第7話 遭遇

 リンさん達と合流できたのは、みらいカードを受け取り終わって人の流れが大分落ち着いてからだった。

「あ、おーい!」

 彼女達は受け取り所である二号館施設の端にいて、壁に寄りかかって待っていた。

「ごめん、遅くなって」

「なーに、気にしない。あんだけ人が集まってたんだもん。時間かかって当然だよ」

 みらいカード受け取り後、僕らは彼女達(といってもほぼユカさん提案による)と待ち合わせをして『何か』をすることになっていた。その『何か』はまだ具体的によくわかっていないのだけれど。

「で、これからどこ行くんですか?」

 またノブとユカさんが二人だけでどうでもいい会話に夢中になりそうな雰囲気だったので、自分から質問を投げかけた。

「あ、そうだった。えっとね……とりあえずー」

 ユカさんは何やら言葉を伸ばし結論をすぐには言わなかった。それとなくリンさんの方に視線を移してみたけれど、彼女は知らんぷりしているような表情を浮かべているばかりだった。

「服、買いに行かない?」

 やっと行き先を言ってくれたかと思いきや、それはまさかの提案だった。



「いやーさ、ここ来てから服買わないといけないことに気づいちゃって」

「そうだよね。俺らもちょうど買いに行こうと思ってたから、好都合だったよ」

 服屋に向かうため、僕らは中央の大通りを歩いていた。道の両側には様々な店が建ち並び、賑わいをみせている。集会所近辺の、堅苦しい施設群が並ぶ風景とは打って変わって、ここは華やかな空気に満たされていた。センター内で最も娯楽施設が集中している場所だ。

 相変わらず僕たちが一緒になって歩く時は、前を片割れ組、その後ろから母体である二人が後をついていく構成に自然と落ち着く。女子と並んで歩くことには多少の緊張を覚えはするけど、正直前方にいる二人に挟まれるよりかは断然気が楽だった。べつにノブだけだったら何の問題もないけれど、もう一人似た性格の人がいるだけでこうも変わってくるのだなと、最近気づくようになった。

「何だかすみません。また、ユカが勝手に決めちゃって……」

 ふいにリンさんが話しかけてきた。前の二人を眺めながら、答える。

「大丈夫ですよ。気にしてないし、ノブも楽しそうだし」

「それなら、いいんですけど。本当に迷惑だったらいつでも言ってください。私の方からユカに注意しておきます」

「わかりました……」

 それで会話は一旦途切れ、僕たちの間に沈黙の時が流れる。時折色んな人とすれ違ったけれど、やはり二人組が多く僕らと同じ患者であった。

「あ、そうだ。あの」

 ふとあることを思い出した。ズボンのポケットからスマホを取り出しながらリンさんに声をかけた。

「? どうしました?」

「いやその……嫌だったらいいんだけど、ROINEのアドレス交換、しませんか?」

「え、ああ……」

 そう呟いて彼女は自分のスマホを小さいハンドバッグから取り出し、そのまま暫しスマホを見つめていた。うんともスンとも反応がなく、少し困惑した。

「あの……」

「あ、ごめんなさい。ぼうっとしちゃって。いいですよ」

「え?」

「アドレスの交換、大丈夫です。これから友達として、よろしくお願いします」

 こうして僕は人生初となる女子との連絡先交換を成し遂げた。しかしながら家族以外の人間とこういうやり取りをすること自体が初めてであり、それはリンさんも同じだったらしく、互いに「えっと、どうすればいいんだっけ……」なんてにらめっこし合いながら歩き続けた。

 しばらくしてから後ろの異変に気付いたノブたちが振り返り、慣れている片割れ組から教えを乞うことになった。



「ハルってサイズいくつだっけ?」

「ノブと同じだよ」

「あ、そっか」

 東京の街にもよくあった大手のファッション・メーカーが営む洋服屋にたどり着き、女性メンバーとは店内で一旦別れ、互いに買い物が終わったら再び合流する約束をした。

「しっかしどれにしようか、迷うな」

「服なんて適当に選べばいいんだよそんなの。学校始まれば私服でいる時間も少なくなるし、ダサ過ぎず派手過ぎずなものを三着ほど買えばいいよ。それで事足りる」

 目の前には灰色や黒といった比較的地味な色合いのシャツがズラリとハンガーにかかって並んでいる。黒や灰色だらけの中で、何を悩む必要があるのか、ノブの言っていることに疑問を抱いた。

