第8話 高校生活

 あれから一週間ほど過ぎた。

 合同ガイダンスがあったその二日後に高校の入学式だった。僕らがこれから三年間通うことになるこの学園の名は『国立 みらい高等学校』。このセンター施設自体が国によって建設された施設だけあって、その中に存在するこの学校も『国立』の冠を有することは、当然だった。

 高校生として初めてのクラスには……当たり前ではあるし、分かりきっていたことだけど同じ顔を持つ人間がペアで存在していた。隣の席はとりあえず相方で、席替えするまでは(いつやるのかは知らないけど)自分同士で隣り合って授業を受けることになる。

 僕とノブの席は窓側の列の、最後から二番目。窓側にいけたのはラッキーだったけど、一年生の教室があるのは二階のため、壮快に眺められるような景色を望むことはできない。ちなみに学校は四階建て。

 リンさんたち、といっても三日前くらいから、二人まとめて呼ぶときは「雨宮さんたち」と読んでいる。向こうも、僕ら二人を「須藤組」なんて、まるでカタギの人みたいに呼んでいる。

 話が少し逸れたけど、その雨宮さんたちとは、別のクラスになった。まだ雨宮さんたち以外の人と話したことなんてないし、ノブは相変わらず持ち前の明るさで入学初日に色んな人に話しかけていたけれど、僕はその後ろでコミュ障っぷりを発揮してただ黙っているだけだった。

 初日がそんな感じだったから、ああ、高校でも中学と似た、いやなんら変わらない生活になるのかなあ、なんて思っていた。

 しかし、唐突に変化は訪れた。



「なあ、ちょっと」

 それは十分休みのこと。一時間目の授業が終わった後、ノブは「トイレに行ってくる」と言って一旦席を立った。まだ着なれていない、新しいブレザータイプの制服にムズムズしながら、席に座ってノブがトイレから戻ってくるのを待っていた時に、声をかけられた。

「はい?」

 声は後ろから聞こえてきた。振り返ると、後ろの席の男子が申し訳なさそうな表情を浮かべながらこちらを見つめていた。もちろん二人組で、「申し訳なさそう」といっても、一人は懇願するように、もう一人は目線を少し逸らして気まずそうにしていたりと、若干違いがあった。

「ごめん、できたらでいいんだけど、ペンと消しゴム貸してくれないかな? 忘れちゃってさ」

 ああ、いいよ。そう軽く答えて、自分の筆箱からシャーペンと消しゴムを二組取り出した。これで僕の筆記用具はなくなってしまうけれど、ノブも同じように予備の分を持っているし、戻ってきたら僕はノブのを借りればいい。

「はい、どうぞ」

「おお、サンキュー! あ、俺シキってんだ。こいつはトシ。二人合わせて新倉俊樹だ! 席の近いもん同士よろしく」

「よ、よろしく」

 シキなる人物がトシなる男子の肩に手をまわし、自分の方に引き寄せてまるで芸人みたいな挨拶をした。おそらくシキが片割れなのだろう。大体、明るい方が片割れで、陰気な方が母体なのだ。もちろん、例外はあるけれど。

「あ、僕は須藤ハルっていいます。今トイレに行ってるけど、ノブが僕の片割れ」

「おお、そうか! いや、ほんとにありがとな」

 どうやら相手は会話を終了させたいらしかった。僕から借りた筆記用具を相方に渡していそいそと次の授業の準備を始めだした。先ほどまで僕の所有物だったシャーペンと消しゴムが、一時的に他人のものになる。貸し借りっていうのはそういうことだけど、それを行う度にむずがゆい思いを抱くのは、僕だけだろうか。

 程なくしてノブが帰ってきた。僕は事情を説明してノブから筆記類を借りた。ノブは後ろを振り返ってたちに声をかけた。それから昼休みになるまで流れるように時間は過ぎていった。



 高校生になって、僕らは昼食を学食ですませるようになった。食堂は校舎南側の一階にあり、雨宮さんらとそこで合流し一緒に食べている。

 同じ五十分のはずなのに、空腹のおかげで他の授業よりも体感時間が長く感じられる四時間目の授業を何とか耐え抜き、僕はノブとともに食堂に向かうべく席から立ち上がった、その時だった。

