第10話 奔走
「リンとは付き合ってるのかっ⁉」
たまたま席が近かったという、ありふれた至極単純な理由で友達になり、かといってまだ仲を深めようにもそう時間が足りていない、そんな時期に、まるで三角関係に巻き込まれるかの如くややこしい問題に直面しようとしていた。
「えっと……」
実際は三角関係に発展することは到底ありえないことで、僕はリンさんに対してはそのような想いを抱いてないし、完全にトシの早とちりであることはわかる。
「まず、僕はリンさんとは普通に友達ってだけだよ。それと……トシ、リンさんのこと好きだったんだ」
「まあ、な……」
頬を赤らめながら、先ほど自販機で買った紙コップのアイスココアを啜るトシ。
「驚いたよ。まさかそうだったとは思っていなかったし、それに」
「それに?」
「リンさんを呼びすてで呼んでるのスゴいなって」
「べつに俺だって本人の目の前ではこうは呼ばねえよ。つーかお前がずーっと『さん付け』なのが意外。俺とシキより付合い長いんだろ?」
「それはまあ……僕のクセっていうか、女子には慣れてないってのもあるけど」
「ふーん」
そう相槌を打ってトシはまたココアを一口啜った。僕もアイスティーを口にする。なんだか二人で仲良くお茶を啜る老夫婦みたいな雰囲気が場に流れた。
「いつから、好きになったの?」
それとなしに訊いてみた質問に、トシはあからさまに体を反らして。
「それ訊いちゃう?」
と、ニヤケ気味で答えた。そう返されると「いや、べつにいいけど」って言いたくなるが、そこは気持ちを抑えて。
「うん、訊きたい」
答えを要求する姿勢を見せた。実際、なぜ、どのようにしてトシがリンさんに好意を抱いたのか、気になるところではあった。
「実をいうとな……一目惚れ、ってやつでな……」
両手を組み、厳かに彼は答えた。何故だろう、少しイラッとくる。
「あっそう、そうなんだ」
「ああ。なんか、こう、可愛いし、いい感じにロングヘアーなのと、片割れのユカにはないようなおとなしさっていうか、ミステリアスな雰囲気というか……色々とビビってきたものがあったんだよ!」
「さ、さいで」
トシの顔を見ずに、適当な相槌をしてアイスティーを飲んだ。適度な甘さが心を安らげてくれる。アイスティーがなかったら彼のあまりに腑抜けたオーラにどう対応すればいいのかわからず何かが弾けただろう。
「お前は……ハルはそう思わないのか? というかリンと仲良さげに話してたし、さっきも言ったけど俺はてっきり……そう思ってたんだけど」
「僕はリンさんと友達。それだけだよ。べつに好きとかそういうことは思ってない」
「……お前、まさかアレか。現実の女には興味ない的な」
どうしてそうなるんだろう。
「そうは言ってないよ」
「だって、ハルって何か、オタクなんだろ?」
「僕が好きなのは特撮だよ。べつにアニメとかも嫌いではないけど……」
「とくさつ?」
「だから……ああ、そうか。聞き慣れてないのか。特撮っていうのはねえ、『特殊撮影技術』の略で……」
そこから三分ほど、僕はトシに特撮について熱い説明を施すことになった。友達の恋愛話からまさかこんなことに転じるなんて思ってもみなかったけど。
「つまりは、怪獣とかヒーローもののことか」
「まあ、そういうこと」
「それを最初に言ってくれりゃあわかりやすかったのに。回りくどいよ、お前の説明」
「いや、確かにそうだけど厳密には違うんだよ。たとえばCGなんて今じゃどの映像作品にも使われているけど、そのCGは特殊撮影技術の一種であるわけだし、漫画やアニメの実写映画はほとんどヒーロー番組や怪獣映画と変わらない、特撮作品なんだ。なのに世間では実写映画はドラマの枠組みで、ドドラやガルルシリーズは特撮作品、そして子供向けみたいな認識であって、僕としてはそれがどうにも……」
「ああー、わかったわかった。もういいから」
そう言われて、胸の底からはっとさせられるものがこみ上げてきた。ついつい語ることに夢中になってヒートアップしてしまい、本来の目的を見失って相手のことを考えなくなってしまう。これは僕の悪い癖だ。今まで、さんざんこれのおかげで人間関係で失敗してきたというのに。
「ご、ごめん。暴走した……」
「まあ、いいけどよ。そんなことより」