「なー、ハルもさー、ああいう服着てみたいとか思わないの?」

 ノブが見つめるその先には、赤や青のシャツ、それにオシャレな鎖のアクセサリー等がついたズボンなど、いわゆるイケてるファッションが並べられた棚があった。あいにくその手の服装には触れたこともないし、着てみようなんて思ったこともない。

「ノブが着たければ買えばいいんじゃない? 僕はこれでいいや」

 良さそうな地味シャツを三着手に取り、さあお次はズボンだと思って移動しようとしたその時だった。

 突然、ガシリと腕を捕まれた。振り返るとノブが何やら恐い顔をしてこちらを睨んでいる。

「な、何?」

「ハル、今回ばかりは俺の言うことを聞いてもらう!」

「は?」

「ハルはもうちょっとオシャレに気を使うべきだ! せっかく良い素材を持ってるのに、身に纏っているものによって台無しになってしまっとるんだよ!」

「いや、意味わかんないし。ていうか余計なお世話だ」

「いいから今は俺に付き合え! ハルにぴったりのかっこいい服を選んでやる!」

「あ、ちょ、何するんだおい!」

 腕を引っ張られると同時に上半身をきつくロックされ、強制的に連れていかれた。ノブにこれだけの力があったのかと驚くくらいには、体の自由が効かず、もがこうとしても全く歯が立たなかった。



「まーたそういう地味なやつ選ぶー」

「うるさいなー、いいでしょべつに」

 さっきから私が選ぶ服にユカがケチをつけてくる。これで三回目だ。

「私はリンのことを思って言ってるのに」

「余計なお世話だよ」

 とっとと選んで会計を済ませてしまおう。このうざったい輩が何かをしでかす前に。

「いいのかなー。そんなファッションじゃ、ハルくんは釣れないと思うけど」

 粗方、良さげなものを選び終わってレジに行こうとしたその瞬間、背後から聞こえた意味不明な内容のセリフによって私の体は動きを止めた。

「は? 何を言ってるの?」

「リン、ハルくんと何か良さげだったじゃん。連絡先も交換してたし」

「あれは普通に友達としてだってば! 前も言ったでしょ、良い人だとは思ったけどそれは人としてって意味だって……」

「ふ~ん。でも、ハルくんと並んで歩くリンを見て、私的にはお似合いだと思ったんだけどなあ」

 一体何を言っているんだろう我が片割れは。みらいに来てからというもの、些か恋愛脳過ぎる気がする。確かに新しい環境では恋に励もうなんてことを話しはしたけど、いくらなんでもこう何度もしつこいと、さすがに苛つく。迷惑だ。

「ね、リン。もっとあっちに可愛い服沢山あるからさ、ちゃんと選ぼうよ。ハルくんゲットのためにさ!」

「あのさ、ユカ」

 私は出来る限り声にドスを効かせた。私が発するオーラの変化に気付いたのか、ユカの勢いが止まる。

「は、はい。なんでしょう……」

「本当にやめて。私、ハルさんに対してそういう気持ちは微塵もないし……うざいよ、凄く」

 ユカの表情が、空気が抜かれていく風船のようにしてみるみるうちにしぼんでいった。上がっていた口角が下がっていく。

「……ごめんなさい、調子のりました」

「……わかれば、いいよ」

 ユカがしっかり反省したのを確認して、再びレジに向かおうとした。

「でも、ちょっと待って」

 後ろを振り返るとユカが何か言いたげにしてこちらを見つめている。しかし表情は萎縮気味で、「ちょっと言い過ぎたかな……」と反省の思いが込み上げてきた。

「何?」

「ハルくんのことは別にしてね、私、リンにはもっとオシャレしてもらいたいっていう気持ちは純粋にあって……だってせっかく可愛いのに、だから……」

 ユカの言葉は途切れがちであったが、それでも必死に思いを伝えようとしていた。その姿勢は充分に感じとることができ、私は深くため息をついた。

「はあ、わかったよ」

 手に持っていた衣類を棚に戻し、ユカの方に向き直った。

「え」

「ほら、私に着てほしい服あるんでしょ? どれ?」

 ユカの顔はたちまち明るくなって先ほどまでの快活な表情を取り戻した。

「うんっ、えっと……こっち!」

 たまにユカの接し方には辟易することもあるけれど、やっぱり彼女が元気でいる姿は見ていて安心する。ユカが笑うと私の心も少し暖かみを帯びてくるような、そんな感じがするのだ。