「須藤たちってどこで飯食うん?」

 シキが身を乗り出して訊いてきた。トシはさっきと変わらずぎこちない表情を浮かべて黙っている。

「食堂だけど」

 答えると、シキは顔を輝かせた。

「マジ⁉ 実は俺たちも今日食堂デビューしようって思ってたんだ。一緒に行こうぜ」

 そう言われて、僕はすぐに「いいよ」とは言えなかった。脳裏に雨宮さんたちのことが浮かんだからだ。突然僕らが知らない人を連れてきたら向こうは困惑するだろうし、こっちにも「すでに知合いが食堂で待っているんだ」ということを伝えづらかった。

「うん、いいよ」

 なんて悩んでいたらノブがオーケーしてしまった。僕は慌ててノブに小声で耳打ちする。

「いいの? 勝手に了承しちゃって。雨宮さんたち困るんじゃない?」

「べつに平気だろ。ユカは気にしないと思うし、リンも同じじゃね?」

 そうかなあ、と思いつつシキたちに視線を移す。ニカッとした笑顔で固まっているシキと、数回小さなため息を漏らしているトシの姿は見事に真逆のベクトルを向いていた。

「まあ、いいか」

 半ばどうにでもなれという気持ちで言葉がこぼれた。もう考えるのがめんどくさいのでなるように身を委ねようと思った。



 僕らは否応なしに目立っていた。食堂にむかう途中、廊下で誰かとすれ違う度に振り向かれた。

 若干、女子の方が振り向いた人数は多かった気がする。髪型は至って健全で、好青年らしい短髪であるイケメン男子と、髪はワックスでガチガチに固められて、制服もブレザーのボタンを一つもとめずにさらにはワイシャツの第二ボタンをあけるなど早速着崩しておきながら、お顔の方はあまりイケてるとはいえないような、悪くいえばブサメン気味の『雰囲気だけイケメン男子』が、仲良く話しながら前を歩き、その後ろをジミーな男子二人がちょこまかとついてきているのだ。なんだこの愉快な仲間たち。

「そんで、俺は中学の頃ハチャメチャモテまくってたわけよ……」

「へえ、すごいな。確かにシキ君見ためすごいよね」

「だろ? やっぱ俺イケてるっしょ」

 さっきから前を歩く二人の会話が面白い。時々吹き出しそうになる度に笑いをこらえた。

「モテてなんかないくせに……」

 そして隣の人が時々ボソリと呟く。相方の虚言に辟易しているようだった。僕も(嘘だろうなあ)と感づいてはいた。

「あのさ」

 試しに、自分から話しかけてみた。普段だったら自分から接点を作ろうなんてことは滅多にしないけど、今回は色々と気になる部分があるし、尚且つ凄く彼とは気が合いそうと思った故に声をかけた。なぜ合いそうだと思ったのか。それは、アレだよ。(ああ、この人自分と同じ空気を持ってるなあ)と感じるアレ。あるでしょそういうの。

「何?」

 一声発するのすらしんどいような、そんな応答だった。

「いや、その……なんか大変そうだね」

「ああ、大変だね。ったく、めんどくさい片割れ持つと苦労するよ、ホント」

「シキ君とは、仲良くないの?」

「良くないっつうか、めんどい。全てにおいて。つーかアイツのことは呼び捨てでいいよ。『君付け』とか、余計キモくなるから」

 あ、俺のことも呼び捨てでいいからな。そうトシは付け足した。言われる前に心の中では呼び捨てしていたけどね。

 しかし、彼は本当に片割れが嫌いのようだった。いや、嫌いは言い過ぎかもしれないけど、限りなくそれに近い感情を抱いていることは確かだ。

 僕も、たまにノブに対して嫉妬などの黒い感情を覚えることは、正直ある。でも、それは一時的なものであり、時が経てばそんな思いは忘れる。ノブのことは何だかんだいい奴だと思っているし、僕とノブで『須藤晴信』という一人の人間であると強く意識している。