トシはアイスココアをぐいっと飲み干し、空になった紙コップを強くテーブルに叩きつけた。その音が二人の間で響いた。
「なあ、俺に協力してくれないか?」
彼の眼差しは至って真剣だった。本気で意中の人物にアタックを仕掛けるために、ぜひとも助けが欲しい。そう、目が訴えていた。
一人で帰路につくのは随分久しぶりのことだった。
トシはあの後、恋愛の指南書を探してくるとかで書店に寄ってから帰るといい、特に買いたい本もない自分は先に帰らせてもらうことにした。寮では今頃ノブが待ってるだろうし、トシのノリに付き合うことにも疲れていたため早く帰りたいという理由もあった。
「じゃあ、後はよろしく頼むな。俺も自分でやることはやっておくから」なんて言われたけど。正直、あんまり彼の恋を応援する気にはなれない。リンさんは大切な友人であるし、トシもまあ……一応大事な友達ではある。しかし、もし仮にトシとリンさんがくっついたら、僕はどうなるんだろう。
リンさんとは今の関係を続けていきたい。リンさんと僕は波長が合うというか、会話をしていても互いが無理せず、自然と落ち着いていられる。それは恋とも違う。ときめくのではなく、純粋に会話をすることが楽しいのだ。今までの人生で、こんなにも一緒にいて愉快な気分になれる相手はいなくて、僕にとっての初めての、ちゃんとした友人がリンさんなのだと思う。
それが、トシとリンさんの関係に変化が生じることで、僕にも影響が及びそうで嫌なのだ。
僕はリンさんと色々と話をしたいけど、トシと付き合うことになったら流石に恋人との時間の方が優先されるだろう。僕は次第にリンさんの意識の外に行ってしまって……そうなったら、僕にはどうしようもできない。
もちろん、僕にはユカさんや、ノブもいる。その一人は大切な友人であるし、もう一人は大事な自分自身だ。けれど、やはり、僕の一番の友人はリンさんなのだ。
だから、僕は友達をとられたくない。そういった想いを抱いていた。
これは、意地汚いだろうか。友人同士の恋を素直に応援できないなんて。友情と恋愛、どちらに重みがあると訊かれたら、人それぞれの答えはあるだろうけど、僕は恋愛の方かなと思う。
物語だって、世界を変えるほどの力を生み出すのは男女の愛であることがほとんどだ。きっと、恋愛は友情と違ってもっと生物としての根本的な部分からきている感情だからだろう。友情が生み出すパワーで問題が解決できるのは少年漫画だけ。友情は、恋愛に勝てない。
寮のだいぶ近くまで来た。川に架けられた橋を渡っている途中でふと足を止める。
欄干に肘を預け、川の流れをぼんやりと見つめる。さらさらと、静かに流水の音が心地よく耳に届く。
僕は何をするべきなのか……。悩みが頭を支配する。するべきこと、するべきことか。
学生だからやはり勉強かな。いっそ、トシとリンさんが付き合い出したら勉強に全力を注ぐのもいいかもしれない。うん、我ながらナイスアイデア。
「あれ、ハル?」
名前を呼ばれた気がして、ふと川から目を離すと、ノブが橋を渡ってきていて、僕に気づいたみたいだった。
「どうしたんだ、こんなところで黄昏て。トシとの話は終わったの?」
「そうだけど、ノブこそどうしたの?」
「うん、ああ。晩飯作ろうと思ったら材料が全然足りなくて。買いに行こうと思って」
「ああ、そうなんだ」
「ハルも、一緒に行くか? つーか来てくれ。荷物持つの手伝ってくれよ」
一旦鞄を寮に置いてきてから、ノブと二人で晩飯の材料を買いに出掛けた。常に最安値を売りにしているスーパーで買い物を済ませ、それぞれ野菜などがぎっしり詰まった重い袋を一つずつ持ち、帰ることにした。
寮につくまでの間、ノブからいくつか質問を受けた。一つはトシに何を相談されたのかということ。正直に話そうかどうか迷ったが、一応人の恋に関することなので、喋らないことにした。代わりに「授業でわかんないところがあったらしくて、それを訊かれた」なんて適当な答えで誤魔化しておいた。ノブからは「真面目だなお前ら」という、素直な感想を貰った。
あと一つ、こんなことを訊かれた。
「なあ、カウンセリング、どうだった?」
「どうって?」
「いや、どんなことを訊かれたのかな~と思って」