 僕らは互いに買いものを済ませた後に約束通りに合流した。ノブがやたら色んな服を勧めてきて、それらをいちいち試着していたせいで大分時間がかかってしまった。

 これはかなり相手を待たせてしまっただろうと思い、慌ててレジに向かうとちょうど同じタイミングで、隣のレジにリンさん達が並んでいた。後で話を聞いたら、向こうも相方による熱い試着大会が開催されていたらしい。

 店の外に出た後、僕とリンさんは、互いに苦笑いを顔に浮かべた。

「えっと、ノブっち達はまだ時間ある?」

 ユカさんが僕達に訊いてきた。べつにこれといった予定もないので、そのことを伝えた。

「それならさ、お昼一緒に食べに行こ。昨日の親睦会のやり直しも兼ねて! どうかな?」

 ノブが僕に視線を送った。返事をする前に一応こちらの反応を気にしてくれたのだろう。時間は十二時を少し過ぎたくらいでお腹も減っていたし、僕だってやたら他人との交流を拒むわけではない。

 オーケーして大丈夫だよ、と了承の意をアイコンタクトで示しておいた。

「うん、いいよ。どこに食べに行く?」

 ちゃんと意志疎通ができたようだ。後は二人に流れを任せて、自分はついていくだけだと思って気を抜いたその矢先に。

「ハルくんはどこか食べたいとこある?」

 初めてユカさんからの質問の矛先が自分に向いた。

「え、いや……特には」

「ノブっちは?」

「うーん、俺も要望はないかな」

「じゃあ、リンとね、二人で気になってたお店があるんだけど、そこでいい?」

「いいよ。そこで」

「よし、じゃあ行こう!」

 そうしてユカさんを先頭にして僕ら四人は服屋を後にした。ユカさん達が行きたがっていた店はステーキレストランだった。そこでも、運ばれてきた料理を頬張りながらユカさんと初めてちゃんと会話をした。好きなものを訊かれて、特撮ヒーロー番組が好きだといったら予想に反して興味を持ってくれた。それで何だかうれしくなってしまって、つい熱くガルルセイバーについてのマシンガントークを披露してしまった。喋りに夢中になっていたところでノブに肩を叩かれたおかげで正気に戻り、恥ずかしくなった。ユカさんは「気にしなくて大丈夫だよー。それよりもっと話聴かせてよ」なんて気を遣ってくれた。申し訳ない。

 その後ノブもリンさんと趣味などについて話し合っていて、四人で言葉が行き交うようになった。この時、僕らは母体・片割れ関係なく、の友達だった。



 会話が弾みに弾んでお腹も満たされ、非常に満足感が胸いっぱいに広がっていた。

 帰り道も、大通りを歩きながら僕らは談笑をしていた。ユカさんに『ガルルシリーズ』五年の歴史を語っている時だった。

 すれ違い様に人とぶつかった。肩と肩が当たり、少しよろめいた。話すことに夢中になっていて前をよく見ていなかったのだ。

「あ、すみません」

 とっさに謝った。が、相手は何も反応してこなかった。こちらの言葉を無視して行ってしまった。

「大丈夫ハルくん?」

「ハル平気か? 何だろうな今の奴。こっちが謝ってるってのに」

 片割れの二人が心配して声をかけてくれた。リンさんも立ち止まってぶつかった相手を目で追っていた。

「平気だよ。僕は大丈夫だから、先行こう」

 そう答えるととりあえず皆安心して、僕らは歩き出した。けれど、数歩距離を移動して、何か視線を感じた。たまらなくなって後ろを振り返った。

 睨まれていた。さっきぶつかった、同年代と思わしき男が、僕らをひたすら鋭い目つきで見つめていた。

(何だ、あの人……)

 僕が振り返ったのに気付き、相手はゆっくりと視線をずらして前方に向き直っていった。そして男は去っていった。僕が動かなくなったのでノブ達が再び心配して声をかけてくれていたけど、正直その声は意味を持たない環境音と化し、僕の意識は、ただ男が去っていった道の先に奪われていた。


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