼・彼女らは永久に外に出れなくなった。衝動が覚醒すれば、殺人欲を満たすために互いに殺し合うかもしれない。いずれにせよ、ただ死ぬその時まで、暗い地下で、空腹等を感じながら生きていくのだ……
*****
日は沈んだ。草が生い茂る川辺を移動して、橋の下で息を潜めた。
時折橋の上を列車が通過していく。僕もノブも、朝以来何も口にしていなかった。
喉は渇いているし、お腹も空いている。さっきから暗い空気に似つかわしくないほど腹の虫がなり続けている。ノブの手を握って、堪えるしかなかった。
「はは、また鳴っちゃった……」
僕が何か言っても、ノブは反応しない。
「川の水って、飲んでいいのかな? まあ、別に飲んでも腹を少し壊す程度か……」
ようやく目が慣れてきたけど、夜の橋の下は本当に真っ暗だ。恐らく下手に動きさえしなければ見つからないだろう。あ、でも夜はライトを持って捜索するかな。そしたらヤバいかも。
スマホは捨てた。施設を出てすぐに植木の茂みに投げ捨てた。スマホなんか持っていたら簡単に位置が特定される。これであらゆる情報を得ることが容易ではなくなったけど、仕方がない。腕時計は身につけていないので時間も分からない。だから今が日付けが変わる前なのか深夜に入ったのかは不明だ。
「はあ……」
ため息をついた。これから何処までノブといられるのか、先が見えない。けれど、僕は必ずノブを見捨てない。そう誓った。
ブルッ
僕の手に何かの震えが伝わった。
「……ノブ?」
「く、くそっ……」
「ノブ? 大丈夫――」
ノブは僕の手を振りほどき勢いよく立ち上がった。そして僕を押し倒した。
「お前を……殺す……」
耳元に囁かれた。
「殺して……やる……」
ついに、来たか。
ノブは覚醒した。
僕への殺意を剥き出しにして、歯軋りのあまり口から涎と血が混じった液体を垂れ流している。
肩を押さえつける腕には力が入り、血管が浮き出ている。
髪は沸騰したように逆立ち、体全体から熱を発しているように感じられた。
「お前なんかいなくてもなあ……俺が、いればいいんだ……俺が晴信なんだよ!」
ノブは唾を飛ばして僕の耳に叫んだ。そのまま僕の左頬を思いっきり殴り付ける。それによって奥歯が一本抜けた。口の中に鉄の味が広がっていく。
「死ね! 死ね! 死ね! 死ね!」
何回も顔面を殴られ、その度に視界が歪んで、歯ももう一本抜けた。左耳の鼓膜も破れた。ノブの拳に僕の血が塗られていく。
首に手をかけられ、強く絞められた。意識がだんだんと遠退いていく。僕はノブの手を引き剥がそうとした。おちてしまう前に、言いたいことがあった。
「死ねよ! なんで、ちくしょうっ! お前がっ!」
「の、ノブ……」
やっと出せた声は、かなり小さかった。
「ああん⁉ 何だよ!」
意識がなくなる前に、言えた。
「たのし、かったよ。ずっと」
「……」
ノブの腕が止まっていた。何故か殴ろうとせず、僕の顔をじっと見つめている。
「ノブの、おかげ、で、リンさん、や、トシと友達に、なれた……いっしょに、ガルル、 みたの……うれし、かった」
「……」
「ノブは……僕の……ヒーローだったよ……僕を、未来に、みちびいて、くれ、る、ひか、り、だった……」
たぶん、僕はこの時笑っていた気がする。笑って、ノブに話しかけていた。
「……」
ノブはずっと黙ったままだ。何時しか腕の力もなくなり、首からは離れてぶらりと振り下ろされていた。
「……ばかやろう」
ノブの口から出た言葉には、憎しみの想いがなくなっていた。
「お前の……方が……ヒーロー、だよ……」
ノブは泣いていた。ただ、悲しそうに。
「の、ノブ……?」
衝動が消えた……? 考えられるのはそれしかなかった。
「俺は、ハルから、生まれて……本当に良かった!――」
ぱんっ
その音は光陰の如く僕らの間を貫いた。
ノブの胸から、噴水のように血が噴出した。
頭が後ろに反って、反動で前に戻る。
ノブの目が僕を捉える。僕は手を伸ばす。
そのままノブは僕の胸の中に崩れ落ちるように息絶えた。
「大丈夫か! 君」
拳銃を持った警官隊の一人が駆け寄ってくる。
ノブのズボンのポケットから、スマホがはみ出ていた。電源は切られてもいなく、衝撃に寄ってホーム画面が明るく光っていた。
「……どうして」
ノブの、動かない顔を見て叫んだ。
「どうしてだよおおおおおおお!」
2017年8月10日。僕は一人に戻った。
『須藤晴信』になった――
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