第21話 寿司屋にて

 が出会ったのは、本当に偶然であった。

「お、須藤組だ」

 最初に雨宮ユカが須藤たち二人の存在に気が付いた。回転寿司屋の入り口を少し進んだところに、名前をタブレット画面に入力する順番表の前で、須藤ハルが名前をタップ入力している場面に、雨宮組が出くわしたのだ。

「あ、リンさんたち。どうも……」

「奇偶ですね。ハルさんたちもここに来ているなんて」

「ああ、うん。今晩は外食しようってことになって、どうせなら新しくオープンしたこの店でってことで」

「うちも似たような感じですよ」

 ハルの後ろに運よく人は並んでいなかったのでリンが続けて名前を入力しようとした。が、ユカがその直前で二人に提案した。

「どうせなら一緒のテーブルで食べようよ」

 二人は直後顔を見合せ、「そ、そうだね」「そ、そうしましょうか」なんてよそよそしい感じで同意しあい、ユカの提案を受け入れた。

(相変わらず、何か壁作ってるなこやつら……)

 雨宮ユカは、最近感じていることがある。

(もっと、壁なんて取っ払って仲良くなればいいのに……リンはそこんところ、何ともいえないんだよねえ……)

 雨宮ユカは、自分の母体に対して時おりもどかしく感じることがあった。それ自体は前からあることだったし、本人もそれを特段気にしていなかった。

 しかし、ここ最近は……ちょうど、ハルとノブが喧嘩をしたあたりの時期から、何故か強く意識することが増えていった。もう少し、あともう少し要領よく生きることはできないものか、と心の中で密かに思っていた。

 雨宮ユカは、ふとこんなことを考えてしまう。

 私が、一人いれば、基本的には問題ない。

 リンは、いらない……?

 こういった思考が始まってしまうと、雨宮ユカはわけも分からずたちまち恐ろしくなって、胸の内がぎゅうっと苦しくなる感じを覚えた。

(な、なんだろう。何考えてるんだろう、私……)

 そうして、リンを見つめる。彼女は自分にとって大切な存在であり、同じ自分である。その認識が間違っていないことを確認するために。

「ユカ? どうしたの」

「え?」

 リンは、先程から黙り込んで物憂げな表情を浮かべている片割れのことが気になり、声をかけた。

「何だかぼうっとしてたけど」

「ごめん、ごめん。ちょっと、ボケッとしちゃった。あれ、それよりさ。ノブはどうしたのハルくん。この場にいないけど」

「ああ、ノブは今トイレに」

「あれ」

 ハルが答えかけたところでちょうどノブが受付スペースの近くにある手洗い所の扉を開けて出てきた。

「あ、噂をすれば」

「ノブっち、おっすー」

 こうして四人は暫く、順番が来るまで席に座って待つこととなった。



 ******





「それでゲイゲキのこの先の展開なんですけど、どうも予想がつかないんですよ」

「そうなんだ」

「主人公は親の敵を目の前にしたところまで来たんですけど、まだ出会うべき頃合いではなかったというか、充分な力もまだ身に付けていないのに……」

「なるほど。でもそれは、安心して大丈夫だと思いますよ」

「そ、そうなのかな?」

「だって、その後はパワーアップアイテムを得る前の、所謂『溜め回』って奴ですよ。お決まりの展開です」

「えっと……それは特撮のお約束みたいなものですか?」

「え、はい」

「ゲイゲキはアニメだから、そこんところはどうなんでしょう……?」

「あ、原作ありましたっけ?」

 なーんだか、わけのわからない話をしているなあ。この二人を引き合わせると、大抵私はついていけない話をし始める。リンもハルくんもオタクに片足突っ込んでるから……いや、もう片足どころじゃないか。オタクそのものか。私は不思議なことにそういう趣味に対してまったくもって興味が湧かない。まあ、本人たちは凄い語り合っている時に凄く幸せそうにしているし、たまにそれが羨ましく感じることもある。まあ、基本「ふーん」って感じだけど。

 私たちの後に客がいなかったのは本当にタイミングが良かったみたいで、数分もしない内にどかどかと客がやって来た。新しい店ということもあって、私たちと同じことを考えている患者が大勢いたのだろう。試験明けだし、パーッとやりたいし……みたいな。私たちが受け取った番号は56番。ついさっき45番が回ってきたから、寿司にありつけるのはまだもう少しかかりそうだ。

「はあ……」

 何やら私の隣でため息を吐く音が聞こえてくる。振り向くと、ノブっちが何だか浮かない顔をして俯いていた。

「どうしたの、ノブっち」

「え?」

 彼が私の言葉に反応し、こちらに顔を向けた。

「何か、つらそうだけど」

「いや、その……大丈夫」

「そう? ならいいんだけど」

「あ、あのさ」

 ノブっちは何か私に言いたげにしてこちらの様子を伺ってきたけど、また目を伏せてしまって。

「いや、何でもない……ごめん」

 その口を閉ざした。

 私は敢えて何も訊かなかったけど、今思えば――

 ここで、彼の胸の内の苦しみに、少しでも先に気付いておくべきだったのかもしれない。

 が来る前に、せめて……





 48番が天井に吊るされているモニターに表示されたその時に、彼らもやってきた。

「あ」

「あ」

 リンが最初に気が付いたようで、新倉の……シキの方かな、たぶん。分離症患者は一見じゃどっちがどうかわからないからね。けど、リンが渋ったような表情を浮かべていたから、恐らくシキだろう。