「べつに、大したことは特に……学校は楽しく過ごせてる? とか、困ってることとかある? って、そんな感じ」
「ふーん……」
ノブはそこから、暫しの間黙ったままだった。
「ノブはどんなことを訊かれたの?」
「え? ああ、大体ハルと同じだった。やっぱ似たような質問っていうか、よくあるカウンセリングだったな」
「そうだね。まあ、分離症患者ということで普通の人よりもよりメンタル面に気を遣われてるってことなんだろうけど」
この時、僕はノブが何か思い詰めているような表情を浮かべていることに、気が付けていなかった。
カウンセリングがあった金曜日から、間に土日の休日を挟んで週明けの月曜日。
僕は四日前にトシから頼まれたことを果たすべく、ある人と待合せるため校門の前で突っ立っていた。
ノブは今日もシキと一緒に帰っていった。本来だったらトシも僕と一緒にそのある人を待つべきなんだろうけど、「まだ準備が整っていない。本人にはいつしか必ず思いを伝えるから、お前もその下準備に協力してくれ」とのメッセージを僕に預け、とっとと帰った。きっと寮で恋愛指南書を読み込んでいるのだろう。知らんけど。
校門から出ていく生徒が横を通っていく。鞄からスマホを取り出し、何の気なしに画面をスクロールした。
「お待たせ、ハルくん」
振り向くと、待っていた相手が、雨宮ユカさんがそこにいらっしゃった。
とりあえず、交流館で話を訊こうかというユカさんの提案によってそこに行くことになった。トシの時同様に一階ラウンジスペースの、窓際の丸いテーブル席に、自然と流れで座ることになり、どことなくデジャブが沸き起こった。
自販機にみらいカードをかざし、飲み物を買った。二人でペットボトルを手にし、席についた。
そして、ユカさんから口が開かれた。
「で、話って何なのさ」
「えっと……トシって、いるじゃないですか」
「うん? ああ、新倉くんね。いるね。存在はしてるけど、それが?」
「その、彼、好きみたいで……」
「……何を? そしてラブ、ライクどっち?」
「リンさんのことを……ラブの意味で」
「……」
ユカさんは暫く黙り込んだ。僕が言った意味をゆっくり頭のなかで意味を反芻しているらしかった。
一分ほど経って、彼女は再び口を開いた。
「うんと、さ。何故にハルくんがそれを私に伝えてきたん?」
それは、実際僕もよくわかっていなかった。ただ、リンさんの片割れであるユカさんにもトシがリンさんのことを好きであることを知っておいてほしい。その伝える役目を任された……というだけだったので。
「うーん、なるほどね……」
と、口では言っているが、それはだいぶ納得がいっていない『なるほど』だった。
「えっと、新倉くんの……トシの方がリンを好きなんだ」
「そうみたいです」
「私の母体を」
「はい」
「そしてその想いを片割れの私にまず伝えたと」
「はい」
「しかし当の本人ではなく友達のキミが伝えに来たと」
「はい」
ユカさんは頬杖をついて、「はあーっ」とため息をもらした。その表情はひどく落胆しているようだった。
「私さー、リンのことは凄く大切なの」
ペットボトルのお茶を飲もうとしたその時に、ユカさんは語り始めた。
「それは、母体と片割れの関係ってこともあるけど、そのこと以上に絆、感じているんだよ、私なりにね」
ユカさんもペットボトルのキャップを開けて水を一口飲む。
話は続けられた。
「だから、リンには幸せでいてほしい。つらい目にもあわせたくない。もちろん、リンにとって必要な痛みだったら、それは仕方ないけれど……不必要な苦しみは味わせたくないんだ」
「ユカさん……」
「だから、今のハルくんの話を聴いた限りじゃ、到底彼にリンを預けようなんて思えない!」
ユカさんは最後に口調を強いものへと変えた。真っ直ぐに熱い目線で僕を見つめていた。
「ハルくん」
「あ、はい」
「その、トシくんとやらに私を会わせて」
「え?」
「私が彼に直接話を訊く!」
ユカさんはペットボトルを強く握った。まだ中身がかなり残っているので、流石に潰れはしなかったけど。でも、空のペットボトルだったら軽く握り潰されていだろうな。そう思わせるほどの勢いが今の彼女には存在していた。
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