「お前は……ハルだっけ。ハルは、片割れのことどう思ってんだよ」

 トシの質問のタイミングは、まるで僕の心を先読みするかのように繰り出された。

「僕は……大切な、『もう一人の自分』だと思ってるよ」

 一瞬どう答えようか迷う気もしたが、ありのままの気持ちを素直に話すことにした。答えると、トシは「まあそうだろうな」と呟いた。

「お前の気持ちはわかるよ。だってハルの片割れめっちゃ良い人っぽいもんな。ハルの理想って、つまりはアイツなんだろ?」

 目の動きでノブの方を指した。そのままトシの質問にイエスと答え、彼の顔を見た。

「良かったな、ハルは。ちゃんと理想が具現化して。俺なんか変に改悪されて具現化したからな。俺がなりたかったはあんな奴じゃなかったってのに……」

 軽く舌打ちの音が聞こえた。

 なんだろう、やっぱり一緒に食堂に行こうなんてことはしない方が良かったんじゃないか、そんな思いがこみ上げてきた。トシと会話を重ねる度に、ぼろぼろと彼ら(特にトシ側において)の黒い部分が見えてきて、雨宮さんたちも交えて昼食をとるであろうこれから先の出来事に、今とつながるビジョンがまったく浮かばなかった。



「え? いいよ」

 彼女は何とでもない風に答えた。むしろ、新しい交友関係を作れそうなことに、心を踊らせているようだった。

「な、大丈夫だったろ?」

 ノブにそう耳打ちされた。

 食堂には雨宮さんたちが先に来ていた。席を四人ぶん確保してくれていたが、僕らがクラスメートと一緒だと伝えると、すぐさま近くにあった空いているもう二つの椅子を、指で示した。

「えっ⁉ 違うクラスの友人って、女子?」

 雨宮さんたちと対面するなりシキがぶっ放した言葉がこれだった。女子に向かって指を指すその仕草には、初対面の相手を面食らわせるような勢いがあった。

「おい、マジかよ~。やるなあ須藤!」

 名字で呼ばれたのでどちらに対して言ったのか最初はわからなかったけど、どうやらノブに対して言ったみたいだ。

「寮のお向かいさんなんだよ。それで前から交流があったんだ」

「そうだよー。私たち雨宮っていいます。よろしくね、えっと……」

「俺がシキ! うんでこいつがトシ! 二人合わせて新倉俊樹だ!」

「ははっ、面白いね、君!」

 ユカさんが楽しんでいるようで何より。ていうか初対面の相手と会う度にその自己紹介やるのか……。

 片割れ三人が席の留守番を先にしてくれることになったので、僕ら母体はご飯をとりに行くことになった。

「じゃあ、ゴメン。先に行かせてもらいます」

「うん。ゆっくりでいいよー。シキ君に訊きたいこと沢山あるし」

「おっとー? いいよー、何でも訊いちゃってー?」

 これからまた騒がしくなりそうだなあ。そうしみじみ感じながら僕は二人とともに席を立った。

 トレーを先にとり、それぞれのメニューの列に並ぶ形だった。僕とリンさんはいつも『うどん』の列に並ぶ。

「俺もうどんでいいや」

 そう言ってトシもリンさんと僕の後ろに並んだ。

「あの、ハルさん」

 リンさんが振り返り、声を小さくして訊いてきた。

「はい、なんでしょう」

「何なんですか、あの人。どうやってあんな人と知り合ったんですか⁉」

 それは答えを聴いてああいう人と自分も会いたい! というよりかはむしろ何であんな人と知り合ってしまったんだという、マイナスの意味だった。

「席が近くで、それでかくかくしかじかありまして……すみません」

「いや、ハルさんが謝る必要はないですけど……私苦手ですよ、ああいう人」

「僕も、というか派手な人が全体的に受け付けないです」

「わかります、それ。はあ……」

 リンさんが酷いため息をついた。と同時に、後ろから声がかかった。

「あの」

 二人とも声の方に向いた。僕とリンさんの視線を受けて、トシは何かを言いたそうにして口をモゴモゴさせていたけれど、結局何か話を振ることもせず「……なんでもないです」と言って黙ってしまった。

「母体さんも、一癖二癖ありそうですね」

 微かな声で、ひとり言のように呟いた。リンさんの呟きが身に染みていくような感じがした。これから高校生活どうなるんだろうなあ。不安が胸に渦巻いた。










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