「ちっすー、奇偶だな!」

 意気揚揚とした声を出したから、シキで合っていた。続いてノブっちたちも新倉組に気が付いたようで、挨拶を交わした。

「皆、ここの店がやっぱり気になってたんだね」

「まあ、オープンしたてだし、考えが被ることはあり得るだろうな、とは思うよ」

「で、ですね」

 私たちは隅っこの方に固まって順番を待っていた。母体組は本当に仲が良いよねとつくづく思う。今も自然と三人で集まって、楽しそう、というほどでもないけど、いやむしろ、気兼ねなく一緒にいる雰囲気が、少なからず羨ましく思えた。

 片割れ側は……一人は黙って俯き、一人はスマホをいじることに集中しているし。私、手持ちぶさただなあ。ちょいと、母体さんたち。私もそちらに混ぜてくれませんか。

「あ、それでさ」

 私がリンたちに近づこうとしたその時に、ふいにトシが声を上げた。

「外出許可期間についてなんだけど」

 しかし、トシが何やら話題を振ったそのタイミングで、私たちの番が回ってきた。56の数字がモニター画面に表示された。

「あ、僕たちの番だ」

「ええ、マジかよ。人が話そうとしたこのタイミングで」

「何か重要なことでしたら、食べ終えた後待ってますよ?」

「そうだね、確か近所に交流館あるから、そこで待つこともできるし」

「う~ん、まあROINEでもいいんだけど……まああれだな。せっかく今会えたんだし、直接話したいから、それで頼むわ」

「了解。ノブたちにも伝えておくよ」

 どうやら話はまとまったみたいだ。

 その後私たちはおいしく寿司を頂いて、案の定新倉組は後から来ていたから、交流館にて彼らを待つことになった。

 にしても、ネタ小さかったなあ……ま、最近の回転寿司なんてそんなものか。




「で、話なんだけどさ」

 二つのテーブルをくっつけて、小さな会議をするかのように私たちはその周りを囲んだ。実際、これから話し合いはするわけだけど。トシが計画の発案者らしく、司会役を自然と勤めていた。

「外出許可期間中、皆で旅行しないか、って話あったじゃん」

「ああ」

「ありましたねそんな話」

 二人が声を出して頷く。

「でさ、旅行はとりあえず皆行く、ってことでいいのかな?」

 トシが各メンバーを見回した。私はとりあえず頷き、リンとハルくんも同様だった。シキは両手を頭の後ろに回して私たちの様子を伺っている。そうして、一人無反応だったのがノブっちだった。

「……あの、ノブさん?」

「え、あ、何?」

「いや、旅行どうするかって話なんすけど、行きたくないっすか?」

「いや、そ、そんなことはない、よ。行きたい、俺も」

 ノブっちの声はたどたどしかった。

「そ、そうすか。なら、全員行くってことで」

「旅行先はどこにするの?」

「それなんだけど、どこ行きたい? 一応候補として、ここから近いところで東京とか神奈川あたりでメジャースポットはあるけど」

 関東圏内で、観光地として賑わっている地域としてはまあ妥当なところだろう。このA山県も自然豊かな場所だし、温泉とか有名どころがないわけではないが、せっかくの外出許可期間だ。そんな手短に済ませてしまうのはもったいない、というのは皆思っていることだろう。それに、この期間のみ、みらいカードが施設外でも使用できるようになると、一学期最後のホームルームで担任が言っていた。だったらなおのこと思いっきり外に出たくなる。

「うーん、そうだな」

 なかなか意見が出ない。しょうがない、ここは私がひとつ、皆を導くための提案をしてみるか。

「ネズミーランドとかはどう? 園内にホテルあるし、皆で遊ぶにはちょうど良いんじゃない?」

 一応挙手をして、私は意識してボソリと意見を放った。するとメンバー全員が私の顔を見て、納得したような表情を見せた。

「ああ、それはいいかもですね」

「だな。ワイワイやるにはちょうど良い」

「ネズミーランドか。俺たちまだ行ったことないなそういや」

「ああ、確かにそうだな」

 各々、私の意見を受け入れてくれたようで、早くも行き先が決定しつつあった。やっぱり、こういう時に適格な意見を他の人間に提示できることが、スムーズな話し合いへの補助となる。私は今回もそれが出来たことに、静かな満足感を覚えていた。

 しかし、そのスムーズな流れは一旦途切れた。

「あの、ちょっといいですか?」

 リンが、遠慮がちではあるが手を上げた。

「お、何?」

「私、行きたい場所があるんですけど」

 そう呟いてリンは何やらスマホのをいじりだし、暫くしてから私たちに画面を見せた。

「あの、神奈川県の湘南地域に行ってみたくて。今、この地域を舞台にしたアニメのイベントがやってて、出来たら行ってみたいなー、なんて……」

 リンのスマホには神奈川県のホームページの、イベントのページが表示されており、そこに海軍らしき制服を着た男子や女子のアニメキャラクターが描かれていた。

 そういえば、前に行きたいみたいなことを話していた気がする。

「つまり、皆で聖地巡礼したいってこと?」

「そ、そういうことです!」

 またハルくんとリンの間でオタク会話が成立している。あれでしょ、聖地巡礼って確か……

「せいちじゅんれいって何だよ」

 シキが疑問を口にした。

「聖地巡礼ってのは、その作品の舞台となった地域を、ファンが訪れることをいうんだよ。元は宗教の聖地巡礼から来てるんだけど、要はファンにとってはアニメの舞台が現実にあるというだけで拝みたいくらいのことだから、そういう名が自然とついたんだ」

「……ふーん、つまりあれか。ドラマのロケ地的な」

「まあ、それで大体合ってる」

「なるほどな。にしてもなー、いうて俺らはそのアニメ知らんしなー」

 シキが正直な意見を述べた。私もリンが好きな作品のひとつという認識だけで、詳しくは知らない。

「『バトユー』知らないんですか」

「なんだよバトユーって?」

「「「『バトルシップ・ユース!』の略称」」」

 母体三人の声が揃った。なんだこいつら。

「あれ、ハルさんとシキさんも知ってましたか?」

「うん、一応。有名作品だし」

「俺は詳しくは知らんが、ネットで前に話題になってたからな」

 何だか、時々私たち片割れが把握していないところで、リンたち三人が何かを共有している場面をこの目で見るとなんとも言えない気分になる。どんどん、母体との距離が離れてきているんじゃないか、そう感じることが増えているのは、私の気のせいだろうか。

「で、どうでしょう? 一応、その地域は元から観光地ではありますし、別にアニメに興味がなくても皆で楽しめるかな~って」

「僕はいいと思うよ」

「まあ、せやな。けど、ユカさんの意見もあるわけだから、他に意見が出ないようだったら多数決で決めるのがいいかなと思う」

 トシの提案に皆が了承した。そして他の意見が出なかったので、多数決に移ることになった。

 結果は2:4で、湘南地域に行くことに決定した。





 寮の部屋に戻り、ひと息ついたところで私はリンに話しかけた。

「ねえ、リンさ」

「何?」

「今度からは、もう少し他の人のことも考えな」

「え……」

 お風呂に入ろうと向かっていたリンの足が止まった。

「今回は、皆が一応賛同してくれたから良かったけど……あまり個人の趣味だけを押し出さない方がさ、いいと思うんだ」

 なんで、私は今こんなことを話しているんだろう。リンのその癖だって今に始まったことではないし、今まで受け入れてこれたのに……今は無性に、イライラしていた。排除したかった、周りを見れない存在、全てを。

「あ、その……私」

「私がさ、先にネズミーランドを提案したじゃん。あれはあそこだったら皆が普遍的に楽しめるだろうし、とか、色々考えた上での提案だったんだよね」

 あれ、あれ? なんで?

「リンはさ、そういうの考えてないでしょ。自分のことしか考えてない。行きたいアニメの舞台があるとか、そんなの一人で行けばいいじゃんっていうか」

 言葉が、止まらない。

「場をわきまえてさ、もっと考えてから発言をした方がいいよ」

 最後、吐き捨てるように私は言った。

「……な、何いきなり?」

 リンが、口を開いた。

「どうしたの、ユカ?」

「どうもしてないよ!」

 強く叩きつけるような怒声だった。私は自分を遠くから眺めているような感覚に襲われた。その中で(馬鹿、なんてことを言ってるの私⁉)と思う自分がいる。それとは別に、母体に対して強い物言いをしている自分自身を、何故か誇らしく思っている自分がいた。


 その後のことは、あまり良く覚えていない。

 気付いたら、翌日の朝になっていた。




 ******



 ピコン

『あのさ』

 ピコン

『何だ? 俺に協力する気になったか?』

 ピコン

『響はさ、楽園をぶっ壊した後に、何をしたいの?』

 ピコン

『お前らを虚疑から目覚めさせる。その後は正直自分もわからん』

 ピコン

『何それ』

 ピコン

『響、僕は』

 ピコン

『例え虚偽が蔓延している楽園だとしても、時が来るまでそれを守りたいと思う』


 既読マークだけがつき、その後は暫く返信が来なかった。

 たが、日付けが変わって朝日が登り始めたころに、その返信は来た。


 ピコン

『俺と、対立する、ってわけか』















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